30. 失われた報告書
その後、兄はディオや屋敷の使用人に細かく話を聞いていた。
調査期間は一週間。
兄を筆頭に調査官は複数人派遣されており、カーロの宿を拠点に調査を行うらしい。
この後、コーエンやゲルデからも話を聞くという。
現時点で、気にかかることは二つ。
まずライナートがかけられている密輸の疑いを晴らすことが出来るか。
そしてその次に、彼の無実が証明出来た場合、彼が辺境伯になることができるか。
気になるけれど、でも既に賽は投げられている。なるようになるしかない。
アデリナは開き直ることにした。
調査報告発表の場を翌日に控えた日の午後。
図書室で本を読んでいたアデリナのもとに、血相を変えたディオがやってきた。
「――調査員が襲われた?」
アデリナはディオから聞いたニュースを思わずオウム返ししてしまう。
拠点としていた宿に何者かが侵入し、ちょうど書類を作成していた調査員を殴って昏倒させ、宿を荒らしていった。盗まれたものもあるという。幸い、調査員に命の別状はない。
「ブラムバーグ卿は無事だよ。どうやらいない隙を狙われたみたいだね」
「兄がいたとしても、防げたかはわかりませんが……」
兄はたしかに『防壁』の異能持ちだ。しかし、いくら防御力が高くても、攻撃力はからっきし。
「ただね、ちょっと問題があって。選定人に渡す報告書が盗まれていたんだ」
どうやら、明日はライナートの告発状に対する調査結果の報告だけでなく、次期ヨーステン辺境伯の選定も同時に行う予定らしい。選定人が本日夕方ヨーステン辺境伯領入りするということで、兄はそちらにかかりきりだったそうだ。
「報告書というのは?」
「ざっくり言うと、ヨーステン辺境伯にふさわしいかどうか、調査員が人となりを調査して客観的に記載したものだって。ライナートが選ばれたときのために彼の分も用意していたんだけど、それが盗まれた。他にもいろいろ荒らされていたみたいだけど、おそらく目当てはそれだろうね。ベルガー卿のは残っていたらしいから」
「ベルガー卿……の仕業、でしょうか?」
「まあ、単純に考えると彼が関与している可能性は高いんだけど……でも、被害者の調査員が、犯人はアビオン王国の者に思えた、って言っているんだよね。体格がよかったのと、話し言葉の訛りがそう聞こえたって」
「……」
「ここは国境の町だから、たまにアビオンからもラシーヌからもならず者が流れてくることがある。そういった男をベルガー卿が雇ったっていう可能性もある。あんなに辺境伯になりたがっていたんだから、それなりに特家の交代については調べているはずだし」
なんとなくしっくりこない。
「ただ、犯人を探すのは僕たちじゃない。それよりも問題なのは、ライナートについての調査報告書が失われてしまったことだ。明日そのまま選定をする都合上、なるべく早く報告書を選定人に渡す必要がある」
事情はある程度考慮してもらえるだろう。だが、報告書は明日の選定時にも披露されるものだ。ふんわりした内容では説得力に欠ける。
「もちろん今から書き直す予定だ。でも、細かなメモも根こそぎ取られてしまっていて、記憶に頼るにも限界がある」
選定人の都合で、明日の早朝から調査報告は行われる。もう一回裏付け調査を行うには圧倒的に時間が足りない。
――どうすれば。
生年月日などの基礎的な情報であれば、すぐにでも用意できる。問題は……人柄の調査報告だろう。地味な聞き込みが必要で、時間のかかるところだ。
「……あ」
それって、アデリナがライナートを励ますために作った資料の内容とかぶっていないだろうか。
「私の作った資料はどうでしょうか? ライナート様に渡すために冊子にまとめたものがあります。証言元についても記載しています。なんなら、そのときのメモも一緒にお渡しできます」
アデリナが申し出るとディオはにやりと笑った。
「僕もそう思っていたんだ。察しが良くて助かるよ」
「じゃあ、私、持ってきます」
アデリナはディオと共に急いで自室に向かった。ディオを部屋の外に待たせて、渡す物をまとめる。幸い、冊子もメモもわかりやすいところにおいてあったので、時間はかからなかった。
「ありがとう。ブラムバーグ公爵令嬢。恩に着るよ」
「いえ。ライナート様の役に立てるなら本望です」
ディオがこれを調査員に渡してくれるらしい。
(どうか間に合いますように)
アデリナは屋敷を出るディオの後ろ姿を眺めながら、そう祈った。




