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4. 歓迎されない婚約者

(もしかして、そこまで歓迎されているわけではない?)


 ヨーステン辺境伯の屋敷に足を踏み入れた瞬間、アデリナは出迎えてくれた使用人たちから、なんとなくそんな印象を受けた。警戒心めいたものが伝わってくるというか。


 今日のアデリナは、金色の髪の毛をいつものようにハーフアップにして、兄の用意したシンプルな水色のデイドレスに身を包んでいた。一応、公爵令嬢に見えるはずだ。


 左手首にはシンプルなブレスレット。袖に隠れて見えないそれは、兄からもらった『異能を制御する腕輪』だ。元々は膨大な力を制御できない者向けの品物らしい。

 アデリナの異能はそこまで強いわけではないが、出てくるタイミングが自分でもわからない。危険を感じるととっさに出てしまう。『器』であるアドリーヌとしてこの屋敷に来た以上、雷撃を発するわけにはいかないのだ。


 辺境伯の屋敷は、堅牢な印象を受ける石造りの建物だった。王都で見る貴族の屋敷は、流線を多く用いた洒落た装飾が多く使われているが、そんなものは一切ない。要塞と言われても納得するのではないだろうか。


「長旅、お疲れ様でした」


 使用人を代表して声をかけてくれた執事の態度は非常に事務的だった。一週間の長旅を型どおりの言葉で労ると、辺境伯が直接出迎えられなかったことを詫びる。こちらの様子をうかがう使用人たちと違って警戒心は感じられないが、かといって特別親しみも感じない。執事の元々の性格なのか、判断がつきかねるところだ。

 そんな事務的な執事は、世間話を一切せずにアデリナを応接室まで案内してくれる。そしてすぐに辺境伯を呼んでくると去って行ってしまった。


 一人部屋に残されたアデリナは、解放感から小さく息を吐き出した。これほどの長旅は、公爵邸に引き取られることになったとき以来。長距離移動向けの上等な馬車だったが、それでも座りっぱなしはきつい。


 外観のごつい印象と違い、応接室はアデリナの知る貴族の屋敷とそう変わらなかった。白をベースとした植物柄の壁紙に大きな暖炉。黒革のゆったりとしたソファーに、どっしりとしたテーブル。壁に風景画が掛かっている。


 外観と内装の違いを面白いと思っていると、若いメイドがティーワゴンを運んできた。

 初めて訪れる客だからだろうか。メイドの動きがどこかぎこちない。もしかしたら、高位貴族の令嬢ということで緊張しているのだろうか。


「ありがとう」


 紅茶をいれてくれたメイドに笑顔で礼を言うと、彼女は目を見開き無言で会釈をした。そそくさと去って行ってしまう。

 アデリナは紅茶に口を付ける。とてもおいしかった。


(なんだか意外な状況ね)


 姉の身代わりが決まって以降、アデリナは必死になってどうすればなるべく円滑に婚約が解消出来るのかを一生懸命に考えていた。

 本人の人格はともかく、特家の嫁として『器』の令嬢は理想的だ。諸手を挙げて歓迎され、絶対に逃さないという圧すら感じるのでないだろうか。そう思っていた。

 けれど、本人の出迎えもないし、使用人たちにもどこか警戒されている。


(ひょっとして、辺境伯様もこの縁談に後ろ向きなの?)


 婚約相手である辺境伯も消極的なら、アデリナにとってしめたものだ。何しろ、こちらの最終目標は婚約解消なわけだから。

『器』ではないアデリナが辺境伯と結婚するわけにはいかない。

 とはいえ、まだ結論を出すのは尚早だ。判断は少なくとも辺境伯に会ってからだろう。


 紅茶を半分ほど飲んだところで、応接室の扉がノックされる。

 アデリナは反射的に視線をドアの方へ向けた。


「失礼する。遅くなって申し訳ない」


 部屋に入ってきたのは、長身の男性だった。


「……」


 アデリナと男性の視線がかち合う。

 この男性が、アドリーヌの婚約相手であるヨーステン辺境伯なのだろうか。

 冴え冴えとした美貌の青年だった。


 清潔感のある黒髪に切れ長の美しい翡翠色の瞳。すっと通った鼻筋。まっすぐに引き結ばれた薄い唇。顔立ちが整いすぎている上に表情に乏しいのでどこか作り物めいて見える。濃いグレーのコートに同色のズボンというシンプルな格好が様になっていた。


 ヨーステン辺境伯は、辺境伯領の守りの要と言われている。

 なので、アデリナは勝手に屈強な騎士のような人を想像していたのだけれど、目の前の男性はそれなりに鍛えてはいるようだが、どちらかというと細身だ。


(予想と、全然違う……)


 アデリナは男性のことをじっと見つめてしまっていたことに気づいて、慌てて視線を外す。気づかれただろうか。

 幸いなことに辺境伯と思われる男性は、あまり気にした様子もなくアデリナの方へやってきた。アデリナは慌てて立ち上がる。


「初めまして。ヨーステン辺境伯オーティス・ケストナーだ」


 辺境伯の声は、心地の良いバリトンだった。


「こちらこそ初めまして。ブラムバーグ公爵家から来ました、アドリーヌ・ブラムバーグと申します。よろしくお願いいたします」


 アデリナ史上ナンバーワンのカーテシーと共に挨拶を返す。


(よし、第一関門突破!)


 アデリナは心の中でガッツポーズをする。正直、自分の名前を言ってしまわないか不安だったのだ。もちろん、表情は薄く笑んだまま、気持ちは表に出さない。

 顔を上げると辺境伯と視線が合うが、彼のまなざしはどこか冷ややかだった。


「ようこそ。遠路はるばるヨーステン地方へ。王都から来たご令嬢にとっては何もないつまらないところかもしれないが、常識の範囲であれば、好きにしていただいてかまわない。不自由のないように配慮はする」

「?」

「あとで家の者に屋敷を案内させよう。それでは、仕事が立て込んでいるので失礼する」


 一方的に並べ立てると、辺境伯はさっさと部屋を出て行ってしまった。

 邂逅した時間は三分にも満たない。

 アデリナは彼が消えてしまったドアをぽかんと見つめる。


 本当に挨拶だけだった。辺境伯について新しく知れた情報はそれこそ容姿だけ。

 アドリーヌと名乗ったときに、特におかしな様子もなかったから、アデリナが偽者だとばれたわけではなさそうだ。

 仮にも婚約者との初対面。普通はもう少し歩み寄ろうとするものではないだろうか。政略結婚だとしても、これから長い時間を共に過ごすかもしれないのだから。


(これはもう、辺境伯もこの縁談に消極的ということでほぼ確定ね)


 それならそれでアデリナにとってはラッキーというものだ。一年後に縁談を白紙にするというミッションの難易度が低くなるということなのだから。むしろ一年後と言わず今すぐ婚約解消してほしい気分だが、国王陛下の手前、そうもいかないのだろう。


(これは予想外だわ。でもよく考えてみれば、意外でもないのかも……)


 絶対に逃がしたくない相手であれば、婚約期間なんて悠長なことを言っていないで、さっさと籍を入れてしまえばいいし、できたはずだ。王命という大義名分もある。

 けれど、辺境伯家はそれをせずに一年間の婚約期間を設けることにした。何が何でも『器』の令嬢と結婚したいというわけではないのかもしれない。


 この感じだと思ったより楽勝かも、なんて楽観的なことを考えていると、再び部屋の扉がノックされる。おそらく、「家の者」がやってきたのだろう。

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