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14. 小さな嫉妬

「……」

「どうした?」


 思わず視線をそらすと、不思議そうに辺境伯が首をかしげてくる。無意識だったとしたら少したちが悪くないか、とアデリナは思った。

 ヨッヘムはアデリナと辺境伯のことを意味深に見る。


「最初の婚約話を聞いたときはどうなることかと思っていましたが、けっこううまくやっているみたいですね」

「ディオに何を吹き込まれた?」

「特に何も。どういう様子だったか教えてほしいと言われただけです。ディオにはバッチリ報告しておきますから、安心してください」

「なんだか安心できないのは気のせいか?」


 辺境伯の呟きを華麗にスルーして、ヨッヘムがアデリナに向き直る。


「ブラムバーグ公爵令嬢。辺境伯様はとてもいい人ですよ。結婚相手として素晴らしいと保証しましょう。少々愛想は悪いですが容姿もいいし、性格も少し融通は利かないところがあるかもしれないけれど、実直。異能の力も非常に強い。是非」

「シラー卿」


 辺境伯が強めにヨッヘムの名を呼ぶが、彼はどこ吹く風だ。


「そうですね」


 アデリナが結婚するわけにはいかないけれど、ヨッヘムの呟きには概ね同意だ。

 彼ほどの人であれば、いくらでも結婚したいという令嬢はいるだろう。

 辺境伯は少しだけ固まって、深々と息を吐き出した。右手で顔を押さえている。

 ヨッヘムはそんな辺境伯を横目で見ると、アデリナに向かって笑顔を浮かべた。


「辺境伯様はしばらく放っておけばもとに戻ると思います。これからうちの小隊で簡単な模擬試合をやるので、どうぞ見ていってください」









 うっすらと空がオレンジ色に染まりつつある時間。

 アデリナと辺境伯は馬車で帰路についていた。


 こういった模擬試合を見るのは始めてだったのだが、ヨッヘムの小隊のそれはかなり見応えがあった。

 第三部隊は、ヨーステン辺境伯が守りを固める分、攻撃に特化した異能を持つ騎士が多く配属されるのもあるのだろう。

 属性魔法系の異能から、剣術、格闘技に特化した異能まで。剣戟がメインだったのだが、それぞれが異能をうまく使って戦っている。人気があるのもうなずけた。

 特に気になったのはヨッヘムだった。彼はアデリナと同じ『雷』の持ち主だったのだ。彼は自由自在に雷を操っていた。アデリナとして出会ったのなら、異能の制御の仕方を教わりたいと思ったくらいだ。


 小隊長なだけあって、ヨッヘムは強かった。アデリナは、思わず食い入るように見つめてしまったくらいだ。

 また機会があったら戦いぶりを見てみたい。それで、自分の制御に役立てたい。

 もちろん、今は『雷』を持つことを知られてはならないけれど。

 アデリナにしては動き回ったからだろう。心地よい疲れに身を包まれている。


「今日はとても楽しかったです。ありがとうございました」


 アデリナが礼を言うと、辺境伯はああ、と短く答えた。心ここにあらずといったふうにも見える。


(もしかして、辺境伯様は楽しくなかったのかな)


 もともとディオに仕組まれた外出だ。決して彼が望んだわけではない。

 そう思うと少し胸が痛む。


「その、付き合わせて申し訳ありませんでした」


 アデリナが頭を下げると、辺境伯は翡翠の目を大きく見開いた。慌てて首を振る。


「違う。その、今日は俺も楽しかったんだ。申し訳ないとかあなたが思う必要はない。そうじゃなくて」


 辺境伯はしばしのためらいの後に言う。


「ヨッヘムが気に入ったのか?」

「――え?」

「試合のとき、食い入るように見つめていたから」


 辺境伯には、恐る恐るアデリナの様子をうかがっているような慎重さがあった。


「え。あ」


 同じ『雷』の異能を持つ者として、興味深く見ていたのだけれど、横にいた辺境伯はそれをおかしな方向に誤解したらしい。

『器』であるアドリーヌとしてここにいる以上、本当のことを話すわけにはいかない。

 でも、辺境伯に変な誤解をされたままでいるのも嫌だった。


「老婆心ながら彼はやめておいた方がいい。ヨッヘムには既に妻と子どもが……」

「全然違いますよ。その、『雷』ってよくある異能にもかかわらず、使いこなしているのがすごいなって思ったんです。それだけです」

「……本当に?」

「はい」


 アデリナがまっすぐ辺境伯の顔を見てうなずくと、彼は息を吐き出した。小さな声で呟く。


「よかった……」


 辺境伯は姿勢を正すと、少し照れたように言う。


「いろいろ変な勘ぐりをしてしまってすまない。あまり余裕がなかったみたいだ。俺も今日はあなたと過ごせてとても楽しかった。ディオに感謝しないとだな」


 模擬試合の感想について語り合う。辺境伯が気になったのは『盾』という物理攻撃にめっぽう強い防御系の異能を持つ騎士だったらしい。自分に重ねるところがあった、という。


「昔は攻撃系の異能がうらやましかったこともある。それで剣術を頑張ったこともあるが、異能持ちには勝てないと思っていたんだ。でも、それが覆された」


 確かに果敢に立ち向かっていく『盾』の騎士も印象に残っている。

 アデリナはにっこりと辺境伯に笑いかけた。


「辺境伯様の異能もすごくかっこよかったです。素敵でした。この地に辺境伯様が結界を張っているのは知っていたんですけど、この目で見るまではあまりぴんときていなかったので。こうしてヨーステン地方は守られているんですね。領地全体に結界を張るなんて、スケールが大きすぎて、この目で見た今も信じられません」


 馬車の外。オレンジ色に染まった空を見上げても、そこに結界が張ってあることは全くわからない。だが、仮に属性魔法をぶつけたら、見事にはじき返されるはずだ。

 それが『結界』の力。


「ありがとう。そこまで褒められると、照れくさいな」


 辺境伯は苦笑した。彼の顔が赤かったのは、たぶん夕日のせいだけじゃない。

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