22. 告発
動転しているキーカからなんとか聞き出した話を要約するとこうだ。
コーエン・ベルガーとゲルデ・フックスが連名で「ヨーステン辺境伯オーティス・ケストナーは行方不明で、代わりに偽者がオーティスを名乗っている」と告発書を王宮に提出したらしい。
それなりに信憑性があったのか、無視するわけにも行かず、連絡を受けたカーロの役人がとりあえず話を聞くために辺境伯を訪問した。
そこまではいい。
問題は、辺境伯が自分は偽者だと認めた、というのだ。
さすがに認めた人間をそのままにしておくわけにはいかず、治安維持を任されている騎士隊の詰所に留置されることになった、ということらしい。
ファーデン王国では、貴族が関わる犯罪は専門の監査官が調査し、王都で裁くことになっている。
最終的に辺境伯の身柄は王都に移送されるのだろう。
(……辺境伯様が身代わり?)
コーエンの言ったことは事実だったということなのだろうか。
彼が異能で結界を張る様子をアデリナはこの目で見たというのに。
アデリナは呆然としていた。告発はまだいい。まさか、本人が認めるなんて。
キーカの話をなんとか頭の中で整理したアデリナは、目の前の侍女に言う。
「辺境伯様が身代わりという話は本当なの?」
「私にはわかりません。お屋敷に来たのは最近ですので。その、私が来たときから旦那様は旦那様でした」
キーカの回答に嘘はないと思えた。
アデリナは気持ちを落ち着けようと深呼吸をする。
(身代わりが事実だったとしても、きっと何か理由があるはずよ)
アデリナの知る辺境伯は、悪い人には到底思えなかった。評判だっていい。私利私欲で辺境伯を騙ることはしないだろう。
でも、今のままでは情報が少なすぎる。どうすればいいだろう。
「キーカ。落ち着いて。おそらく私たちに出来ることは、今はないわ。冷静になりましょう。ディオさんに会ったら私が話をしたいと言っていたと伝えてくれる?」
結局、アデリナの出した結論はこれだった。おそらく屋敷の中の情報は錯綜している。だったら一番情報を知っていそうな人間に聞くのが一番だ。
辺境伯は処遇が決まるまで戻ってこられないだろう。となると一番事情を知っていそうなのはディオだ。
「わかりました」
キーカはうなずいて図書室を出て行く。
アデリナはソファーに座ると大きく息を吐き出した。もちろん、本の続きを読む気分にはならない。
(辺境伯様は大丈夫なの……?)
頭の中の真っ先に浮かんだのは、辺境伯の身代わりだと認めたという彼のことだった。
おそらく事実を認めて逃亡のおそれなしと判断されれば、そうひどい目には遭っていないはずだ。そう信じたい。
身代わりが事実ならば、アデリナはだまされていたということになるのだが、怒りのような感情は湧いてこない。むしろ「だから彼は縁談に消極的だったんだ」という納得の気持ちが先に立つ。
アデリナは息を吐き出した。ここで座っていても、いろいろぐるぐる余計なことを考えてしまうだけだ。今の気持ちで本を読めるとは思わない。
そうだ。刺繍をしよう。図案の輪郭線通りに糸をねじれないように刺す。集中力がいる作業は、きっと余計な雑念を払ってくれる。
アデリナは自室に戻ることにした――のだが、そのあとがひどかった。
騎士隊の人間が屋敷にやってきて、家宅捜索を始めたのだ。向こうも仕事だとはわかっているのだが、いかんせん行動が乱暴。
幸い、アデリナの部屋は対象にならなかったが、ガタガタうるさくて、刺繍もままならない状態だった。
ようやく騎士隊が帰っていって静かになったときは、心底ほっとしたものだ。
(早くディオさんに話を聞きたい)
――ディオと話すことができたのは、その日の夜のことだった。
「――ブラムバーグ公爵令嬢」
夕食後。部屋の扉がノックされる。アデリナは刺繍の手を止めた。扉の前に立っていたのはディオだった。甘い顔立ちに珍しく疲れが濃い。
「辺境伯様は大丈夫なんですか?」
思わず駆け寄るアデリナに、ディオが苦笑する。
「――大丈夫だよ。留置っていうのも自ら監視下に置かれることを選んだ結果だから。ひどい目には遭わない。そもそも、そういうのは法でも禁止されてるから」
ディオの説明にアデリナはひとまずほっと胸をなで下ろした。
とはいえ、アデリナの部屋は長話にはあまり向いていない。
どこで話そうか迷って、ディオの提案通り辺境伯の執務室に行くことにした。すべての事情を知る執事も一緒だ。図書室も考えたのだが、なんとなく気が進まなかったので助かった。
辺境伯の執務室は、質素なものだった。机に椅子、本棚のほかに簡素なテーブルに椅子が二脚あった。打ち合わせ用の簡易スペースといったところだろうか。
「他の部屋でもいいんだけど、この部屋は防音設備が整っているから」
アデリナはディオに勧められるがまま丸椅子に座る。
向かい側に座ったディオは早速話を切り出した。
「きみはどこまで事情を知ってる?」
問われたアデリナは素直に今日キーカに聞いた話を伝える。
「なるほど。概ね事実だよ。ただ、告発されたのは身代わりだけじゃない。薬の密売というおまけ付きだ」
「はあ?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまって、アデリナは慌てて口を押さえた。
ディオは目を丸くして、それから小さく吹き出す。部屋に漂っていた緊張感が吹き飛んでしまった。
「いいね。その反応」
「でも、密売なんて辺境伯様がやっているわけないですよね」
知り合った期間は短くても、アデリナなりに彼の人となりは把握している。甘いと言われようが、彼が薬の密売をやるような人だとは到底信じられない。
「その通り。あいつは密売には手を染めていない。ただ厄介なのが、完全なでっち上げじゃないところなんだよね。実際の疑惑についての罪を着せられそうになってる」
ここのところ、アビオン王国からヨーステン辺境伯領経由で違法な薬物が王都に広まっていたらしい。辺境伯にかけられている疑いは、その件なのだとか。
「こちらも前から調べていた事件だから、なんとかなるとは思ってるんだけど、向こうはあらかじめ証拠を屋敷に仕込んでいたみたいなんだよね」
「え?」
「少し前にベルガー卿が屋敷に来たでしょう? たぶんそのとき」
コーエンが屋敷をうろついていたのは、アデリナも目撃している。
「それが見つかって、証拠だって騒ぎ立てられているところ。僕に詳しい情報は提示されなかったけど、信憑性が高いらしいよ。ただ、それが見つかったの、普段使っていない旧執務室なんだよね」
「旧執務室?」
「前の辺境伯の執務室だよ。図書室にもつながる扉があるでしょう? あくまで前辺境伯の部屋ということで、代替わりしてから、ここに執務室を移動したんだ」
触らないように言われていたので、普段は気にもとめていなかった存在をアデリナは思い出した。
「あの図書室も大半が前辺境伯の趣味なんだ。仕事が終わったらすぐに本を読めるようにってわざわざ扉を作ったみたい。とにかく、前辺境伯の執務室はそのまま残しておいたんだ。定期的に掃除もしてた。それで、そこで証拠が見つかった。使ってもいない部屋なのに」
「それって……」
「前辺境伯夫人が確実に噛んでるよね。古い情報しか持ってなかったってこと」
はあ、とディオがため息をついた。
「向こうは、確実にあいつを追い落としたいんだろうな」
あいつ、というのは辺境伯の身代わりとしていた男性のことだろう。アデリナが辺境伯だと思っていたひと。
正直なところ、彼が異能を使っているところを見たことがあるアデリナは、彼が身代わりだということに釈然としない部分がある。
「詳しく、聞かせてもらえますか? 私が一緒に過ごしてきた辺境伯様のことを含めて」
「もちろん。きみには知る権利がある」




