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6. 引きこもりには飽きました

 アデリナがヨーステン辺境伯領に来て、あっという間に一月が経った。


 初日以来、辺境伯とは顔すら合わせていない。食事は基本一人かディオと一緒。気配すら感じないので、本当に同じ屋敷内にいるのだろうかと疑ってしまうくらいだ。

 いわゆる放置状態というものなのだろう。

 ディオはアデリナの顔を見るたびに「あいつが本当にごめんね」と謝ってくれるけれど、アデリナとしては願ったり叶ったり。


 おかげで、アデリナは当初予想していたみたいに破談するための作戦に頭を悩ませることもなく、のびのびと過ごすことができていた。

 これ幸いとばかりに図書室に入り浸っていたのだけれど――アデリナは、自分でも意外だった事実と向き合うことになった。


(私、引きこもりが向いていなかったみたい)


 辺境伯の屋敷の図書室は控えめに言って最高だった。

 様々なジャンルの本が読み切れないほど置いてあるし、しかも、すごく座り心地のよいソファーが置いてあるのだ。


 隣の部屋に続く扉に触らなければ、あとは自由にしていいと言われている。

 食べるときと眠るとき以外は、ほぼ図書室で過ごしていたといってもいい。

 一日中、ソファーに身体を預けながらゆったりと読書をする至福の時間。

 このまま辺境伯と顔を合わせずにいれば、破談も確定だろう。


 当初は、こんな読書だけの生活から一年後、普通の生活に戻れるのか不安なくらいだ、とアデリナは考えていたのだけれど。


 ぶっちゃけ、飽きた。いや、本を読むこと自体は大好きだし、読書の時間が幸せなのは変わっていないのだけれど、外に出たいという要求がむくむくと湧いてきたのだ。


 だが、一応、アデリナは貴族令嬢で客人という身。好き勝手にしていいと辺境伯に言われているが「常識の範囲」に貴族令嬢が一人でふらふらと出かける、というのは入っていない。アデリナ自身は一人で外出どんとこいだけれど、何せ土地勘がない。

 外出するには、侍女の協力が必要だろう。

 侍女のキーカとは、残念なことにあまり打ち解けていない。


 というか、キーカに限らず、使用人たちにはどこか遠巻きにされているのを感じる。

 挨拶をすれば一応返ってはくるけれど、明らかに戸惑っているのがわかる。アデリナが廊下を歩いているとそそくさと逃げられてしまう。恐れられているようなのだ。


 自分では十一歳まで平民として育ったこともあり、それなりに親しみやすい方だと思っているのだけれど、やはり公爵令嬢という肩書きが邪魔をしているのだろうか。

 もっとも、遠巻きにされているだけで、嫌がらせをされているわけではない。


 皆、仕事には手を抜かないタイプらしく、食事を勝手に抜かれたりも、洗顔用の水が氷のように冷たかったりも、洗濯物を放置されたりも、暗い小屋に閉じ込められたりもない。

 使用人たちのおかげで生活は快適なので、それで十分だと考えることにした。


 元々平民として生活し、公爵家に引き取られてからもほとんどを女学校の寮で過ごしていたアデリナは、大抵のことは一人で出来る。むしろ、世話を焼かれすぎることに慣れていない。このほどよく放置された状況はアデリナにとっても心地よい。


 キーカとはせっかく年齢も近そうだし、それなりに親しく話せればとも思うが、それはアデリナの勝手な思い。キーカにはキーカの仕事に対するスタンスがあるのだろう。

 なので、アデリナもキーカや使用人たちとは適切な距離を保って過ごすことにしていた。もちろん挨拶や礼を言うのは忘れないようにしている。


 まあ、そんなキーカなので、アデリナが外へ行きたいと言ったなら、きちんと手配をしてくれるはずだ。そこは信頼している。


(よし、キーカに頼もう!)


 朝。いつもの時間にキーカが部屋を訪れる。いつも通り一通りの支度を終えていたアデリナはキーカに切り出す。


「おはよう。キーカ。ちょっといい? お願いがあるの」

「なんでしょうか」


 少しキーカが構えたのがわかった。あまりアデリナがお願いを口にしないからだろう。


「カーロの街中へ行ってみたいのだけれど、付き合ってもらえる?」


 カーロというのはヨーステン地方の中心都市のことだ。このヨーステン辺境伯邸はカーロの中心からやや外れたところにある。

 アデリナのお願いにキーカは露骨に眉を寄せた。


「本当にカーロの街中へ行かれるのですか?」

「そのつもりなんだけど、もしかして、何か問題でもある?」

「カーロの街中といっても、王都と違って何もありません。お嬢様が出かけられて楽しい場所ではないと思いますが」

「そう? 十分栄えているように見えたけど」


 アデリナは、この屋敷に来るときに馬車の車窓から眺めた街並みを思い浮かべて首をかしげる。

 キーカはアデリナの言葉に非常に驚いたようだった。


「本気でおっしゃってますか?」

「ええ。馬車の中から見ただけの印象を語っているけれど、少なくともそう見えたわ」


 キーカはしばらくぽかんとアデリナを見ていたが、はっと我に返ったようでそそくさと頭を下げる。


「わかりました。旦那様に確認して出かけられるよう準備いたします」

「ありがとう」


(これで久しぶりに外に出かけられる!)


 キーカの仕事は速かった。

 すぐに辺境伯の許可を取り、算段を付けてくれたのだ。



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