2. アデリナの事情
――この世界の人間は誰しも一つ異能と呼ばれる特別な力をもって生まれる。
その中でも上位ランクの異能は圧倒的な力を持っており、国政にも強い影響があった。
当然、王家を始めとする特別な異能を持つ家――特家はその異能を次代につなげる必要がある。
だが、強い異能を次代につなげるのは容易ではない。
異能は遺伝によって決まると言うが、そのメカニズムは不明。
そこで重宝されるのがアドリーヌの異能である『器』だ。
この『器』だけは両親の異能に依存せず、突然生まれる。
『器』は、子どもに確実に相手の異能を引き継げる、という力だ。
なので『器』は次代に確実に力をつなげる異能として、結婚相手はあまた。
特に、王の配偶者は『器』であることが求められるのだけれど――。
「あなたが辺境伯領に行っている間、わたくしはラシーヌで過ごすわ。あそこならわたくしは国王陛下の可愛い姪。とびきりの縁談を見つけてくれるでしょう。ラシーヌに『器』の王女はいないもの」
一体、どこに隠し持っていたのか。二本目の扇をばさっと開くと、扇で口元を隠しながら姉はにっこりと微笑んだ。
どうやらラシーヌの元王女である義母の伝手をたどるつもりのようだ。
(お姉様、まだ王族に嫁ぐのを諦めていないのね)
「王家の盾」とも呼ばれるブラムバーグ公爵家は、強力な異能を持つ特家の筆頭だ。王家との縁も深い。
そんな由緒正しきブラムバーグ公爵家の令嬢であるアドリーヌは、当然、王太子妃の候補に挙がった。公爵令嬢でありしかも『器』のアドリーヌは、最有力候補だとも言われていたらしい。
しかし、王太子が選んだのは特家ですらない中堅伯爵家の『器』である令嬢だった。
それが半年前。
自分が選ばれるものだと思い込んでいた姉の荒れようはひどかったらしい。
「そもそもお父様もお父様だわ。わたくしの価値を全然わかってない。わたくしが田舎貴族の嫁に収まる器だと? わたくしこそが王家に嫁ぐのにふさわしいというのに」
怒りが再びこみ上げてきたのか、姉はわなわなと震えた。
田舎貴族と姉は言うが、国防を担う重要な家だ。そしてヨーステン辺境伯家も特家の一つ。『器』の価値がわかっているからこその縁談だと思うが、姉にとって、王族以外との縁談は全て等しく価値がないのだろう。
「ヨーステンなんていうど田舎に閉じ込めようなんて、ひどい話だわ」
「ですが、身代わりなんてやはり無茶だと……」
「口答えするつもり?」
姉の水色の瞳が鋭くアデリナを捉える。ひゅんと再び扇が飛んできて、アデリナが発する雷にはじかれた。先ほども発動したこれこそが母から受け継いだアデリナの異能――『雷』だ。といっても、いつ発動するかわからないぽんこつぶりだが。でも、少なくとも姉から身の危険を感じたときは発動してくれる。
「……いえ」
か細い声でアデリナが答えると、異母姉は少しだけ雰囲気を緩めた。
「ものわかりのよい妹でよかったわ。あなたはただでさえ役立たずなのだから、こういったときくらい役に立ってもらわないとね」
役立たず。母の死をきっかけにアデリナが公爵家に引き取られたときから、義母と姉に何度も投げつけられてきた言葉だ。
『雷』というありふれた中位ランク以下の異能の娘では、異能を問わない下位貴族に嫁ぐのがせいぜい。政略結婚の駒にもならず、引き取るだけお金の無駄、というわけだ。
「じゃあ、アデリナ。頼んだわよ。いい? 失敗は許されないことをわかっているわよね?」
アデリナは黙ってうなずくことしかできなかった。
姉は話したいことだけ話すと満足したようで、さっさと応接室を去って行ってしまった。一人取り残されたアデリナは、心の中で叫ぶ。
(身代わりなんてどうしろっていうのよ!)
しかも、全然具体的な話が聞けていない。いや、聞いたとしてもそのまま身代わりとして辺境伯領に行くつもりはさらさらないが。
その場しのぎでうなずいてしまったものの、姉の提案が荒唐無稽すぎることくらいアデリナにもわかる。
婚約は家同士で決めるものだ。おまけに特家同士の婚約ともなれば、王命が絡んでいる可能性だってある。仮にも生粋の貴族令嬢だったらそれくらいわかりそうなものなのに、王族に固執している姉は知らんぷりをしているのだろう。
とりあえず、アデリナは言付けを頼むために信頼できる使用人を探すことにした。ついでに女学校の寮まで戻る馬車も手配してもらわないといけない。
アデリナが公爵家の使用人に声をかける場合、慎重に相手を見極める必要がある。
義母たちの息のかかった使用人は、アデリナをこの家の一員として認めていないからだ。
アデリナは、ブラムバーグ公爵と、公爵家で使用人として働いていた没落貴族の娘の間に生まれた娘だ。
物心ついたときから父親の姿はなく、片田舎の町で母と二人きりで生きてきた。豊かとはいえなかったが、周りの人に恵まれて、それなりに幸せに暮らしていた。
しかし、六年前、アデリナが十一歳の時、母が突然の病で亡くなったことをきっかけに、父親であるブラムバーグ公爵に引き取られることになった。
そこからが地獄だった。
公爵の妻である義母とその娘――アデリナにとっては異母姉――による苛烈ないじめが待っていたのだ。
食事を抜くのは当たり前。母との思い出の品は小汚いと取り上げられた。役立たずと罵られ、アドリーヌには八つ当たりの的にされた。『雷』の異能で物をはじくことができるアデリナは、物を投げる的にちょうどいいのだ。
アデリナに付けられた侍女は義母の息がかかった人間で、アデリナの世話を放棄し、それどころかしつけと称してことあるごとに暗くて寒い物置小屋に閉じ込めた。もちろん、ろくな教育は与えられていない。
それらのいじめは公爵の目を盗んで行われた。公爵がいればいじめはやわらぐため、ずっと家にいてほしかったが、要職に就く公爵は忙しく、滅多に家に帰ってこない。
姉とアデリナは一つ違いだが、誕生日は実質半年ほどしか違わない。それが原因で憎悪を抱かれたのだろうと今では思うが、子どもには何も罪はないはずだ。
ろくに食事も与えられなかったアデリナは、日に日に痩せ衰えていった。おそらくあのまま屋敷に留め置かれていたら、生きる気力を失い、最悪衰弱死していただろう。
そんなアデリナを救ってくれたのは、異母兄のミランだった。
留学中の隣国から長期休みで戻ってきた兄は、異変に気づき、アデリナを全寮制の女学校に入れること提案してくれた。残念ながら、義母と姉には何を言っても聞く耳を持たないから避難するのが最善だ、と。
兄の行動は早かった。
兄が選んだのはおおらかな校風の女学校で、生徒も下級貴族や裕福な平民が多い。それがよかったのだろう。アデリナは本来の明るさを取り戻すことができた。
ただ、未だに義母と姉の前では萎縮してしまうのだけれど。
――ということがあったので、公爵家で何か理不尽なことがあった場合は、まず兄に相談することにしている。兄だけはこの家でアデリナの味方だといえるから。




