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21. 持てあます気持ち

 今日も、朝食の席に辺境伯はいなかった。ディオもいない。執事が「旦那様は多忙でして」と淡々と言う。最近、この執事は愛想がないのではなく、これが通常運転なのだと理解してきた。


 これで三日だ。カーロの街でコーエンから助けてもらったのを最後に、辺境伯とは顔を合わせていない。

 執事の言う通り、多忙なのは事実だろう。ゲルデとコーエンの招かれざる二人組が訪ねてきて以降、屋敷の中がどこかバタバタしている。

 だが、辺境伯家の客人に過ぎないアデリナは、当然、蚊帳の外だ。

 いつも通りの日常を過ごすしかない。


「痛っ」


 刺繍をしていたアデリナは、針を指に刺してしまい思わず声を上げた。


「大丈夫ですか?」


 丸テーブルの向かい側で同じく刺繍をしていたキーカが慌てた様子で尋ねてくる。


「大丈夫よ。たいしたことないわ」


 アデリナはハンカチで指先をおさえた。


「アディ様。あまり無理はされないでくださいね」


 キーカは針で刺した傷のことについて言っているのではないだろう。おそらく、この前のコーエンに連れ去られそうになった件だ。アデリナが浅はかな判断をしたのが悪いのに、キーカは自分が離れたことを責めているようだった。


「ありがとう。無理はしていないわ」

「でも、あれから元気がないように見えます」


 キーカは鋭い。

 でもそれはコーエンの件ではない。アデリナが自分の気持ちを持て余しているからだ。

 コーエンを追いはらったあと、辺境伯がふらつくアデリナを支えてくれた。あのとき、すぐに離れることだってできたのに、アデリナは自分から彼の胸に縋り付いた。


 ――どうしてそんなことをしてしまったのだろう。

 辺境伯がアデリナを受け入れるように背中に手を回してくれたとき、アデリナの胸に湧き上がったのは間違いなく喜びだった。


「本当に、どうしてこういうときに限って、辺境伯様はお忙しいんでしょう。せめて食事のときくらい顔を出して差し上げればいいのに」


 キーカは辺境伯に慰めてもらえばいいと思っているようだ。その辺境伯がアデリナの悩みの根源なのだけれど、そんなことはもちろん言えない。


「仕方ないわよ。ベルガー卿がいろいろ企んでいるみたいだから」


 アデリナは苦笑した。


「まず、そこをなんとかしないといけないのは、キーカもわかっているでしょう?」

「それは、そうですけど……」


 キーカは辺境伯に対して言いたいことがたくさんあるらしい。

 だが、会えないのはいい機会だとアデリナは自分に言い聞かせていた。

 最近、辺境伯と近づきすぎた自覚はある。これ以上取り返しがつかなくなる前に、少し距離を置くべきだ。円満に婚約解消をしたいと思うのならば。


 ずきり、と胸が痛んだ。


 けれど仕方がないではないか。

 辺境伯が特家の当主である以上、彼とアデリナが結ばれる道はない。

 仮に結ばれる道があったとしても、アデリナは辺境伯夫人には向かない。

 戻れるうちに軌道を修正しておくべきなのだ。







 事態が急展開したのは、翌日のことだった。

 アデリナが図書室で一人本を読んでいると、血相を変えた様子でキーカが飛び込んでくる。


「アディ様!」 


 キーカがこのようにして図書室に入ってくることはまずない。よほどの緊急事態なのだろう。アデリナは軽く眉をひそめながらも、立ち上がってキーカの声がする方へ向かう。


「アディ様! やはりここにいらしたのですね」


 途中で行き会ったキーカが、アデリナの顔を見つけてほっとしたように息を吐く。


「どうしたの? キーカ」


 その様子はただ事ではないように見えた。嫌な予感しかしない。


「大変です。アディ様。旦那様が偽者だと告発されて、騎士隊に拘束されました!」


読んでいただきありがとうございます。


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