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1. 身代わりの命令

新連載です。本日4話更新予定です。


 ――自分をよく思わない異母姉から「公爵邸に帰ってこい」という連絡を受けた時点で、アデリナは嫌な予感がしていたのだ。


 執事に通された応接室。優雅に待ち構えていた異母姉のアドリーヌは、アデリナが正面に座るなり、ぱんと広げていた扇子を閉じてこう言い放った。


「アデリナ、わたくしの身代わりとして、ヨーステン辺境伯家に行きなさい」







 ブラムバーグ公爵邸のタウンハウス。その白亜の建物は貴族街に並ぶ邸宅の中でもひときわ豪奢だ。小さな城といってもいい。王都にこの規模の屋敷を持てるというだけで、ブラムバーグ公爵家の繁栄ぶりがわかるというもの。

 もっとも、ブラムバーグ公爵の庶子であるアデリナにとっては、居心地のいい場所ではない。


 女学校の春休み。

「実家」である公爵家に帰る気などアデリナはさらさらなかった。

 このまま卒業したあとも「実家」には戻らないつもりだ。出来れば一生近づきたくなかったのだけれど、いきなり寮母を通じて公爵邸に呼び出されたのだ。無視したかったけれど、それをしたら面倒なことになる。既に迎えの馬車も来ていたので、アデリナは諦めて呼び出しに応じることにしたのだけれど……。


 アデリナの頭は、姉が発した言葉の理解をとっさに拒否した。


(身代わり? お姉様は一体何を言っているの?)


 アドリーヌによる事情はこうだ。


 先日、父親であるブラムバーグ公爵がアドリーヌに縁談を持ってきた。

 相手はヨーステン辺境伯であるオーティス・ケストナー。約一年半年前に辺境伯を継いだばかりの二十二歳で、十八歳のアドリーヌとは年のつり合いも悪くない。

 その縁談がアドリーヌは気に食わないのだ。父には抗議したというが、決まったことだと言われるばかり。娘に甘い義母も味方してくれたが、父の意思は固かった。


 ようやく事情を把握したアデリナは、おずおずとアドリーヌに尋ねる。


「私が、お姉様の身代わりですか?」

「そうよ。あなたがわたくしとして辺境伯家に行くの」


 アドリーヌの高圧的な口調は、上から命令するのにとても慣れているものだ。そして、アデリナに断ることを許さないと言外ににじませている。


「大丈夫。さすがのわたくしでもあなたに結婚しろとまでは言わないわ。向こうの希望で一年間の婚約期間を設けているから。その間にこの縁談を破談にすればいいだけよ」


 いとも簡単に言ってのけてくれるが、その破談が難しいわけで。しかも――。


「無茶です。私とお姉様は全く似ていません」


 しいて言えば二人とも同じ金髪碧眼だが、その色合いは全く違う。


 はっきりとした顔立ちのアドリーヌは、黄色みの強いブロンドで、目の色も薄い水色。メリハリのある体型で、スタイルもいい。社交界では美人だともてはやされている。

 一方、アデリナは落ち着いたブロンドに紺色に近い瞳。亡くなった母に似た顔立ちは整っていて清楚な印象だが、凹凸の少ない体つきも相まって、地味な印象は否めない。


 お互い違う母親似――つまり、全く似ていない姉妹なのだ。共通なのはまっすぐな髪くらい。たとえ同じドレスを着たところで、アデリナのことを姉と間違える人はいないだろう。


「大丈夫よ。辺境伯は襲爵の挨拶以降、領地にこもって社交界に全く出ていないの。わたくしの顔を知りようがないわ」

「ですが……」


 そもそも一年間の婚約期間で縁談を白紙にできるというのなら、アドリーヌが直接赴けばいいではないか。わざわざアデリナを身代わりにする意味がわからない。


 反論を許さないようにひゅん、と閉じた扇がアデリナに向かって飛んでくる。反射的に目を閉じるが、こちらにぶつかる前に、ぱちん、と音がしてそれはアデリナが発した雷にはじき返された。扇は、毛足の長い絨毯が敷かれた床にぽとりと落ちる。

 それを見てアドリーヌが美しい顔をしかめた。


「本当に忌々しい異能ね。――いい。アデリナ。わたくしは、辺境伯の妻に収まるような人間ではないの。それはわかるでしょう? わたくしにとって今は一秒たりとも無駄にできない時期なのよ。辺境に一年も滞在するなんて冗談じゃないわ。時間の無駄よ」


 このファーデン王国の貴族令嬢の結婚適齢期は二十二歳頃まで。十八歳のアドリーヌにはまだ余裕がある。だが、彼女にとっては違うのだろう。

 アドリーヌは誇らしげに微笑んだ。


「だって、わたくしは『器』なんですもの」

読んでいただきありがとうございます。

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