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42. 求婚

 その日の夜。アデリナは図書室でライナートの帰りを待っていた。


 あのあと、アデリナは近くの集落の屋敷で転んだ傷の手当を受けると、簡単な事情聴取に応じた。その後、騎士に屋敷まで送ってもらったのだ。

 一足先に戻ったアデリナを、キーカを始めとする使用人たちは温かく迎えてくれた。土埃だらけのアデリナのために、お風呂まで用意してくれていた。


 キーカ曰く、『アディ様の正体がなんであろうと、自分の目で見たアディ様を信じます』とのこと。胸がいっぱいになってしまった。

 比較的すぐ家に返されたアデリナだが、領主であるライナートはそうもいかなかった。アデリナを攫った犯人は、アビオン王国第三王子の手の者だった。


 隣国が関わっていたことで面倒な手続きがあるらしく、騎士たちが来たあとは、ほとんど会話を交わせていない。

 帰り際、騎士から託されたメモに書かれていた言葉は『図書室で待っていてほしい』。


 その言葉の通り、アデリナは図書室で彼の帰りを待っている。

 ライナートに聞きたい話はいろいろある。言わなければいけないこともたくさんある。


 ――アデリナが身代わりだったと知ってもなお、助けに来てくれた。


 それだけで十分だ。この思い出があれば、きっとアデリナは生きていける。

 当初の予定通り、女学校を卒業したら平民として生活する。ヨーステン辺境伯領から遠い街で過ごせば、きっと彼の噂が聞こえてくることもないだろう。

 ズキズキと胸が痛い。

 ――こうやってライナートと二人で過ごすのは、今夜を最後にしよう。


「アディ」


 名前を呼ばれて、アデリナはぱっと顔を上げた。


「ライナート様」

「よかった。あなたが待っていてくれて」


 ライナートは心底安心したように微笑むと、アデリナの隣に座った。

 距離がいつも以上に近い。熱が伝わりそうな距離だ。


「手続きは終わったんですか?」

「ああ。早ければ三日後にも犯人が迎えに来る」


 ライナートはアビオン王国の情勢について簡単に説明してくれた。

 第二王子は自分が王に内定したことを機密にしていたらしい。目的は、前々から素行がよくなかった第三王子の失脚。ヨーステン辺境伯を狙って動き出すという読みは見事に当たった。


 どうやら姉は、ラシーヌで第三王子に会い、甘い言葉でまんまと利用されたらしい。そんな姉は、兄が迎えに来る手はずになっている。それまでは、屋敷で大人しくしているそうだ。そういえば今日の夕食にも顔を出していなかった。まあ、辺境伯邸の使用人に迷惑をかけないのであればそれでいい。

 お互いに核心を避けた話をしているのはわかっていたが、切り出す勇気はなかった。


「どうして私がいるところがわかったんですか?」


 これも気になっていたことだ。アデリナは自分に言い訳しながら尋ねる。あのとき、周囲には誰もいなかったと思うのだけれど。


「使用人があなたが連れ去られるところを目撃していたんだ」

「え?」

「あの侍女は『目くらまし』の異能の持ち主だ。短時間、周囲を認識しづらくする異能。ちょうど効果が切れたところで、あなたを幌馬車に乗せるところが見えた」


 そこから追いかけさせていたのだけれど『目くらまし』の異能を使ったらしく、一度見失ってしまった。なので、到着が少し遅れてしまった。

 つまり、あのまま馬車に乗っていても助けは来てくれた、ということ。


「まさか、あなたが馬車から飛び降りるとは思わなかった」


 事情聴取のときに話した内容が、ライナートにも伝わっていたようだ。少し恨みがましげな視線を向けられる。


「大けがをする可能性があったのはわかっているか?」


 ライナートの声が心なしか低い。

 自分が無茶をした自覚はあったので、アデリナは素直に謝罪することにした。


「すみません。逃げることしか頭になかったんです」

「……」


 ライナートが何かを言いたげにアデリナを見つめる。


「俺の、せいだな」

「違います。ライナート様のせいではありません」

「俺が信用できなかったんだろう? あなたが姉の身代わりだったと知った俺が、あなたを助けに来るかどうかわからなかったから」

「そんなことはないです。ただ、私が、ライナート様の手を煩わせたくなかった」


 アデリナが必死に言い募るけれど、ライナートの表情が晴れることはない。

 どうすればわかってもらえるんだろう。まさかアデリナの軽率な行いが、ここまで彼に深刻に受け止められるとは思わなかった。

 アデリナが次に続ける言葉を探していると、いきなりライナートが頭を下げた。


「――すまない。アディ。俺は、全部知っていたんだ」

「知っていた、とは?」


 アデリナはこれ以上ないくらい青い目を大きく見開いた。


「あなたが本物のアドリーヌではなく妹のアデリナであること。あなたが『器』でないこと。あなたの生い立ち。辺境伯選定の前日に、ブラムバーグ卿から聞かされていたんだ」


(うそ。そんなそぶり、全然なかった……)


 ほぼ全部ではないか。アデリナは呆然と目の前のライナートを見つめる。


「ただ、あなたの口から本当のことを言ってほしくて、わざと知らないふりをしていた。それであなたに辛い思いをさせてしまった。すまない」


 ライナートがアデリナの正体を知っていた。それも、辺境伯選定の前日に。


「でも、だったら何故、私に求婚したんですか?」


 アデリナがライナートに告白されたのは、辺境伯選定の日。その時点で、彼はアデリナの正体を知っていたことになる。

 アデリナの異能では特家当主の配偶者にはなれない。それを知らないライナートではないのに。どうして。


「『雷』の私は、ライナート様とは結婚できない。わかりきったことじゃないですか」

「違う。あなたの異能は『雷』じゃない」

「――え?」


 嘘だ。だって、実際に『雷』が発動したところを何度も見ている。今日だって発動していたじゃないか。


「あなたはおかしいと思ったことはないか。模擬試合でヨッヘムの『雷』を見ただろう? ヨッヘムは自分の思ったタイミングで『雷』を発動していた。でも、あなたの『雷』は違う。具体的に言うと、あなたが身の危険を感じたときだけ発動する。違わないか?」


 その通りだった。

 今日だって、男の属性魔法からアデリナを守るように発動していた。おそらく馬車から飛び降りたときも。


「あなたの異能は『結界(雷付与)』だ。七十年前に断絶した当時のヨーステン辺境伯家が持っていた異能だよ」


「――え?」


「あなたの母親が、特家から伯爵家になった旧ヨーステン辺境伯家の血を継ぐらしい。先祖返りだったようで、それがあなたにも引き継がれた。ただ特家級の異能は扱いが難しい。強力な異能をほしがる家も多いからな。だから、わざと誤解をとかなかった」


 それはたぶん、アデリナを守るためだ。


「それはつまり……」


 アデリナは諦めなくていいと言うことなのだろうか。

 この気落ちに素直になってもかまわないということなのだろうか。


「この縁談が、ヨーステン辺境伯ならオーティスでも俺でもよかったように、ブラムバーグ公爵令嬢も二人のどちらでもよかったんだ」

「!」

「本当は求婚したときに本当のことを話すべきだった。けど本当のことを話したらあなたの逃げ場所をなくしてしまうような気もして。違うな。多分、婚約解消同盟の理由が身代わりだけでない場合を想定して、怖かったんだ。俺の勝手な思いであなたを苦しめて本当にすまなかった」


 頭を下げるライナートにアデリナは慌てた。


「違います。私が、本当のことをさっさとライナート様に打ち明けていれば良かったんです! だから、お互い様ということにしましょう!」


 アデリナがそう宣言すると、ライナートは翡翠の目を大きく見開いて、笑った。


「あなたのそういうところが、とても好きだ」


 ストレートな物言いに、アデリナの顔がかあっと熱くなる。

 ふと隣に座っていたライナートが立ち上がって、アデリナの正面に回った。


「アディ」


 ライナートはアデリナの前に跪くと手を取った。

 まっすぐな翡翠の目をアデリナに向けてくる。


「わだかまりなくヨーステン辺境伯になれたのはあなたのおかげだ。あなたを愛している。これからもずっと俺の側にいてほしい。あなたがいれば俺は頑張れるから。もちろん、あなたのことを俺が支えるとも約束する。だから――結婚してくれないか?」


 ――諦めなければいけないと思っていたのに。


 十一歳まで平民として育ってきたアデリナだ。いくら他の家より社交に出る場が少ないとはいえ、苦労することもあるだろう。それでも。

 ライナートの隣ならば、きっと頑張ることができる。


 アデリナの答えはもう決まっていた。


「はい。私で良ければよろこんで」

 


読んでいただきありがとうございます。

残り終章エピローグ2話となります。


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