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24. アデリナにできること

 ライナートは王都の北にあるとある伯爵領で、伯爵の補佐官として働いていたそうだ。

 オーティスは自分のことしか考えていない。特家の当主として一体何を学んできたんだと問い詰めたいレベルだ。だったら最初から、後継の座ごとライナートに渡していれば良かった。

 ライナートの気持ちはどうなるのだろう。


「それでも、ライナートもさすがにコーエンに辺境伯の座を渡すわけにはいかないとわかってる。ようやく決意してくれたところにこの騒ぎだよ。まあ、ごまかしても無駄だと思って素直に身代わりを認めちゃったところが、潔いライナートだよね」

「ディオさん。感心している場合ですか」


 身代わりは事実だったとしても、そこに余計な罪まで付けられようとしているのに。

 アデリナが咎めると、ディオが真面目な顔で質問をしてきた。


「きみは、ライナートに腹を立てたりしないの? ライナートはいわば、きみをだましていたんだよ」

「……怒ってはいません。怒れるはずがないじゃないですか」


 確かにライナートは辺境伯になれる立場にあったのだろう。彼の持つ『結界』の異能は本物だ。後継登録も済ませている。

 でも、ライナートの意識があくまでオーティスの身代わりだったとしたら、アデリナに事実を話せなかった気持ちもわかる。

 それに、アデリナも身代わりだから。そもそも腹を立てる立場にないのだ。


「むしろ、周囲の人に腹が立ちます。ライナート様のことをなんだと思ってるのか」


 思うがままに憤りを口にすると、ディオは微笑んだ。


「ありがとう。きみはいい子だね。ここにライナートがいないのが残念だよ。僕は、立場上、彼に強制するしかなかったから」

「……」

「一つ聞きたいんだけど、きみは、ライナートがヨーステン辺境伯にふさわしいと思う?」


 どうしてディオはそんなことをアデリナに聞くのだろう。ディオがこちらに向けている目があまりにも真剣だったから、アデリナは慎重に答えを口にする。


「少なくともベルガー卿よりは数倍マシだと思います。ライナート様は使用人にも好かれていますし、領地運営もうまくいっているように見えます。それに、ライナート様はこの土地を愛しています」


 だからこそ、王都出身の令嬢を警戒したのだ。自分の生まれた土地を馬鹿にされるのが許せないから。


 アデリナがカーロ刺繍に触れていることを喜んでくれたことを思い出す。


「そうか。よかった」


 アデリナの回答を聞いてディオが微笑んだ。


「ライナートに会ったら、是非きみの思っていることを伝えてくれないかな」

「会ったら、って会えるんですか?」

「うん。機会はあるよ。というか、作る。ライナートはまだ罪人と決まったわけじゃないからね。やりようはある」


 ディオが真剣な顔になった。


「僕は、きみにライナートと会ってほしい。そしてライナートこそがヨーステン辺境伯にふさわしいと励ましてほしいんだ」

「――え?」

「確かにライナートは、コーエンに辺境伯領を渡せないからと辺境伯になる決意をしてくれた。でも、それは仕方なく、いわば消去法だ。それに、身代わりをあっさり認めてしまったあたり、辺境伯になることを諦めた可能性もある。でも、ライナート以上に辺境伯にふさわしい人間はいないと僕は思ってる。だからこそ、確実にライナートが跡を継げるのなら、と身代わりを認めてきた」


 きっぱりと断言するディオには、ライナートへの信頼がうかがえた。


「――私が、ですか? 付き合いの長いディオさんではなく?」

「うん。僕はきみが一番いいと思う」


 ディオの表情は穏やかだけれど確信に満ちたもので、理由を問おうと思っていたアデリナは口を閉じた。


「わかりました。ディオさんがそう言うのなら」


 ライナートのためになるというのであれば、引き受けよう。


「ありがとう」

「うまくできなくても怒らないでくださいね」

「きみの言葉が彼に一番届くと思うよ」

「ディオさん。実際問題、ライナート様はヨーステン辺境伯になれるんですか?」


 あくまで領地のことを思った結果とはいえ、ライナートは辺境伯の身分を詐称しているのだ。それを問題視されたりしないのだろうか。


「密売とかいうふざけた疑いさえ晴らせば、なれる、と僕は思ってる」


 ディオはきっぱりと答えた。


「まず、形がどうあれ、オーティスの不在がばれてしまった以上、ヨーステン辺境伯家としてのケストナー家は断絶になるだろうね。おそらく、オーティスの出奔時点まで遡って後継は判断されるから、後継は一から決め直されることになる」


 そのとき、ライナートは後継として登録されていない。


「ヨーステン辺境伯として候補にあがるのはまずはベルガー伯爵家。異能の強さからいって、その場合、当主はコーエン・ベルガーになる。もう一つベルガー伯爵家の傍系があるけれど、異能は同じだし、あの様子じゃコーエンが辞退を強要するだろうね」


 本家の人間に言われたら、分家は従うしかないだろう。


「で、肝心のライナートが候補に選ばれるかだけれど、潔白であれば候補に選ばれる可能性は高いと思っている。間違いなくベルガー卿は文句を言ってくるだろうけど、ライナートはケストナー家と同じ異能持ちだし、後継登録されていた記録もある。しかも、身代わりとしてつつがなく領地経営を行ってきた実績がある。異能だけでは特家の当主にはなれないからね。これは大きなアドバンテージになると思ってる。そもそも密売なんていう罪を無理矢理着せようとしているのは、向こうもそれをわかっているからだし」


「つまり、密売の疑いを晴らすのが一番優先だと」


「そういうこと。まあ、その辺りは僕に任せて。もともと調べていた案件ではあるんだ。見つかった証拠はかなり信憑性があるっていう話だけど、それはつまり、ベルガー卿が真犯人とつながっていた証拠でもある。向こうはついでに密売の罪をライナートに着せるつもりだったんだろうけど、こっちとしては新情報をもらえた気持ちだよ」


 ディオが頼もしいことを言う。

 それから今後のことについて教えてくれた。


「本来なら速やかにライナートの身柄も王都に移送されるべきなんだけど、アビオン王国の動向も注視しなくちゃいけないだろう? 結界をはれるのはライナートだけだ。だから、密売の容疑が固まらない限り、王都に移送されることはない。来週、王都から専門の調査官が派遣されてくるそうだよ。後継が決まるのは、そのあとだ」


 なるほど。つまり、最低一週間はライナートは解放されないということ。


「密売の件は専門の調査官が動いているから安心していい。さっきお願いしたライナートとの面会もそれまでに設定するつもりだよ」

「……」


 一週間。もし、それまでに密売の調査が間に合わなかったら。

 この地はどうなってしまうのだろう。


「――そんな不安そうな顔をしなくても大丈夫だよ」

「そんな顔、してました?」


 全然自覚がなかったアデリナは、慌てて顔を上げた。


「ちょっとね。不安なのはわかる。でも、ベルガー卿にこの土地を渡したくない気持ちは僕も、他のみんなも一緒だ。だから、僕を信じてほしい」


 アデリナははっとした。ここでアデリナがむやみに不安がるのは、ディオの言葉を信用していないのも一緒だ、と。


「わかりました。もちろん、ディオさんを信じます」

「ありがとう」


 ディオがにっこり笑った。






(――私に何ができるんだろう)


 自室に戻ったアデリナは、ベッドに寝転びぼんやりと天井を眺めながら思う。

 辺境伯――実際は身代わりのライナートだったわけだが――と過ごした時間は楽しかった。ベルガー卿から助けてもらった恩もある。

 アデリナも何かライナートにしてあげたい。痛切にそう思う。

 一緒に過ごすうちに、ずいぶん彼に肩入れしていたということに気づく。


(でも、それだけ楽しかったから……)


 だが、アデリナは無力だ。今一番優先するべきは密輸の疑いを晴らすことだけれど、ディオの調査に協力もできない。そもそもアデリナは詳細を知らない。仮に協力を申し出たところで、ディオを困らせるだけだろう。


 アデリナにも何かできることはないのだろうか。必死に考える。

 ディオは、ライナートこそがヨーステン辺境伯にふさわしいと励ましてほしい、とアデリナに頼んできた。

 でも、アデリナの言葉でライナートは心を動かしてくれるものなのだろうか。

 ディオはアデリナが一番いいと言ったけれど、ちょっと疑わしいと思っている。

 だって付き合いも短い。それに、アデリナは領主としてのライナートの働きをあまり知らない。ベルガー卿よりはましというのも主観でしかないのだ。

 うわべだけの言葉に、ライナートは激励されるものだろうか。


(もっと、きちんとライナート様のことを知りたい。ううん。知るべきだわ)


 だったらどうするべきか。アデリナの中でどんどんするべきことが形作られていく。


(私は、私のできることをやろう)


 ライナートにはヨーステン辺境伯になってほしい。それは嘘ではない。

『器』ではないアデリナでも、彼にできることがあると信じたかった。


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