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23. ライナート・グラーツ

 ――アデリナの前に辺境伯として現れた男性の本名は、ライナート・グラーツ。ヨーステン辺境伯であるケストナー家の傍系にあたる家の出身で、年齢はオーティスと同じ二十二歳。『結界』の異能を持っていたこともあり、幼い頃ケストナー家に引き取られ、オーティスとは兄弟同然に育った。


 ディオは突っ込んだ話をしなかったけれど、おそらくライナートはオーティスに何かあったときのスペアみたいな意味合いがあったのだろう。特家ではよく聞く話だ。


「本物の辺境伯様はどうしたんですか?」

「一年くらい前かな。寄宿学校時代に出来た恋人と駆け落ちをしたんだ。辺境伯を継いだ以上、次は早く身を固めろと言われる。特家の存続には異能を持つ次代が何より必要だからね。そして特家の当主の結婚は制約が多い。せめて恋人が防御系の異能だったらまだなんとかなったんだけど、彼女が持つ異能は『炎』だった」


 同じ系統の異能であれば、比較的強い異能の子どもが生まれやすい、とも言われている。兄の婚約者も同じような理由で選ばれていた。相手の異能を吟味して花嫁を選ぶのは、特家の当主としては当然だ。

 ありふれた属性魔法の異能。『雷』もちのアデリナの心はずきりと痛む。


「要するに、オーティスは辺境伯の地位と恋人を天秤にかけて、恋人を選んだわけだ。――まあ、ライナートがいたから、オーティスもそこまで思い切ったことが出来たんだと思うけど」


 オーティスの行動は身勝手だなと思うけれど、気持ちはわからなくもない。


「でも、どうしてそれが身代わり、という話になるんですか? ライナート様の育ちであれば、後継登録されていると思うのですが」


 オーティスの出奔を申し立てれば、つつがなく辺境伯になれたはずだ。


「それがさ、ライナート、オーティスに内緒で後継登録を抹消していたんだよね」


 ディオが軽く肩をすくめる。


「はあ? そんなことができるんですか?」

「できるよ。普通はしようとしないだけで。登録を外したのは寄宿学校卒業の少し前かな。元々オーティスの交際にライナートは反対していたんだ。後継問題は当主にとって重要だって。でも、オーティスは後継はライナートに任せるの一点張りでね」

「それはちょっと都合が良すぎませんか?」


 思わず口を挟んでしまった。特家の当主が苦労するのが後継問題なのに。自分は好きな人と結婚して、他人に後継問題を丸投げなんてひどすぎる。おいしいどこ取りだ。


「大丈夫。みんなそう思ってるよ。オーティスを支えるよう教育されてきたライナートもさすがにそれは飲み込めなかった。それで二人は大げんかをして、オーティスはライナートではなく恋人を取った。それで二人は袂を分かったような格好になった」


 話を聞くだけで、オーティスの甘さに頭が痛くなってくる。


「そのケンカのあと、ライナートは自分がいるからこそオーティスが甘い考えを持つんだって思って、辺境伯と相談の上登録を抹消したんだよ。ライナートは寄宿学校卒業後、カーロの地には戻らなかったくらいの徹底ぶりだ。まあ、前辺境伯は、息子を説得できたらまた戻すつもりだったとは思うよ。後継は貴重だからね。でも、前辺境伯は心臓の病で急逝してしまい、そのことがオーティスにうまく伝わっていなかった」


 若くして正式な辺境伯になったオーティスのもとには、様々な縁談が持ちかけられた。親戚たちも結婚をせかす。だがオーティスの心は一人の令嬢に捧げている。辺境伯の後継ならもう一人いると彼は思っている。そんな中、相手の子爵令嬢のところにも縁談が舞い込み、二人は手に手を取り合う選択をした――。


「ライナートの後継登録が抹消されている以上、オーティスの不在がばれたら後継者がいない特家としてケストナー家は断絶扱いになる。通常時ならまだしも、今はアビオン王国が虎視眈々とヨーステン辺境伯領を狙っているという話もある。辺境伯の空位は避けたい。オーティスの駆け落ちを知った親類たちは、満場一致でライナートを呼び戻すことにした。まあ、最初はオーティスが戻ってくることを信じていたからね。でも、待てど暮らせど戻ってこない。そこで方針を変えた」


 ディオが言葉を切った。


「身代わりでごまかして時間を稼ぎ、改めて後継登録したライナートが爵位をつげるようになったら、オーティスの不在を理由に爵位を継がせる。親類たちの想定以上にライナートは領主として優れていた。ただ、後継登録って登録して一年は爵位を継げないんだよね。なのでライナートが辺境伯になれるのは、早くて二週間後だった」

「つまり期間が過ぎたら、ライナート様が辺境伯になるはずだった?」


 そうは口にしたものの、なんだかしっくりこない。

 ライナートの婚約に対するスタンスが、完全に身代わりのそれなのだ。

 前辺境伯夫人に端をなす偏見から、王都からきた花嫁候補をすぐに追い出すつもりだったらしいので、最初にオーティスの名前を名乗ったのはわかる。


 問題はそれ以降、アデリナに対する誤解が解けてからの行動だ。

 この縁談は、ヨーステン辺境伯に持ち込まれたもの。たぶん、それは代が変わっても有効なはず。

『器』の令嬢は貴重だ。自分が辺境伯になるつもりだったら、婚約解消同盟など組まずに、その時点で全てを話してしまえば良かったのではないだろうか。


「親類たちは、そのつもりだったよ。でも、ライナートはそうじゃなかった。最初に拒否したのはオーティスなのに、何故そいつの尻拭いを自分がやらなくちゃいけないのかと憤った。まあ、仕事がそれなりに軌道に乗っていたみたいだから、当然と言ったら当然の感情だよね。ライナートとしては、期間限定の身代わりという話だったから引き受けたのに、話が全然違うとなった」

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