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8. 辺境伯からの謝罪

 二週間後。


 使用人との仲は改善したけれど、辺境伯との交流はないままだ。そこそこ広い屋敷だから、アデリナの行動範囲とかぶっていないのだろう。


「私も人のことは言えませんが、旦那様もアディ様と接したら絶対に考えを変えるはずなんです! 毎日旦那様にアディ様の素晴らしさを説いているんですけど、忙しいの一点張りで」


 すっかりアデリナ派になったキーカは、アデリナが辺境伯夫人にふさわしいと思い始めたらしい。毎日のように、アデリナと会おうとしない主人に文句を言っている。が、その口調にはどこか親しみを感じられた。

 キーカだけではない。他の使用人も同様だ。

 辺境伯は使用人に好かれている。それはわかる。

 キーカは辺境伯の素晴らしさをアデリナに一生懸命教えてくれる。玲瓏な美貌から冷たい印象を受けるかも知れないが、とても優しいし、真面目で実直なのだ、と。

 辺境伯と結婚するわけにはいかないアデリナは、曖昧な笑みを浮かべるしかない。


「あー。面白かった」


 図書室のソファー。アデリナは読んでいた本を大満足な気持ちでゆっくりと閉じた。著者が祖母のルーツを探るというノンフィクションで、波瀾万丈な一人の女性の伝記のようにもなっていた。

 十分な余韻に浸った後、アデリナは次の面白そうな本を探すことにした。

 本を元の位置に戻して、本棚をざっと眺める。


(なんだかわくわくする話を読みたい気分なのよね)


 今の気分に合う面白そうなタイトルはないだろうか。アデリナは本棚に視線を向けながら、横に歩く。たくさんの本が並んでいて、目移りしてしまう。

 ふと、何かにぶつかってよろけた。


「大丈夫か?」


 倒れそうになるアデリナを大きな手が腕を掴んで支えてくれる。どうやら人が立っていたのに気づかずぶつかってしまったらしい。


「あ、ありがとうございます」


 姿勢を立て直したアデリナは、顔を上げてその腕の主に気づく。

 ――辺境伯オーティス・ヨーステン。


「辺境伯様。す、すみません。まさか、人がいらっしゃるとは思わなくて」


 どうも面白い本に熱中していると周りの音が聞こえなくなるらしい。

 辺境伯はアデリナから腕を放すと、緩く首を振った。


「いや、かまわない。――ブラムバーグ公爵令嬢が図書室に入り浸っているという話はディオから聞いていたが、本当だったんだな」

「この図書室の蔵書は素晴らしいですから! 特に旅行記やルポみたいなノンフィクションが充実しているんです。珍しい本も多いです」


 アデリナは、図書室の話題に反射的に明るい表情で答えてしまう。

 辺境伯がぽかんとした顔でこちらを見ているが、大好きな物に対してはつい語りすぎてしまうきらいがあるアデリナは気づかずさらに続けた。


「あと、図書室にあるソファーの座り心地、とてもいいですね。どこの物か知りたいくらいです。半分以上、このソファーのために図書室にいるかもしれません」


 アデリナが真面目な顔で語ると、辺境伯が小さく吹き出した。


(こんな風に笑う人なんだ……)


 初めて会ったときの辺境伯は、整った顔立ちに表情らしい表情を乗せていなかった。先ほど支えてくれたときもそうだ。てっきり兄のように喜怒哀楽を外に出すのが苦手なタイプなのかと思っていたのだが、どうやら違ったらしい。


「そんな座り心地のいいソファーがあるとは知らなかった」

「それはとてももったいないですよ」

「そうか。確か、奥に黒いソファーがあったな。それのことか?」

「はい。それです!」


 アデリナが大きくうなずくと、辺境伯が微笑んだ。

 それから辺境伯は何かを言いたげにアデリナの方を見る。どうしたのだろう。彼の様子をうかがっていると、辺境伯がふいに表情を引き締めた。


「――ブラムバーグ公爵令嬢。その、この一月半、いろいろとすまなかった」


 潔く辺境伯が頭を下げてきて、アデリナは戸惑った。

 たっぷりと十は数えられる時間が過ぎた後、ようやく辺境伯が頭を上げる。

 アデリナは辺境伯の翡翠色の目をまじまじと見つめてしまった。


「どうしたんですか。急に」

「わざわざ王都から来てくれたのに、多忙を理由にずっとあなたのことを放置していただろう。婚約者に対する態度ではなかった。正直なところ、あなたが怒って屋敷を出て行くことを期待していたんだ。事情があるとはいえ、あなたに不快な思いをさせたことに変わりない。あなたに謝罪するべきだと思っていたんだ」


(やっぱり辺境伯様もこの婚約に乗り気じゃなかったということなのね)


 辺境伯はもう一度深々と頭を下げる。


「本当にすまなかった」

「その、謝罪を受け入れますので頭を上げてください。私、本当に気にしていませんから」


 アデリナの声に辺境伯がゆっくりと顔を上げる。

 彼がこの結婚に乗り気ではないのなら、アデリナはある程度腹を割って話すこともやぶさかではなかった。もちろん、身代わりだと告白するつもりはないが。


「ありがとう。それで――」


 辺境伯はさらに言葉を紡ごうと口を開く。アデリナはそれを遮った。


「その、もし話が長くなりそうなら、立ち話も何ですし、ソファーまで行きませんか? 二人くらい余裕で座れるソファーなので!」


 辺境伯は翡翠の目を見開くと、そうだな、とほんの少し表情を緩めた。

 図書室の奥にあるアデリナお気に入りのソファーに並んで座る。お互い遠慮して端っこに座っているので、二人の間はもう一人座れるくらいの間が空いた。


「確かに座り心地がいいな」

「ですよね!」


 他人の同意が得られたことが嬉しくて、思わず言葉が弾む。

 横を向くと、辺境伯がほんのり口元に笑みを浮かべていた。


「ディオやキーカの言っていた通りだな」

「?」

「――王都の令嬢は気位が高く田舎を馬鹿にする。それは偏見だ。ブラムバーグ公爵令嬢はそれに当てはまらないから、一度きちんと話してみろ、みんなにそう言われたんだよ。確かに、偏見だったようだ。申し訳ない」


 どうやら、キーカは本当に辺境伯にアデリナについて説いていたらしい。

 辺境伯も使用人と同様の偏見を持っていた、というのは特に意外なことではなかった。使用人というものは、主人の意思を汲むものだから。


「その、もしかして、辺境伯様はこの婚約に乗り気ではないのでしょうか?」


 アデリナは緊張しながら核心に近づく言葉を口にした。切り込み過ぎかとも思ったが、まどろっこしいのは苦手だ。

 辺境伯は虚を突かれたような表情をしたが、すぐに苦笑を浮かべる。


「単刀直入だな。だがその通りだ。そのことをあなたに話そうと思っていたんだ」


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