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32. 調査結果

 彼女は、息子の座を乗っ取られた悲劇の母親でも演じておきたいのだろう。


(本当に辺境伯になりたかったら、もっとうまくやることができたわよ)


 ゲルデの主張にアデリナは呆れた。

 ライナートが辺境伯を乗っ取るつもりだったならば、自分を後継登録してからオーティスを追い出せばいいのだ。そうすればこんな状況になっていない。


「いや、調査の結果、オーティス・ケストナーは自発的に屋敷を出ている。そもそもライナート・グラーツは寄宿学校卒業後、オーティスとの接点はほぼなかった。彼を追い出す細工はできない」


 兄が淡々と否定する。


「私は信じないわ!」


 ゲルデは捨て台詞のように金切り声を上げて、椅子に座った。その表情にやりきった、というものを感じて、アデリナは眉をひそめてしまった。


「では、邪魔が入ったが続ける。ヨーステン辺境伯の仕事ぶりは特に問題がないものだった。領地運営はつつがなく行われている。決算に何らかの不正もなかった」


 兄のことだから、きっと徹底的に調査は行ったはずだ。ライナートの領主ぶりが認められたようで、アデリナは誇らしく感じる。


「でも、それは領地運営に問題がなかっただけでしょう」


 今度口を挟んだのはコーエンだった。その言葉には余裕がある。

 兄は小さくうなずいた。


「その通りだ。貴殿らの告発には薬の密売への関与も含まれている。そちらの報告をしよう。まず、辺境伯の屋敷で決定的な証拠と思われる書類が見つかっている」


 コーエンがあからさまに目を輝かせた。自分が仕込んだ証拠が思い通りに使われていると知って嬉しいのだろう。


 書類は取引に深く関わるものだったという。具体的な手法まで書かれていた。

 実際に王宮の精鋭部隊が囮捜査を行い、薬の密売人を捕まえたという報告まで兄の口から出てきてアデリナは驚いた。


(これはどういう結論につながるの?)


 見つかった証拠は適当な捏造ではなかったということだ。

 もちろんライナートの無実は信じている。次期辺境伯の報告書の件もあるので、きっと無実という結論が下されるはずだ。それでも。


「もっとも、これは辺境伯の犯罪の証拠にはならない」


 アデリナは兄の強引すぎる結論に驚いた。

 もっとあからさまな反応を示したのはコーエンだった。


「何故です。辺境伯の屋敷から見つかったのでしょう?」

「その通り。辺境伯の屋敷から見つかっただけで、辺境伯が関わっている証拠にはならない。そもそも見つかったのも、辺境伯が普段使っていない部屋だ」


 兄の言葉にコーエンが隣のゲルデをにらみつける。ゲルデは眉をひそめた。だが、さすがにここでぼろがでるような発言はしなかった。


「まあ、わざと普段使っていない部屋に保管していた可能性はある。それは否定しない。まるで見つけてくれと言わんばかりのずさんなしまい方だったが」


 今度はゲルデがコーエンをにらみつけた。

 兄はそんな二人の様子を一瞥して続ける。


「一番の理由は、証拠に捏造の疑いがあるからだ。捕まえた売人も、辺境伯に便宜を図ってもらったと証言しているが、供述した接触場所、接触方法ともに裏付け調査をした結果、そのような事実がないことが判明した」


 つまり、売人は嘘を言っていたことになる。証拠自体が、誰かがライナートをはめるために用意したものの疑いが濃くなった。


「したがって、現段階では、ライナート・グラーツの罪は何も確定しない」


 結論を述べた兄に向かって、ライナートは深々と頭を下げた。

 釈然としない部分は残っているが、ライナートが捕まることは避けられたらしい。予想が出来た結論だったとはいえ、アデリナは安堵の息をつく。

 だが、その結論では収まらない人間が部屋の中にいた。

 がたんと音を立ててコーエンが椅子から立ち上がった。ライナートをびしっと指さし、つばが出る勢いでまくし立てる。


「仮に薬の密売の罪が確定していなかったとしても、この男が身分詐称をしていたのは本人も認めている!」

「貴殿は知らないようだが、身分詐称だけでは罪に問えないんだよ。我が国に身分詐称罪という犯罪はない」


 ゆったりと口を開いたのは、兄の隣に座っていた青年だった。


「殿下の仰るとおりだ。だいたい身分を詐称する者は、何らかの悪事のために自らの身分を騙るんだ。詐欺が代表的なものだろう。だが、先ほども述べたようにライナート・グラーツの辺境伯としての行動は非常に模範的なものだった。罪に問う要素がない」

「馬鹿な!」

「そもそもライナート・グラーツが自らオーティスの名前を名乗ったのは、そこにいる婚約者の令嬢の前だけだ。軍の施設では異能を使えるライナートを勝手に周囲が辺境伯だと思っただけ。社交の場には元々出ていない。領民の前では辺境伯の遣いとして本名を名乗っていた。親戚の付き合いは、そもそも身代わりを言い出したのは彼らだ。隠す必要はない」


 呆気にとられた顔をしていたコーエンだが、すぐに気を取り直す。彼はどうしてもライナートに罪を着せたいのだ。自分が確実に辺境伯になるために。


「そうだ。書類の決裁がある! 辺境伯本人でしか裁可できないものがあったはずだ」

「文書偽造か。まあ、厳密に言えばひっかかるところもあるだろう。だが、辺境伯の名で提出された書類に何も問題はなかった。事情を鑑みれば情状酌量、厳重注意だな。少なくとも王都に移送されて裁くほどの罪ではない。残念だったな。ベルガー卿」


 表情一つ変えない兄がかんに障ったのだろう。コーエンが顔を真っ赤にしてぷるぷる震えている。


「ミラン。ベルガー卿をいじめるのはそこまでにしろ」


 苦笑する青年にたしなめられて、申し訳ありません、と兄は小さく肩をすくめた。たぶん全然反省していない。

 青年がコーエンに視線を向けた。


「もちろん当主の不在の隠蔽はほめられたものではない。だが、事情があったことも理解する。王家に二心を抱いてのものではないし、結果的にはこうして事実が明るみに出た。この件についての罰は特家としてのケストナー家の断絶で十分だ」

「……」


 目的であるケストナー家の断絶が達成できたからだろう。コーエンは特に反論をしなかった。その様子を確認して、兄が言う。


「告発状の調査報告については以上です」


 ひとまずライナートが罰せられることはなさそうだ。

 問題は――後継者がどうなるか。


「次に、ヨーステン辺境伯の座についてです」

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