29. 王都からきた調査官
ライナートの元を訪れた翌日。
アデリナは、屋敷を訪れた調査官を紹介されて目を剥いた。
「お兄様!」
そう。王都からやってきた調査官は、正真正銘アデリナの兄、ミランだったのだ。
「久しぶりだな。アディ」
ミランが口角をわずかに上げる。これはミランなりに妹に親しみを向けた顔なのだが、おそらく隣にいるディオには通じていないだろう。
「お兄様がライナート様の調査官、なのですか?」
兄は王太子の側近だったと思うのだが、こういうこともするのだろうか。
「ああ。他に手が空いているものがいなかった。大丈夫だ。お前の婚約者だからといって調査に手心は加えない」
「はあ」
少しくらい加えてもいいのに、と思うが口にしたら最後、兄から大目玉を食らうのは目に見えているので口をつぐんだ。
「ディオ殿。妹と少し二人で話してもかまわないか?」
「はい。もちろんです」
臆さない性格のディオは、特家の次期公爵相手にもにっこりと笑って、応接室を去って行く。
兄妹二人が取り残された。
「ライナート殿とはそれなりにうまくやっているらしいな」
「はい」
誰から聞いたかわからないけれど、兄からの問いにアデリナは素直にうなずいた。どうせ使用人たちに聞けばすぐにわかる情報だ。否定しても仕方ない。
「ライナート殿についてどう思っている?」
単刀直入に問われて、アデリナは言葉に詰まった。
「……私は、ライナート様が辺境伯にふさわしいと思っています」
兄の聞きたいことはきっとこれではないのだと思う。けれど、アデリナはわざと矛先のずれた回答をした。
――だって、アデリナは『雷』だ。どうにもならない。
「そうか」
兄の表情は相変わらず無に近く、何を考えているか全く読めない。自分と同じ色の瞳がじっとアデリナを捉えている。
居心地の悪さを感じたアデリナは逆に尋ねる。
「――お兄様が話したい内容ってそれですか?」
だが、これくらいならディオが同席していてもかまわない気がする。
「いや、兄としてお前の様子を聞きたいと思ったんだ。――元気そうでよかったよ」
そういえば、あまり近況報告の手紙を書いていなかったな、と思う。自分が身代わりとして辺境伯領にいったことは、あまり後々残るものに残しておかない方がいいのではないかと思ったのだ、というのはきっと言い訳だろう。
「お前の筆無精はわかっているから、気にするな。私も同じだからな。それにしても、ヨーステン辺境伯が身代わりだったとは、お前は知っていたのか?」
アデリナは首を振った。
「知りませんでした。私はライナート様が結界を張るところも見ていましたし」
兄はあっさり納得してくれたらしい。そうか、と短く言った。
「お兄様。この婚約はどうなるのでしょうか?」
次のヨーステン辺境伯にスライドするのだろうか。ライナートならまだ同盟が有効だからいい。でも、例えばコーエンだったら。
アデリナはカーロの街で向けられた粘ついた視線を思い出してぞっとする。
「わからない。だが、事情が事情だ。陛下も悪いようにはしないだろう。もし相手に問題があったら、事実を話してでも白紙にするつもりだ。あいつが気持ちを変えることはないと言い切れるからな」
ほっとすると同時に大丈夫なのかなとも不安になる。元々国王陛下の不興を買いたくなくてアデリナが身代わりとして派遣されたのに。
「まあなんとかなるだろう。王家に十分恩は売っている」
兄が断言するならそう不安がる必要はないだろう。アデリナはそう思うことにした。
「そういえば、お姉様はどうしてるんですか?」
「宣言通りお前が出発した翌日に義母と共にラシーヌに向かったよ。今頃、王族との縁談を血眼になって探しているんじゃないか。私としては正直どうでもいい。公爵邸が過ごしやすくなってせいせいしている」
ミランは冷たく切り捨てる。
それからミランはアデリナに近況のことを聞きたがった。
アデリナはとりあえず図書室の素晴らしさを説いておく。あと、カーロ刺繍にはまっていることも。アデリナと刺繍という組み合わせにミランは驚いたようだった。
「お前が、刺繍」
「ちょっと失礼じゃないですか。最近はうまくなってきたんですよ。そうだ。今度お兄様にも一枚ハンカチを差し上げますね」
「あ、ああ。図案の原型がわかる出来であることを期待している」
「ちょっと私の刺繍の腕を見くびりすぎです!」
確かに女学校の課題で作った刺繍は散々だったけれど。
アデリナが気色ばむと、ミランはすまない、と素直に謝ってくれた。
ミランは懐中時計を取り出した。どうやら思っていたより時間が過ぎていたらしく、話を切り上げることになる。
「意外だった。もっと私に状況を探って来るのだと思っていた」
おそらくミランはライナートのことを言っているのだろう。
アデリナも知りたい気持ちはあった。でも。
「お兄様が甘い人ではないこと知っていますし、それに、ライナート様を信じていますから」
そうすまして答えると、ミランは満足そうな顔をした。




