31. 辺境伯選定
――翌日。
朝早くから、騎士隊の詰所にある会議室には、人が集まっていた。
そこそこの広さのある会議室は、四角形の角を開けるような形でテーブルが置かれていた。そして後ろの四分の一程度には、椅子が並べておかれている。傍聴席だ。
これから、告発に対しての調査報告、および次期辺境伯の選定が行われる。
つまり、今日、ライナートの運命が決まるのだ。
「私も来てよかったんですか?」
アデリナは傍聴席で隣に座るディオに思わず尋ねてしまった。報告会の存在自体は知っていたが、客人という立場の自分もこの場に行けるとは思ってもいなかった。
ここはライナートの本拠地といってもいい場所だ。傍聴希望者を全員受け入れると部屋がライナート寄りになってしまうということで、傍聴者は調査員の方で決められていた。
「きみは功労者だからね。もちろんだよ」
報告書については、アデリナの資料が役立ったと感謝の言葉をいただいている。なんとか間に合って選定人に提出することができたそうだ。
アデリナから見て右側のテーブルには、コーエンとゲルデがついている。
コーエンはまるで既に辺境伯になるのが決まったかのように椅子にふんぞり返っていた。相変わらずけばけばしい格好のゲルデは、つんとすました顔をしている。
(そういえば、辺境伯様は身代わりだったわけだから、前辺境伯夫人と似ていないのは当然だったのね)
辺境伯の言葉が他人行儀だと感じたのも、本当に他人だったのだから当たり前だ。
他に傍聴席に座っているのは、役人だったり王国軍の関係者だったり。ベルガー卿の親戚もいるそうだ。二十個弱の椅子はすべて埋まっている。
がらりと扉が開いて、憲兵に連れられたライナートが姿を現した。
前に面会したときは支給品のゆったりとしたシャツだったが、今日は場が場のためか、辺境伯らしいきっちりとした黒い上着にグレーのズボンという格好をしていた。
以前に比べると少し痩せたようにも見えるが、表情は清々しい。
翡翠の目と視線が合うと、ライナートが少しだけ微笑んだ。
どうやら余裕があるようで、ほっとする。
ライナートはコーエンとは反対側のテーブルにつく。後ろには帯剣した騎士が見張るように立っていた。
ライナートに続き、調査員らしき男たちが入ってくる。彼らは、傍聴席とは反対側の壁際に置かれている椅子に座った。
そして最後に部屋に入ってきたのは兄と――見慣れぬ青年だった。ただわかるのは、おそらく兄よりも青年が偉いということ。兄が青年の後ろについていた。年齢は兄と同じくらい。プラチナブロンドに薄い水色の瞳が印象的な偉丈夫だ。デザインこそ簡素だが、着ている服の質も良いものだと一目でわかる。彼が選定人なのだろう。
兄が誰に仕えているかを考えれば、自ずと答えは出てくる。
青年と兄は傍聴席の正面にある奥のテーブルについた。
青年は部屋に置いてあった一段豪華な椅子にゆったりと腰掛ける。だが、兄は立ったままだった。おそらく、すぐに始まるのだろう。関係者は揃っている。
アデリナの予測通り、兄はすぐに身分を明かし、ゆったりと部屋全体を見渡した。
「――本日は、コーエン・ベルガー、ゲルデ・フックスの告発状に関する調査結果の報告をいたします。内容はヨーステン辺境伯オーティス・ケストナーが偽者であること、およびその名を騙ったライナート・グラーツが隣国アビオンと通じ、薬物の違法取引をしていたこと。この二点です。なお、簡易的ではありますが、この場は公証人の立ち会いの下、記録されます」
兄の後ろに座っていた役人たちのうち、一人が頭を下げた。彼が公証人なのだろう。
兄は更に「ここは調査報告の場であり、ここで容疑が固いことがわかったらライナートの身柄は王都へ移送される」と続ける。またこれは、ヨーステン辺境伯領が王都から遠いこと、またアビオン王国との間が緊張状態により辺境伯の不在が好ましくないことによる特別措置である、と。
盗み見たライナートは、兄にまっすぐな視線を向けていた。
「では調査結果の報告を行います」
まず、告発された内容について。
辺境伯の身分詐称についてはともかく、薬の密売についてはアデリナの知らない内容ばかりだった。
数年前からアビオン王国から違法な薬がヨーステン辺境伯領に入ってきており、王都にも密かに蔓延していた。いたちごっこを繰り返していたが、一年ほどからさらに手口が巧妙化した。それもそのはず。辺境伯の座を乗っ取ったライナートが密かに手引きをしていたのだ……というストーリーらしい。事実かはともかく、その流れは説得力がある。
「ベルガー卿は、この情報をどこから手に入れた?」
一通り書状を読み上げた兄からの問いに対して、コーエンは芝居がかかった口調で言った。
「辺境伯領の役人です。ご存じでしょうが、我が家は七十年前にケストナー家と辺境伯の座を争った家。辺境伯の名を騙った男の腐敗に我慢ならなくなった役人が、我が家に助けを求めてきたのです」
たとえ辺境伯の腐敗を知ったとしても、まともな人間なら七十年前の不確かな縁をたどるのではなく、王宮に自ら陳情すればいいだけではないだろうか。役人ならそれくらい知っているはず。――突っ込んではいけないのだろう。
兄は表情一つ動かさない。
今度は調査結果について報告をする。
「続けよう。ヨーステン辺境伯の詐称については、そこにいるライナート・グラーツが素直に認めている」
それから、兄は身代わりの経緯を説明する。それはアデリナがディオから聞いた内容を同じだった。
「都合のいいことを。ライナートはオーティスを追い出したに違いありません!」
立ち上がって大声で糾弾を始めたのは、ゲルデだった。
突然の発言に兄が不快そうに眉をひそめたが、ゲルデは気づかなかったらしい。
「同じ『結界』の異能を持つライナートは本当は辺境伯になりたかったのです。けれど、彼は所詮傍系の傍系。オーティスがいる限り辺境伯になることはできない。きっと、あの男が自分が辺境伯になるためにオーティスを追い出したに決まっているわ!」




