12. 美しい異能
「行ってらっしゃいませ。アディ様」
「楽しんできてね」
屋敷の玄関で並んでにこにこと見送ってくれるのは、ディオとキーカだ。
いよいよ「デート」の日。
キーカが気合いを入れて選んでくれた明るいグリーンのデイドレスをきたアデリナは、彼らに向かって会釈をした。
アデリナの隣には、洒落たグレーのコートにズボンという姿の辺境伯がいて、アデリナに腕を貸している。いつもより少しよそ行きの格好なのは、アデリナと同じ。
とりあえず、仲のよさげなところを見せておけば、二人は満足してくれるだろう。
「手を」
屋敷の前につけた辺境伯家の紋章入りの箱型馬車。
先に乗り込んだ辺境伯が、アデリナをエスコートしてくれる。
馬車が動き出したところで、アデリナは小さく息をついた。顔を上げると辺境伯と視線があって、思わずお互い苦笑いを浮かべてしまう。
「予想通りだったな。ディオの口がうまいからなんだかんだ乗せられてしまう、と。その通りの展開になった」
向かいの席に座った辺境伯が面白そうに言う。
「私もちょっと思いました。私の言ったとおりだなって。でもまあ、きっとこういう機会がなかったら遠出はしませんでしたし、たまにはいいかなと思います」
「そうだな。せっかくヨーステン地方で過ごすのだから、あなたにもいろいろなところを見てほしい。――だが、予定は大丈夫だったのか? さすがに急すぎただろう」
そう。猶予があったら二人は行かなくなるとでも思ったのか、ディオが設定したデートの日は二日後だったのだ。
「私は大丈夫ですよ。屋敷にいてもやることは決まってるので融通は利きます」
屋敷にいても図書室で本を読むか、キーカからカーロ刺繍を教わるかの二択だ。
「それに、初めての場所に出かけるのはけっこう好きなので嬉しいです。辺境伯様こそ、お仕事がお忙しいんじゃないですか?」
「俺は忙しいつもりだったんだが、ディオがしっかり調整をしていたんだ」
「それは……さすがですね」
「――ああ。しっかり砦の見学許可も取っていた。まあ、もともと用事もあったんだが」
今日は、辺境伯領の守りを固める国境近くの砦を見学することになっている。
ディオが選んだのだけれど、もしかしたら、彼は初日にアデリナが屋敷の説明を興味深く聞いていたことを覚えていたのかもしれない。
『ヨーステン地方で暮らすなら、一度は見ておいた方がいいから』
そんなことをディオは言っていた。
「辺境伯様が定期的に結界をはっている場所なんですよね。守りの要だって聞きました」
ああ、と辺境伯がうなずく。が、その表情は少しだけ申し訳なさげにも映った。
「あなたにはつまらないところかもしれない」
「いえ。もともと気になっていた場所なので、見学出来て嬉しいです」
アデリナが本心から言うと、辺境伯は少し驚いた顔をした。
「意外だな。あまり面白いところではないと思うが」
「国境に詰めてる軍とか、戦記物によく出てくるじゃないですか。そういう物語の中に出てくる建物とどういった違いがあるのかなって考えると、とても面白いです」
「そういう観点か。――あなたは本当に本が好きなんだな」
辺境伯が微笑みを浮かべた。
「だが、少しでも興味深く思ってくれると、俺も嬉しい」
馬車の中では、他愛もない話をする。
砦までは、カーロの街を出て二時間かかると聞いていたのだけれど、思いの外話が弾んだおかげか、あっという間に砦に到着してしまった。
砦があるのは、アビオン王国との国境近く。
ヨーステン辺境伯領が国境を接している二国のうち、ラシーヌ王国とはもう二百年以上友好な関係を続けている。しかし、アビオン王国には時折ちょっかいをかけられてきた歴史があるからだろう。
昔は単純にヨーステン辺境伯領の肥沃な土地を狙っていたらしいが、最近では、ヨーステン辺境伯領で交差する大きな街道の利権がほしいのだ、という話を聞く。
アデリナは辺境伯の手を借りて馬車を降りる。身内以外の男性にエスコートされるのは初めてなので、緊張してしまう。
辺境伯が差し出した腕を、アデリナはそっと掴む。キーカもディオもいないのだから、気を遣わなくてもかまわないと思うのだけれど、きっと彼の性格なのだろう。
「……これが砦ですか」
アデリナは思わず感嘆の声を上げてしまった。
ヨーステン辺境伯邸の規模を大きくしたような建物だった。石造りの無骨な建物は、とても迫力がある。
「正式に言うと、ファーデン王国軍第三部隊の詰所にあたる建物だ」
騎士たちが常に詰めて有事に対する訓練をしているのだ、と続ける。万一アビオン王国が攻めてきた際は、ここに詰めている部隊が第一陣となる。
少し離れたところに、剣戟の訓練をしている騎士たちの姿があった。
「まず、待機室に挨拶に行こうか。誰かしらいるだろう」
辺境伯はこの場所に何度も足を運んでいるからだろう。迷わず歩いて行く。きちんとアデリナの歩くペースを考えてくれるのがとてもありがたい。
辺境伯が建物入ってすぐの部屋の扉を開ける。
「辺境伯様」
出迎えてくれたのは、金色の髪を短く切りそろえた若い男性だった。騎士らしくしっかりとした体つきをしている。
「例の件の中間報告書がちょうどできたところです」
「ああ。あとで受け取る」
「それで――辺境伯様。隣の方が例の婚約者様ですね」
男性は真面目な顔から一転、アデリナを見てにかっと笑う。人なつこい笑顔だ。
「べらべら話したのはディオか」
辺境伯が固い声で呟く。
男性は第三部隊の小隊長を務めているヨッヘム・シラーと名乗った。辺境伯とは顔見知りらしい。ヨッヘムの方が少し年上のようだ。
アデリナは久しぶりに「アドリーヌ・ブラムバーグ」と自ら名乗る。今回も噛まずに言えた。
「おきれいな方ですね」
ヨッヘムは辺境伯に笑顔を向ける。そういう反応に困るようなことを辺境伯に振るのはやめてほしい。
「ああ。俺もそう思う」
てっきり苦笑してごまかすのかと思ったのに辺境伯があっさり肯定したものだから、アデリナは驚いた。かあっと頬が赤くなる。お世辞だと思うけれど。
同じように驚いていたヨッヘムだが、うつむくアデリナを見て微笑ましそうに言う。
「可愛らしい方でもありますね。ブラムバーグ公爵令嬢。ヨーステン地方へようこそ。王都ほど華やかな場所ではありませんが、自然は多いし、交易も盛んなのでまた違った良さがありますよ」
顔の火照りをなんとかおさめたアデリナは、顔を上げて微笑んだ。
「はい。わかります。まだ少ししかカーロの街を回っていませんが、交易品は王都よりも面白いものが並んでますね」
「そうでしょう。私も王都の出なんですが、面白いものが並んでいて――」
「シラー卿。話はそれくらいでかまわないか」
辺境伯の口調はいつもより平坦で、どこか怒っているようにも聞こえた。
何か、気に食わないことでもあったのだろうか。それともアデリナが変なことを言ってしまった?
ハラハラするアデリナを尻目に、ヨッヘムはにこにこと笑っている。
「失礼しました。辺境伯様。――案内はどうしますか?」
「俺が案内する。卿の手を煩わせるのも悪いからな」
「はい。もちろん」
辺境伯の怒気に似た空気もかまわず、ヨッヘムは笑顔を浮かべたままだ。隣に立つアデリナがひやっとしているのに、肝が据わっているらしい。
「辺境伯様なら、出入りの可不可も把握されていらっしゃるでしょうし、問題ないですよ。ついでに、結界をはってきていただけると助かります。ええ。私はお二人の邪魔は決してしないので安心してください。そこはわきまえております」
「……」
辺境伯はごほんと咳払いをすると、アデリナの方を見る。どこか決まりの悪い表情だったが、怒ってはいないようだ。
「ブラムバーグ公爵令嬢。行こうか」
ほんのりと辺境伯の顔が赤く染まっていたように見えたのは錯覚ではないはずだ。
辺境伯とともに廊下を歩く。定期的に通っているので、辺境伯の頭の中には、建物の見取り図がしっかり頭に入っているらしい。
今の時間は訓練を行っている者が多いからだろう。あまり通りかかる人はいない。
砦は、外観も無骨だが内装も無骨だった。最低限の処置しかされていないように見える。
「この建物は屋敷の要塞部分と作りが似ているんだ」
詰所ということで、書類仕事を行うための部屋、待機場所、会議室などがある。
アデリナは最近読んだ戦記の内容を思い出しながら、興味深く観察する。意外と平凡だ。もっと軍らしい何かがあると思っていたのに。
「偵察するための部屋とかないんですか?」
「あったとしても、部外者は見学不可だろう」
「そう言われればそうですね」
いわゆる機密に当たる部分だ。アデリナが納得すると、辺境伯がくすりと笑う。
「砦の見学といっても、建物自体は特筆すべき目玉はない。当たり障りのないところ以外は機密だからな。実質は第三部隊の見学になる。さっき、剣戟の訓練をしていただろう? そういうのを見て楽しんでもらう」
「なるほど。今から行くところは私を連れて行っても大丈夫なんですか? その、異能を使うんですよね」
「ああ。別に隠すものは何もないから」
階段を上り始める。
辺境伯はがっしりとした扉の前で立ち止まった。どうやら目的地に着いたらしい。
「いつも、ここから結界を張っているんだ」
扉を開いて一歩前に出ると、ふわりとした風が頬を撫でた。
――建物の屋上だった。
爽やかな青空が広がっている。目の前に広がるのはひたすらに森の緑だ。国境は森林地帯になっている。横を見ると、尖塔のようになっている部分があった。その最上階は展望台になっているそうだが、偵察をする場所なので関係者以外は入れない。
「今日は風が穏やかだな。――少し待っていてほしい」
そう言うと、辺境伯はアデリナから少し離れたところに背筋を伸ばして立った。辺境伯の黒い髪が風になびく。姿勢がとてもきれいだなと思った。
辺境伯はすっと右手を前に突き出した。
その瞬間、辺境伯の右手から美しい光が飛び出していく。
青空の下、光は薄く大きく広がっていく。肉眼でもはっきりとわかった。
あっという間に辺りを包み込むような壁が作られていく。
そして、広がった光の粒子が空気にとけていくように消える。
(……きれい……)
アデリナはその光景にほうっと見惚れてしまった。
さすが、特家に指定されるほどの異能。とても壮麗だ。
辺境伯自身が、整った美貌の持ち主なこともあって、まるで一つの芸術作品を見ているような神々しさすら感じる。
「ブラムバーグ公爵令嬢?」
美しさに気を取られていたアデリナは、辺境伯に声をかけられて我に返った。
「す、すみません。あまりにもきれいな光景だったから思わず見惚れてしまいました」
大真面目な顔で言うと、辺境伯は右手で顔を押さえてそっぽを向いた。
「――気に入っていただけたなら光栄だ」




