33. 決定
代わって立ち上がったのが兄の隣に座っていた青年だった。
堂々とした立ち姿は、彼の体格がよいのもあって非常に美しく迫力があった。
彼が、昨日夕方辺境伯領入りした選定人なのだろう。
「ヨーステン辺境伯オーティス・ケストナーが現時点で辺境伯の執務を実行できない状態にあることは確かだ。辺境伯がいなくなった一年前に遡った時点でヨーステン辺境伯の後継は登録されていない。よって、王太子ベルノルト・デニス・ファーデンの名の下にヨーステン辺境伯家としてのケストナー家の断絶を宣言しよう」
特家でなくなった家は、今までの功績をたたえて改めて伯爵の地位を与えられるものなのだが、オーティスが所在不明の今、どうなるかはわからない。王太子も触れなかった。
「そして直ちに次期ヨーステン辺境伯の選定に入る。候補は『大盾』の異能をもつコーエン・ベルガー」
名前を呼ばれたコーエンが、当然だとでもいいたげにうなずく。
「そしてもう一人。『結界』の異能を持つライナート・グラーツ」
ライナートは翡翠の目を丸くしていた。本当に自分が選ばれるかは半信半疑だったのだろう。それから慌てて頭を下げる。
(よかった……)
候補にさえ選ばれてしまえば、ライナートが負ける気は全くしない。
だが、もちろんライナートが候補に選ばれたことが気に食わない人間もいる。
「異議あり!」
コーエンが王太子に向かって声を張り上げた。王太子がちらりとそちらに視線を投げる。
「聞こう。ベルガー卿」
「何故、ライナート・グラーツが候補に選ばれるのですか。こいつはヨーステン辺境伯を騙っていた男なんですよ」
「先ほど、その告発に対する結論は述べたはずだが、もしかしてもう忘れてしまったのか?」
王太子が心底不思議そうな顔をする。なんとなくわざと挑発している気がした。
「で、ですが、ライナート・グラーツはケストナー家の傍系も傍系。とても辺境伯になれるような血筋の……」
「ベルガー卿。そなたは特家の意味を本当にわかっているか?」
王太子は聞いているこちらがぞくりとするような冷たい声を発する。
「特家で大事なのは一に異能だ。血筋だけで選ばれるのであれば、貴殿の実家よりも由緒正しい家はいくらでもあるはずだが?」
あまりにも正論なので、コーエンは何も言い返せない。
「本来であれば、王都のしかるべき機関で選定を行うべきだが、ヨーステン辺境伯領は今このときもアビオン王国からの脅威にさらされている。辺境伯不在という事態を避けるため、本日、ここで次期辺境伯を決定する。私の裁量でかまわないと陛下からは許可をいただいている。不服がある者は?」
王太子は部屋をぐるりと見渡すが、誰も何も発しなかった。
傍聴人は、選定のことも考慮して選ばれているのだろう。
「では問題ないな。さっそく選定に入ろう。その前に選定の流れを説明する」
まずは異能の披露。そして領主としての資質を見る口頭試問。そして候補者に対する人となりの報告。最後は第三者が行う。
少しだけ会場の配置も換わった。王太子の向かい側に候補者二人が並んで座る形になる。コーエンは今にも舌打ちをしたげな顔で隣のライナートをにらみつけるが、ライナートは相手にしなかった。
まずはコーエンの名が呼ばれた。
「『大盾』の異能を見せてもらってもいいか。そうだな。この建物全体に張るようなイメージで使ってもらえるか?」
「もちろんです」
コーエンは会議室の中央に立つと、得意げな顔で異能を披露する。次期辺境伯と豪語するだけあって、彼の異能の展開は見事だった。手の平から光が生まれ、すっと消える。窓の外に視線をやれば、キラキラと輝く壁が見えた。
「ありがとう。では、ライナート・グラーツ。次は君が『結界』の異能を見せてもらえるか」
椅子に戻ったコーエンに代わり、ライナートが同じ場所に立つ。いつかの砦の屋上のように、ライナートはすっと手を突き出す。が、すぐに眉をひそめた。異能の展開がされるまで、少し時間がかかった。
オーティス不在時、辺境伯領の守りの要だったのはライナートだ。領地全体を覆うような結界をすんなりはれるのに何故、と不思議に思う。それは王太子も一緒だったらしい。
「どうした? 貴殿は普段からこの領地全体の結界を張っていたのでは?」
「大きいか小さいか両極端の結界しか張ったことがないので、このような中規模のものは加減がわからず時間がかかってしまいました。申し訳ありません」
「なるほど。確かにそうだな。まあ、貴殿の実力は既にわかっている。問題はない」
よかった、とアデリナは胸に手をあてる。
次は辺境伯領についての質問だった。ライナートが危なげないのはもちろん、意外だったのは、コーエンもすらすらと答えていたこと。
辺境伯になるつもり満々のコーエンは、特家の交代について調べてそれなりに対策をしてきたのだろう。
その後も王太子がいくつかの質問を二人に投げかけるが、候補者二人の回答は似たようなものだった。
ライナートが選ばれると信じているアデリナでも、結果がどうなるのかハラハラしてくる。
何せ、質問に対する回答だけなら、二人に明確な差がない。
おそらく、次に出てくる報告書が決め手になるはずだ。ライナートのそれを盗ませたくらいだから、きっと大きな比重を占めるのだろう。
「次は、候補者の調査結果についてだ」
ずっと奥に座っていた役人のうち、一人が立ち上がった。手には分厚い紙を持っている。彼は今まで兄が立っていた場所に立った。
役人は所属と名前を名乗ると、手に持った報告書を読み始めた。
「まずはコーエン・ベルガーについてです」
並べられていたのは絶賛だった。コーエンほど辺境伯にふさわしい人間はいないという友人の証言。彼ならきっと出来るという激励。アデリナの知るコーエンとは全く違う人格者の姿が浮き上がる。不自然なくらいだ。
それに。――具体的な内容の記載が全くない。うわべだけの賞賛で、彼が何を成し遂げたのかという内容が全くないのだ。
(私でも不審に思うくらいなんだから、お兄様たちが気づいていないはずがない)
褒め言葉のパレードに、コーエンが満足そうな表情を浮かべている。
最後、コーエンが辺境伯になったあかつきには、実家のベルガー伯爵家の商売と提携してヨーステン辺境伯領のさらなる発展を約束する、として締めくくられた。
王太子は無言で報告を聞いており、その顔からは何を考えているかは読めない。
「次に、ライナート・グラーツについてです」
アデリナは緊張した。報告書が完成したという話は聞いているが、やはり不安はある。 気づけば祈るようにぎゅっと手を組んでいた。
役人が語ったのは、ヨーステン辺境伯としてのライナートがやってきたことについてだった。間違いなく、アデリナの資料が参考にされていることがわかる。
ライナートが辺境伯の身代わりをしていた間に彼がなしとげたこと。実際に自分の足で領地を見回っていたこと。領民からの感謝の言葉。
一つ一つに具体的な内容が示されており、先ほどのコーエンの報告書とは全く中身の質が違う。
(――これなら、きっと大丈夫だ)
アデリナは思った。ライナートについて、きちんと伝わっている。
「グラーツ卿は領民との信頼関係がすでにできあがっております。彼は辺境伯としてすぐに受け入れられるでしょう」
役人がぺこりと頭を下げる。
「ありがとう。よい報告だった」
王太子は役人に労いの言葉をかけると、改めて皆に向かって言った。
「では、次期辺境伯を発表しよう。おそらく予想はついていると思うが」
候補者の二人が椅子から立ち上がる。
王太子はコーエンとライナートの顔を交互に見て、ライナートで視線を止めた。
「ヨーステン辺境伯はライナート・グラーツ殿になってもらいたい」
「かしこまりました」
ライナートが恭しく礼をする。
(よかった……)
アデリナはほっとするとともに、喜びがこみ上げてきた。
ライナートの努力が認められたようで、とても嬉しい。
もちろん、あっさりとした発表に納得いっていない人間もいた。
「こんなものは茶番だ! そもそも正式な手順を踏んでいないのに、認められるものか!」
コーエンが大声を出す。自分が辺境伯になるものだと信じていたのに、覆されてしまったのだ。彼の納得がいかないのは当然だろう。
「ベルガー卿は、正式な手順を取りたいとおっしゃるのですね」
静かに尋ねたのは兄だった。
「もちろんだ。領民たちが知り合いに肩入れするのは当然だ。そんな資料は許されない! だからここでの決定は無効だ!」
兄が再び椅子に座った王太子と何やらこそこそと話をしている。
「わかりました。あなたのご希望に添いましょう」
兄が口角を上げた。珍しく何か企んでいるな、というのが手に取るようにわかる表情だった。




