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7. きっかけ

 キーカは「王都と違って何もない」などと謙遜していたけれど、カーロは十分に栄えた街だった。ヨーステン地方は、ラシーヌ王国とアビオン王国という二カ国に国境を接しており、交易が盛んなのもあるだろう。様々な髪や肌の色、顔立ちの人が歩いている。


 大通りはきちんと舗装され、多くの馬車が行き交っていた。

 路面店は、それぞれが工夫を凝らして商品を並べていて、見ているだけでも時間があっという間に過ぎていきそうだ。王都ではあまり見かけないような品も多い。おそらく、王都に届くまでに絞られていくのだろう。


 確かに王都に比べたら規模は劣る。玉石混淆で野暮ったいところもあるだろう。だが、カーロを「何もない」と表現したら、アデリナが幼い頃に住んでいた街など、無以下の存在になってしまう。


 カーロ一だという本屋で新刊を数冊購入したあと、若い女性向けの店が多くあるという通りをキーカと共に歩く。店先に並ぶ商品は、洋服にしろ小物にしろ可愛らしいものが多く、アデリナの心もときめく。


「あのエプロン、とてもカラフルで可愛いわね」


 うきうきしながら通りを歩いていたアデリナは、雑貨店の店先にかかっているエプロンに目を引かれた。胸元や裾に単純化された花の意匠が規則正しく刺繍されている。明るい色合いがカラフルでポップだ。王都ではなかなか見ない品物だった。

 アデリナが指さしたエプロンに目をとめ、そばを歩くキーカが言う。


「あれはカーロ刺繍のエプロンです」

「カーロ刺繍?」

「この辺りの伝統刺繍です。図案もそうですが、糸も専用の物を使います。あれはお土産用の品物みたいですが、お祭りのときには、自分で刺繍した物を身につけることになってます」

「へえ。あなたも刺繍したりするの?」

「まあ。この辺りに住む女性なら、誰でもできます。子どもの頃に教わるんです」

「すごいわね! 私……刺繍は苦手で」


 刺繍は貴族女性のたしなみでもある。一応女学校にも刺繍の講義はあった。図案を布に描くまではいいのだが、そこから先がどんどん歪んでいってしまうのだ。


「カーロ刺繍は、糸も普通の刺繍より太めですし、何より図案が単純ですから、そんなに難しくないですよ」


 アデリナは、エプロンが目を引いた店へと入ることにした。民芸品として、他にもカーロ刺繍を施した品を売っている。アデリナは自分のために本が入りそうな大きさの布バッグを購入することにした。下半分に施された刺繍がとても可愛い。図書室から本を持ち運ぶときに使えるだろう。

 この辺りでは大切な人への贈り物として自分で刺繍したものを贈ったりする、と店員さんが教えてくれる。


(ここを出るときに、友達にお土産として買っていってもいいかも)


 他にもキーカの案内でいろいろなところを巡る。カーロで生まれ育ったというだけあって、キーカはこの辺りの地理にとても詳しい。

 カーロの名物だという細長い蒸しパンもいただいた。素朴な味で、口に入れると蜂蜜の優しい甘さがふわりと口に広がる。

 部屋にこもって本を読むのも楽しいけれど、こうやって外に出ることも大切だとアデリナはひしひしと感じた。

 気づけばアデリナはカーロの街を満喫していた。


「ありがとう。今日はとても楽しかったわ」


 帰りの馬車。アデリナは向かい側に座るキーカに笑顔で礼を言った。

 彼女がいなかったら、ここまでカーロの街を楽しめなかっただろう。


「カーロはとてもいい街ね」


 アデリナの本心からの言葉に、キーカは茶色の目を大きく見開いた。

 そういえば、彼女はアデリナがカーロの街の印象を語ったときもこんな顔をした。


「キーカ?」


 固まっている彼女に声をかけると、突然キーカは深々と頭を下げた。


「申し訳ありません。アドリーヌ様。私、アドリーヌ様のことを誤解しておりました」


 いきなりの出来事にアデリナは純粋に驚く。


「え? いや、そのとにかく、頭を上げてちょうだい」


 キーカがゆっくりと頭を上げる。それからアデリナのことをまっすぐ見た。


「旦那様の婚約者様が王都からいらっしゃると聞いたとき、あまりいい印象は受けなかったのです。王都のご令嬢は気位も高いし、ヨーステン地方のことも田舎として見下してくるだろうって。嫌々ヨーステンまで来たのだと思っていました」


(だから、警戒されていたのね)


 ありがちな思い込みし、そういう令嬢がいるのも確かだろう。

 アデリナは、疑問が解明してすっきりした気分になっていた。


「ですが、アドリーヌ様は全然違った。使用人にもお優しいですし、カーロのことを田舎だと馬鹿にもしなかった。今日一日、アドリーヌ様と一緒に過ごして、自分の視野の狭さを反省しました」


 アデリナは自分がいわゆる「貴族令嬢」とちょっと違うことは自覚している。田舎の平民育ちなので、貴族的な振る舞いも苦手だ。それが好印象につながったようだ。


「今まで失礼な態度を取っており大変申し訳ありませんでした。お許しになれないのであれば、旦那様に侍女を変えていただいてもかまいません」


 キーカはもう一度頭を下げる。アデリナは慌てた。


「その、真面目な話、私はあなたに失礼な態度を取られた、なんてことは一度も思ったことはないわよ。事務的だなと思ったことはあるけれど、それがあなたの仕事のスタンスかと思っていたの。あなたは仕事ぶりには文句一つなかったし。だから、気にしないで」


 嘘偽りない本心だった。あの最低最悪の侍女に比べればキーカの仕事ぶりは神。


「アドリーヌ様……」


 キーカが感激したように目を潤ませる。


「世話を半ば放棄していた私にそんな言葉をかけてくださるなんて。アドリーヌ様は本当にお優しい方なのですね」


(平民育ちの私にはその放置がちょうど良かったなんて言えない……)


 もちろん、そんなことは表に出さない。アドリーヌは生粋のお嬢様だ。


「これからは誠心誠意、アドリーヌ様のお世話をさせていただきます」


 適度に放置してくれていいのだけれど、それはまあ、徐々にすりあわせていけばいいだろう。それよりも。


「キーカ。よかったら私のことはアディと呼んでもらえない?」


 アデリナは思い切って提案した。先ほどからアドリーヌ様を連発されて落ち着かなかったのだ。

 アディはアデリナの愛称だが、アドリーヌでアディというのもありのはず。自分の侍女に愛称で呼ばせるくらいはかまわないだろう。


「アディ様ですか」

「そう呼んでくれたら嬉しいわ」


 にっこりとアデリナは笑った。キーカは「はい」とうなずいてくれる。

 馬車の中で、アデリナはキーカのことをいろいろ聞いた。

 彼女は代々ヨーステン辺境伯家に仕える男爵家の二女だという。年齢はアデリナと同じ十七。もう少しで同じ年齢ね、と口走りそうになってしまって焦った。

 母親も辺境伯家で侍女として働いたことがあり、その縁で侍女に抜擢されたらしい。


「これからよろしくね。キーカ」

「はい。よろしくお願いいたします。アディ様」


 キーカが他の使用人にも働きかけてくれたのだろう。

 この日を境に、アデリナと使用人たちの関係は急速に改善していった。



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