2-42 心苦しい話
「うぐ……」
「シャルール団長!」
よく見ると、ルス団長のペリースマントは溶けたように剥がれ、白い団服から赤くただれた皮膚が見えていた。
黒い塊が襲って来たわけじゃない。泥みたいなものが飛んで来たんだ!
――ああ、わたしのせい……。
「申し訳ございません……私のせいで」
「う……貴方が、無事で……良かった……」
膝をつくルス団長の体を支えるわたしは、次の攻撃を防護壁で防いだ。わたしは光魔法を使えるけど、回復魔法は使えない……。早く、回復魔法使いを呼ばないと!
ルス団長を庇うように立ち上がるわたしは、もう一度背中を見て再び目を疑った。なぜなら、ルス団長の赤くただれた皮膚が内側から渦巻くように黒く染まっていたから――。
「……シャルール団長、背中の傷が黒く染まっています」
「ハァ……背中が、燃えるように熱いのは、そのせいか……グ……」
待って……。黒く染まっている部分がシミみたいに広がってる。
苦しそうな表情で何かに気づいた様子のルス団長の言葉でわたしも思い出した。
「……ハァ……竜の毒と同じ、かもしれない……」
「あ……」
あのときも、傷口から毒が全身に回って黒く染まっていた。これがあのときと同じなら、回復魔法も効果がない……。
あのときは、とっさの嘘で毒を吸収する魔法具って言って、わたしの固有魔法『浄化』を使ったんだった……。
苦しいはずなのに立ち上がろうと膝をつくルス団長は、あり得ない言葉を続ける。
「……此処に、貴方が救ってくれた、魔法具はない……。俺が、時間を稼ぐ間に……逃げろ」
「な……何を言っているんですか?」
「……対策を練って、奴を……討伐してくれ」
透明な紫水晶の瞳がわたしだけを映した。
ああ……わたしは馬鹿だ。ルス団長が、命を張ってくれているのに、嘘がバレることを恐れているなんて――。
よろけながら剣を突いて立ち上がるルス団長に、わたしは杖を掲げる。
「……何、を……」
「あのとき貴方を救ったのは私であって、わたしじゃありません。そして、魔法具でもない……。私の固有魔法、シャルール団長を『浄化』する」
白い光が優しくルス団長を包み込んだ。そして、次の瞬間。黒く染まっていた皮膚は正常に戻り、赤くただれた痛々しさだけが残った。
「……どう言うことだ? いや、今はそれどころじゃない」
「はい。詳しい話は後ほど……。私は今とても怒っています」
「え……」
「シャルール団長はそこで見ていてください。一瞬で終わらせます――」
ルス団長の玉の肌を傷つけた人工魔石、並びにオブセス最高責任者は、万死に値する。それでもって、油断しすぎたわたしにも!
わたしは空中に飛び上がり、巨大な黒い塊を上空から見下ろした。
本当に黒い塊にしか見えないそれは竜巻のように黒く穢れた泥を飛ばしてくる。灰ノ森の木や、黒竜と同じ穢れだ。
心臓のように一定の動きを見せる姿はおぞましく、わたしは無心になって杖を向ける。
「穢れの塊ならやることは、ただ1つ! ――浄化しなさい!」
眩い光が黒い塊を包み込んだ直後、けたたましい唸り声が鼓膜を震わせた。だけど、それも一瞬のことで、黒い塊は白く染まって弾け飛んだ。
地上へ降り立ったわたしのもとにルス団長が一歩を踏みしめながら近寄ってくる。
「ファクティス団長……貴方の固有魔法は、聖女様しか持っていない『浄化』なのか?」
「いえ……多分、違います。確か、聖女様には5属性とは別の『聖』と言う魔法を使えると聞き及んでおります。ですので、私の固有魔法はそのまま『浄化』になります」
「……まさか、聖女様以外でも浄化が存在するなんて」
困惑してる……。
分かるよー。わたしも、固有魔法を獲得した瞬間に目を疑ったから。
だけど、普段使い出来ないところは固有魔法だなって納得した。固有魔法って大げさなことを言う割に、昔から5属性以下って言われてるし。
なんなら無属性魔法のが使えるまである。
「固有魔法は世界に1つだけと言われている。貴方は今後、聖女様の代わりに穢れを祓う仕事を任される可能性が高い」
「はい。色々と問題が大きくなりそうなので、口を閉ざしていました。お気づきの通り、私は貴方ほど国へ忠誠を誓っておりません」
「……魔法好きか。どこかの誰かと同じだな」
あっ……笑った。それって、確実にアンリのわたしだよね。ルス団長、思った以上の鈍感だから分からないかな?
ルス団長も怪我を治してもらって後処理に追われる中、門の外で精霊様の姿を見つけたわたしたちは駆け寄った。
「精霊様……」
「貴方達の覚悟は拝見しました。人間に価値があるか、今後も見定めさせて貰います」
「それは、俺達のことを認めてくれたのですか」
「最後に1つだけ。貴方達の疑問に答えましょう」
ルス団長の言葉へ返事をしない代わりに、甘い誘惑が聞こえてくる。わたしたちは顔を見合わせた。
聞きたいことは沢山ある。だけど、今なら選択肢は少ない。
「……属性の違い、または固有魔法の弱い理由」
「俺は属性の違いで良いと思う。固有魔法はそもそも数が少ないからな。それを増やせない理由が、精霊様にあるとは思えない」
さすが、ルス団長!
精霊様が何かをしていたとしても、固有魔法は魔力量じゃなくてお遊び程度のものかもしれない。
過去の記憶によると、『神の悪戯』っていう言葉もあるみたい。
わたしたちは声を揃えるように告げた。
「属性の真実について教えてください」
ルス団長、なんて男らしく逞しいのか。ここまでは無理ですが、少しくらい見習いたいものです。
そして、ルス団長の頭の良さを少しでも分けて欲しいと切に思います。




