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18. 嬉しくない再会

 翌日。空は昨日に続き快晴だ

 アデリナはキーカと共にカーロの街を訪れていた。

 まず向かったのは第一の目的、手芸店だ。カーロ刺繍専用の糸を買う。赤、ピンク、緑、黄色、青。どれも彩度が高いはっきりとした色ばかりだ。どの色も鮮やかで選ぶのがとても楽しい。


 十分な量の糸を買ったあとは、キーカと共に街を歩く。カーロの街はまだまだアデリナにとって新鮮な場所がたくさんある。

 最初に訪れたのは、噴水広場。ベンチにはカップルが多く座っている。ジュースや食べるき用の屋台も多く並んでいた。

 それから、おしゃれな通りを歩く。比較的新しい店が多い。


「あそこのカフェとか、デートコースにおすすめですよ」


 一緒に歩きながら、キーカがあちらこちらを案内してくれる。それは以前と同じなのだが、一つだけ気になったことがあった。


「なんだかさっきからデートスポットばかり教えてくれるのは気のせい?」

「いいえ。砦のような場所じゃなくて、こうした普通のデートスポットも回っていただきたいので!」


 キーカがニコニコ笑っている。アデリナはちょっと反撃してみることにした。


「それはキーカがいいひとと巡った場所ってこと?」

「ち、違いますよ。私は友達に教えてもらっただけです!」


 自分がからかわれるとは思わなかったのだろう。キーカが頬を赤くする。


「ふふ。わかったわ。ちょっと意地悪を言ってみたかっただけなの。ごめんなさい」

「アディ様!」


 キーカが悲鳴のような声を上げる。

 まあ、いくら辺境伯とアデリナが一緒に出かけるつもりがなくても、ディオがまた近いうちにいろいろ企むだろう。二回目も行き先が同じとは考えづらい。

 ――もっとも、ここしばらくはちょっと無理だろうけど。


「でも、実際問題、しばらく辺境伯様は忙しい気がするのよね。今朝も何か慌ただしかったじゃない?」


 一応食事の場に顔を出してくれたけれど、辺境伯だけ。そして、何も食べずに屋敷を出て行ってしまった。本当にアデリナの顔だけ見に来たらしい。気を遣わなくてもよかったのに、でも顔だけでも見たいと思ってくれたことが少し嬉しいと思った自分がいる。


「確かにバタバタしていましたね」


 昨日、辺境伯からコーエン・ベルガーのことを聞かされたばかりだ。何か、企みがあったのでは? とアデリナは思ってしまう。


「まあ、でも、予習はしておいて損はありませんから!」


 キーカは力説した。どうやら「デート」をまだ諦めるつもりはないらしい。


「建物は古いんですが、この辺りは新しいお店が多いんです」

「そうなの? どうして?」

「はい。私には難しいことはわかりませんが、旦那様が空いていた店舗を整備して、店を出したい人に一定期間安く借りられるようにしたんだそうです」


 それにより、店を出すハードルが下がった、とキーカは得意げに説明してくれる。


「それで若い人が店を出せるようになって、それでいい店が多いとここに若い人が集まるようになったんです」


 噂を聞いた店を出したい人が、カーロに移住を考える、という流れもあるらしい。


(よい循環だわ。辺境伯様はいい領主なのね)


 通りを抜けると今度は小さな公園があった。憩いの場として整備されたのだろう。

 空いている休憩用のベンチを見つけて、アデリナはそこに座る。


「アディ様。私、何か飲み物買ってきますね」



「偶然だな。まさかこんなところで会えるとは」


 ねっとりとした声が聞こえてきて、アデリナは顔を上げる。

 正面に立っていたのは、コーエン・ベルガーだった。瀟洒な深緑のスーツ。髪は後ろになでつけていて、少し気取った感じがする。今日は隣にゲルデはいないらしい。


(よりによって、キーカがいないときに話しかけられるなんて)


 キーカの姿を探すが、少なくともすぐ見えるところに彼女の姿はなかった。


「ベルガー卿」


 コーエンは値踏みするようにアデリナの全身に視線を這わせた。今日のアデリナは明るい水色のワンピース。髪型はいつものハーフアップ。身につけているものの質から、使用人には見えないだろう。


「昨日は失礼した。まさか公爵令嬢とは思わなかったもので」


 おもむろにコーエンが口元を歪める。ねっとりとした笑みを見るだけで不快だった。


「いえ。気にしません。それでは私は侍女を待っていますので」


 この男には関わらないことに限る。正体もばれてしまったわけだし。

 本当は横をすり抜けていきたいけれど、下手に場所を動いてキーカとはぐれても困る。

 どうしたものか。

 考えあぐねていると、コーエンがさらに続けた。


「ブラムバーグ公爵令嬢。お前と少し話がしたい」


 お断りよ、と即答したかった。


(でも、ひょっとしたら情報を引き出せたりする?)


 何より、自信満々に次期辺境伯だと言える理由が知りたかった。辺境伯の役に立つかもしれない。

 じっと青い瞳でコーエンを見ながら、アデリナは頭の中で考える。


 この男の異能は『大盾』だ。確か盾を作る異能。一方向からの攻撃しか防げないが、広範囲に展開することが出来るというもの。完全防御型の異能だから、少なくとも異能でアデリナをどうこうすることはできない。


「わかりました」


 答えた途端、がしっとコーエンがアデリナの腕を掴んで無理矢理に立たせる。

 衣服越しに触れられて、アデリナの背中にまで鳥肌が立った。


(ここで話すんじゃないの?)


 アデリナは戸惑った。


「あまり誰かに聞かれたい話でもないからな。少しついてきてもらおうか」


 引っ張られるようにして連れて行かれたのは、建物の影だった。

 わざわざ注視しない限り、ここに人がいるとは思わないだろう。

 嫌な場所に連れてこられてしまった。


 アデリナはコーエンと向き合う形になる。

 コーエンはアデリナの顔を見ると、ぼそりと呟いた。


「それにしても、お前があのブラムバーグ公爵令嬢とはねえ」


 背中に冷や汗が浮かぶ。この男も貴族の端くれだ。しかも普段は王都に住んでいるという。もしかしたら、パーティーで姉を見かけたことがあるのかもしれない。だが、動揺しては疑いを深めてしまう。


「父に問い合わせていただいてもかまいません」

「場合によってはそうさせてもらおう。それよりも、俺に乗り換えないか?」

「あなたに?」


 あまり感情を外に出さないようにアデリナは懸命に務める。


「あんな顔だけの男よりはずっとマシだろう。それに俺はブラムバーグ公爵家の後ろ盾がほしい」


 失礼な言い草に反論したくなる気持ちをぐっとこらえて、アデリナは冷静に問う。


「それは私に何の得があるんですか?」

「泥船に乗らなくてすむ。ヨーステン辺境伯家は泥船だ」

「どういうことですか?」


 アビオンという不穏因子はある。でも、カーロの街を見たって領地経営が安定していることはよくわかる。屋敷の雰囲気だってよい。


「ここだけの話、今のヨーステン辺境伯は偽者だ」


(――え?)


 アデリナは目を見開いた。アデリナの驚きに満足したのか、コーエンがにやりと笑う。


「本物のヨーステン辺境伯の身代わりなんだよ」

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