34. アビオンとの取引
「ディオ殿。お願いできますか」
「かしこまりました。先ほどの告発にあった薬の密輸の件についてですね」
兄の呼びかけに、ディオがおもむろに立ち上がる。急に傍聴席の人間に話が振られたので、周囲も驚いたようだ。
何故急にディオが、と疑問に思ったアデリナだが、すぐに思い出す。
(そうだ。ディオさんはもともと薬の密売について調べると言っていた)
なおも文句を言いたげなコーエンに、兄が続ける。
「貴殿は正式な手順を主張していたと思うが? 特家の交代では候補者の犯罪歴を調べる。それをライナート殿はともかく、貴殿については飛ばしていたからやろうとしたまでのこと。ディオ殿、よろしく頼む」
ディオはにっこりと笑った。
「かしこまりました」
ディオは傍聴席より、先ほど役人が報告書を読み上げた場所に移動した。あらかじめ段取りが決まっていたように、迷いがない足取りだった。
ディオは、傍聴席に向かい自らの身分を名乗ると報告を開始する。
「先ほどのベルガー卿らの告発にあった薬の密売ですが、辺境伯領では以前から問題になっており、ずっと調べておりました。いくつかベルガー卿の告発との相違点もありますので説明いたします」
ヨーステン辺境伯領の輸出業務に関わる役人の中に、薬物の密輸に関わっていた人間がいた、とディオは言う。どうやら高額の報酬と引き換えに荷物を見逃していたらしい。そのことが判明したのが一年前。
それからずっと、その役人の協力を得て調査をしていたのだという。減刑を約束に調査協力を要請する――司法取引だ。
つまり、情報を流していた男は辺境伯ではないことがはっきりしていた。証拠がないという理由だけでライナートが無実になったわけではなかったのだ。
「本件ですが、アビオン王国の上層部の関わりが疑われております」
売人を捕まえるたびに、アビオン王国の人間だからとアビオンから引き渡し要請がきていたこと。しかし、引き渡した身柄はアビオン王国の司法に届いていなかったこと。だが、身柄を引き受けにきた役人は、偽造ではなく本物の身分証明を持っていた。
そんなこと、よほどの国の上層に関わっているものでない限り、できるはずがない。
「ちなみに、先ほどの報告書に出てきた、辺境伯の密輸関与を述べた売人も、アビオンからの引き渡し要請が来ております」
「でたらめだ! でっちあげなどいくらでもできる!」
大きな声を上げたのはコーエンに、ディオが毅然と反論をする。
「本件はアビオン王国の薬物捜査官とも連携して捜査中です。もちろん、王家の許可も取っております。疑うのであれば、アビオン王国の捜査官に問い合わせください」
さらに兄がディオの言葉を継ぐ。
「また、昨日、調査官が襲われグラーツ卿の報告書だけ盗まれるという事件があったのですが、犯人はアビオンの者の可能性が高いということも報告しておきましょう」
アビオン王国の上層部の誰かが、自分の配下を使ってライナートをはめようとした可能性がある、ということだ。この告発にどれだけ関わっているかはわからないが、コーエンがアビオン王国が関与したと思しき捏造証拠を持っていた以上、無関係とは思えない。
(つまり、アビオン王国の上層部が、辺境伯の交代を望んだということ?)
王太子がにやりと笑う。
「面白い話だな。だが、ベルガー卿の名前はいつ出てくる?」
「はい。アビオン王国の薬物捜査官から手に入れた名簿に、コーエン・ベルガーの名前がありました。薬物を使っていた疑いがあります」
「そうか。少なくとも取り調べの必要があるな」
王太子と兄の会話を聞いて、コーエンがこれ以上ないほど目を大きく見開いた。
だが、その直後。あらかじめこうなることがわかっていたかのように、騎士たちが部屋に入ってきてコーエンを拘束する。
「大丈夫だ。我が国の司法は疑わしきは罰せず。先ほどのグラーツ卿のことでもわかるだろう?」
騎士たちに連行されるコーエンに、王太子が鷹揚に言った。
――これで、ヨーステン辺境伯に関する諸々はひとまず解決した。




