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13. 砦の見学

 どうやら照れているらしい。黒髪の間から見える耳の先っぽが少し赤い。


「結界は定期的に張っているんですか?」

「ああ。結界の効果が薄れないように慎重にチェックしている。本格的に攻められたらこの結界だけでどうにかなるものではないが、最初の攻撃を削ぐ効果はある。それに何より定期的に結界を張っている事実が牽制になる。特に今はアビオンが少しきな臭いという話もあるからな」

「アビオンですか」

「今すぐ戦争になるとかそういう話ではないから安心してほしい。ただアビオンの中央がゴタゴタしているんだ。具体的に言うと、王位継承権が絡んでいる」


 アビオン王国の王太子は、生まれた順番は関係なく、純粋に誰が一番王にふさわしいかで決められる。アビオン王国には今母親が違う三人の王子がおり、次期王位を巡って争っているのだという。


「次期王の決め手にヨーステン地方が狙っている王子がいるんだ」


 王子は皆一長一短。母親の実家の格も、大きな差はない。三つ巴のような状況らしい。

 王に選ばれるためには、何か傑出した成果が必要。そこで、第一王子が目を付けたのが、昔から何度か狙っては撃退されていたヨーステン辺境伯領だ。


「第一王子は武に優れているという話だ。複数の属性魔法を操れる異能持ちで、剣の腕もちょっとした剣術関連の異能持ちより素晴らしいらしい。まあ、ヨーステン地方に結界が張られていることも、国境に軍が詰めていることも向こうは知っている。失敗したときのリスクが高いから、どこまで本気の話かは怪しいんだが。ただ、それらと関係しているのか、辺境伯領内でアビオン人の良くない噂を聞く。まだ具体的に領民に被害が出ているわけではないのだが」

「もしかして、私、大変なときに来てしまったと言うことですか?」


 そんな緊迫している状況に、暢気に婚約者候補としてきて良かったのだろうか。国王陛下ももう少し考えるべきでは?

 正直な思いを口にすると、辺境伯が首を振った。


「いや、そこまで気にしなくていい。むしろ、こういうときだから選ばれた可能性もある。アビオンとの確執は昔からだからな。この土地に嫁ぐ女性にも、ある程度覚悟を持ってもらいたいと陛下は思われたのかもしれない」


 なるほど、とアデリナは思った。平和なときに嫁いできて、有事の際に「こんな話聞いていない」となっては困る、ということか。


「いつ狙われるかわからない土地ですしね」

「その通りだ。定期的にこういう話は出てくる。そもそも、第一王子が狙っているという話だって、ここ一、二年ずっとくすぶっているくらいだ。油断しすぎてもいけないが、怯えすぎてもいけない。まあ、アビオンの王位争いが落ち着いたら、またしばらくは平和になるはずだから、さっさと次の王を決めてほしい気分だよ。結界を張るのはかまわないんだが、いかんせん遠い。頻度を落としたい」


 最後の方には非常に実感がこもっていた。

 確かにあれほど大がかりな異能を展開するのは、大変だろう。


「じゃあ、結界は張り終わったから、砦の見学を始めるか」

「はい。よろしくお願いします!」


 辺境伯のエスコートで砦を回る。あまり社交界に出ていないはずなのに、辺境伯の女性のエスコートは様になっている。とてもさりげなくアデリナの様子に気を配ってくれていることがわかるのだ。


(もしかして、エスコートする相手とかがいたのかな)


『器』の令嬢と結婚したくないのは、他に恋人がいるという可能性もある。


(って、何考えているのよ、私)


 相手は特家の当主。本来のアデリナであればこうして横に並ぶのも許されない人だ。

 それに二人は婚約解消同盟を結ぶ仲。あまり踏み込みすぎてはいけない。

 アデリナは、この任務を終えたあとは一年遅れで女学校を卒業し、後腐れなく平民になるのだ。そうしたら彼と接点もなくなる。

 さみしい気はするけれど、もともと立場が違うのだ。仕方がない。


 行きは通らなかった通路を通る。食堂や洗濯室、休憩室。案内してもらった場所は、どちらかというと騎士たちの生活が垣間見えるような場所ばかりだった。二十四時間体制で砦では国境の様子を見守っているという。

 詰所の建物を一通り巡ると、次は屋外訓練場だ。ここは手続きさえすれば簡単に見学可能。一年に一度行われる大規模な模擬試合が有名で、そのときは多くの人が訪れるらしい。

 今日は他に見学者らしき人はいない。街からやや距離があるせいで、見学者はもともと少ないのだという。


 剣戟の練習中らしく、金属同士がぶつかる高い音が響いている。


「辺境伯様」


 声をかけてきたのはヨッヘムだった。

 その声に反応するように、訓練場にいた騎士たちの視線が辺境伯、そしてアデリナに集中する。

 初めて見る顔であるアデリナが珍しいのだろう。騎士たちから送られる好奇心に満ちた目線は、好意的なものがほとんどなのだろうが、落ち着かない。


「あまり不躾に見るな。見世物じゃないんだから」


 すっと辺境伯がアデリナを視線から隠すように前に立った。

 アデリナは辺境伯の大きな背中を見ながら息を呑む。


「えー。いいじゃないですか」

「けちー」

「減るものじゃないですよ」


 ぶーぶー文句が飛んでくる。

 中には「独占欲強い男はきらわれますよー」なんてものもあった。


「訓練中なんだろう? シラー卿。なんとかしてくれ」


 不機嫌そうな少し固い声で辺境伯がヨッヘムに言うと、彼は苦笑する。


「辺境伯様の婚約者を見たい気持ちはわかるが、さっさと訓練に戻れ」


 さすがに上司の言うことには逆らえないらしく、皆大人しく元いた場に戻っていった。

 辺境伯は小さく息をつくとアデリナの方を見た。


「いろいろすまないな。悪い人間ではないのだが、いかんせん、あまりあなたのような可愛らしい女性と接する機会がないから」


 さらりと可愛らしいと言われたアデリナの心臓は、どきりと跳ねた。




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