2-37 お腹が空いた話
精霊様を人間の理に当てはめられるのかで緊急会議が開かれて、終わったのは翌日だった。
わたしはアンクから元の姿に戻って湯浴みをしている。
「ふぅ……疲れたー。アンクが魔導士団長になって約2年? その間は平和だったのに……わたしが入団してから騒動に巻き込まれてるような」
まさか、わたしって死神……?
おとぎ話で、『死神』って本があるんだけど、不幸の象徴なんだよね。お話としては寿命を迎えた魂を導くだけなんだけど。
「だけど、オブセス最高責任者が見つかったのは良いことだよね……? 結果はどうあれ」
創造主の一柱を罪に問えるのかが最大の課題だけど……。
「人間の理じゃなくて、自然界で言うのなら……食べるために殺すは認められるよね? 精霊様の理で言うとしたら……世界の脅威を排除した?」
人工魔石が実用化されたら大変なことになるし。
ルス団長が国王陛下だけに書類を見せたんだけど、その場で廃棄処分したみたい。わたしとルス団長には他言無用ってことで。
だからあとは、オブセス最高責任者が実験のために隠して散らばった人工魔石を回収するだけ。
「きっと鉱山みたいに魔力濃度が高いところとか……。あっ! もしかして奔流湖も?」
だけど、あそこは水流のせいで調べられないし……。
「明日またルス団長と話そう……」
わたしは盛大なため息を吐いて浴槽から出た。
翌日、アンクの姿になったわたしは城内で見つからないルス団長を探し回っていた。
この時間ならまだお城にいるはずなんだけど……。
「え? 急な非番ですか……」
騎士団員を捕まえたら理由が判明する。急な非番って、なんだろう。
アンクはお城を離れられないから、双子魔法!
「よしっ。一介の魔導士団員のわたしなら非番をもぎ取れる! はず」
本来の姿に戻ったわたしは、分身であるアンクから非番をもぎ取り颯爽とお城を飛び出した。
――これは合法である。
お城を飛び出したわたしは当てもなく、王都を歩き回っていた。
「うーん……ルス団長が行きそうな場所。まさか、1人で教会に調査とか……?」
教会へ行く前に、あのときの可愛いお店の窓からチラ見したけど、ルス団長の姿はなかった。
ルス団長って甘党だったりする? 過去の記憶によると、甘い物が好きな男性を『スイーツ男子』って呼ぶみたい。
なんか可愛いかも……。
「あっ……」
妄想を膨らませている間にたどり着いていた教会から黒髪の短髪が見えた。
教会は夜に閉まるとき以外は大きな両扉を開けている。堅物剣聖は伊達じゃなかった。
「……どうしよう」
考えなしに追いかけたことを思い出す。人の息交う声が聞こえる教会の前で、行ったり来たりしている不審者にしか見えないわたし……。
そんなとき、急な突風で髪飾りが外れて長い鴇色の髪が勢いよく舞い上がる。
「わっ……」
自然に声が出て、顔を上げた瞬間。紫水晶の瞳と視線が重なった。
「あっ……」
乱れた髪がわたしの顔を隠す。
そして、わたしたち2人の間だけ、時間が止まったように静まりかえった。
なんか、ドキドキが止まらない……。
「あっ、あの……」
何か言わなきゃって思った言葉は、気づいたら目の前にいたルス団長の長い指先でさらわれた。
「――お前の髪は、そんなに長かったんだな」
小声で「触るぞ」と言われて固まったわたしは顔にかかった髪を横へ流される。
ゆるっとお団子みたいに横で1つ結びしているけど、実は腰くらいまで長いんだ。身長が低いから、思ったよりも長くはないんだけど……。
「す、すみません……!」
「なぜ謝る」
拍子抜けしたような表情をするルス団長は、地面に転がった髪飾りも拾ってくれた。
あっ……。今日は非番って言ってたのに、あの手袋をしてる。その手袋でわたしの髪飾りの砂を払ってくれるルス団長……所作すらイケメンすぎて怖い。
手渡してくれた髪飾りを受け取って思わず下を向く。
「いえ……偶然ですね!」
「……そうだな。お前も非番か?」
「は、はい! 天気も良いので、王都を散歩してました!」
苦しい言い訳、何弾目⁉
だけど、ルス団長なら――。
「そうか。俺は教会に用があったんだ」
よしっ! さすが、ルス団長!
関り始めてから、ちょっと抜けてるって知ったからね! もちろん、良い意味で!
「そうだったんですね」
「しかし、収穫はなかったな」
「それは残念ですね」
まぁ、精霊様だしね? 人間に合わせて教会へ来てくれるのも何か意味がありそうだけど、すぐ判明はしないだろう。
ひょっこりと顔だけ教会の中を見てみた。教会内部は思ったとおり、中央奥に教壇があって周りにはずらりと長椅子が並んでいる。
外や中も真っ白で、わたしには少しだけ眩しく感じた。もちろん、わたしが死神だからじゃない。
単純に、魔導士団の服装が黒いから。ルス団長たち、騎士団服は真っ白でとても似合う! 団長のアンクは白いけどね?
そうだ。非番なのに、ルス団長の服装は白い団服を着ている。
「お前は散歩だったか?」
「あっ! はい……ル……シャルール団長に会えて嬉しいです!」
危ない、危ない……。
心の中でルス団長って言ってるものだから、度々間違える。
「それじゃあ、俺は城へ戻る」
「えっ……? 非番じゃないんですか⁉」
「ああ、教会へ行くためだけだったからな。それじゃあ」
ぐぅぅぅ……。
あっ……。
思わずお腹を押さえるわたしが恐る恐る顔を上げた。そこには口元を押さえて笑いを堪えているようなルス団長の姿がある。
淑女として、終わった。
顔良し、性格良し、頭良し、ちょっと抜けてて素直、良し。はい、完璧イケメンですね?
え? ちょっと抜けてるから完璧なんですよ。人間味があって。勿論、異論は認めます。




