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前日譚1 アレクサンドリアとハリスの出会い

ハリスとアレクサンドリアの物語は紡がれました。

彼らを取り巻く裏舞台は公開されました。

残すは彼女と彼の出会いの物語。

本作最後の幕が上がります。

どうか最後までお付き合いくださいませ。

※前日譚はアレクサンドリア視点となります。


7歳の誕生日を迎えた少し後、私は彼、第一王子の仮の(・・)婚約者として彼と初めて会った。

彼の容姿は優れていたが周囲の目を惹き付けるほどでは無く、彼は文武に優れていたが一流と呼べるものは持ち合わせていなかった。

したがって、私の彼に対する最初の評価は「平凡」、この一言に尽きた。


この国では、婚約や結婚の扱いは他国より重要視されている。婚約や結婚は神とへの誓いの元で行われる。それは神との契約、それ故に違えること能わず、として。

したがって一度婚約を結ぶと、余程の理由が無い限りその関係は解消されることは無い。それ故、二度同じ相手と誓いを交わすことは許されない。そこで出来たのが仮婚約という制度だった。

この国の貴族の多くが7歳を過ぎると仮婚約を結び、問題なければ双方が15歳の祝福の儀式を終えた後に正式な婚約を結ぶ。なにか問題があれば関係を解消し、新たな相手と仮婚約を結びなおす。

多くの貴族は、特に上位貴族ほど、この都合の良い仮婚約の期間に社交の実地練習を行う。


彼と行う初めてのお茶会、私たちは互いに7歳と言えども、彼は王子として、私は公爵令嬢として、既に教育は始まっている。7歳ともなれば、王侯貴族としての心構えはたたき込まれている。

私と彼は仮婚約、彼は王子で私は公爵令嬢で、まだ他人。

だから私は打算に基づく笑みを作り、打算まみれの言葉を話す。

なのに彼は感情溢れる笑顔を浮かべ、感情豊かな言葉を紡ぐ。

既に私たちは夢と現実の区別を教え込まれている。

だから私は現実を話し、なのに彼は夢を語った。

だから私は時間通りにお茶会を終えようとし、なのに彼は何時までも続けようとした。


最初のお茶会を終えた後、私の彼に対する評価は「なんてつまらない人」となっていた。







それからも彼とのお茶会は月に1回程度の頻度で行われた。

私は相変わらず打算に塗れた言動で、彼は相変わらず感情豊かな言動だった。

ここに居るのは私と彼と、私たちのお世話をする王宮の侍従達。

王宮という名の伏魔殿で生き延び続けている、侍従達。

彼は、仮とは言え将来の婚約者候補、だから私は彼に何度も現実を話した。

「そのような言動をしていては、すぐに足下をすくわれますよ」と。

なのに彼は夢を語った。

「このような言動はここだけだから大丈夫だよ」と。

ここに居るのは王子と公爵令嬢と王宮の侍従達、伏魔殿に生きる者たち。

彼は相変わらず隙だらけだった。


そんな彼との陰鬱なお茶会も10回を越え、互いに8歳を迎えた時のお茶会の時だった。

彼は相変わらずの笑顔で、何気なくこんな一言を私に言ったのだった。

「ねぇ、僕はもっと笑っている君の笑顔をみたいな」

私は馬鹿にされたと思いました。

「・・・私はきちんと笑っているわ。どうしてそんなことをおっしゃるの?」

皮肉を込めて言い返すと、彼は少し困った様な顔をして続けました。

「君の笑顔は完璧だよ。でも、僕が見たいのは、君が笑ったときの笑顔なんだ。例えば、僕ならこの机に飾ってある花を見ると幸せな気分になって、自然と嬉しい笑顔がこぼれてくるんだ。君も、そういう物は無いの?」

彼の視線の先、そこに飾られていたのは、この王都ではありふれた花だった。

もちろん、ありふれた風景の一つでしか無いその花に、私の心が動くはずもありません。

しかし、自然と出てくる笑顔、ですか。彼相手ではとても無理ですが、そうですね・・・、好きな料理が出た時のことでも考えてみましょう。

「・・・どうかしら?」

「少しぎこちないかな・・・、よし、君が笑顔を出せるよう僕も協力するよ!」

「い、いえ、私一人で大丈夫ですから・・・」

協力しようとする彼と、それをやんわり断ろうとする私。

結局は王子相手、このお茶会が終わるまで私は彼の前で笑顔の練習をする羽目になった。


彼への印象は最悪になった。







お茶会から戻った私は直ぐにシトラを呼んだ。彼女は1年前から私の侍女として、そして影武者候補として私に仕えていたから。


彼女との出会いは完全に偶然だった。不治の病で余命幾ばくも無かった遠縁の彼女、偶々父と共にその家を訪れていた私は何気なく彼女の様子を見に行った。・・・同情では無く、多分好奇心からだった。そして彼女の枯れ木のように細くなった右手を、好奇心からその感触を確かめるため、その為だけに、同情したふりをして私は握った。

ふりとはいえ同情を口にした手前、形式的に聖女の癒やしを口にすることになった。

「聖なる加護を授けたまいし女神よ、今このとき、彼女に癒やしの祝福を」

代々の聖女が口にしてきた癒やしの祈り、多くの人が最後を看取る時に口にした希望の言葉。

祝福の儀式を受けていない私が言っても何の効果も無い、ただの言葉、そのはずだった。

しかし私が言葉を呟いた直後、彼女の体は光に包まれた。

彼女の細く荒かった呼吸は深く落ち着き、肌にあった黒い染みは消え去っていた。

それは紛れもなく、聖女の祈りであった。


祝福の儀式を受けなければ加護は授からない。より正確に言えば、加護の力をほとんど引き出せない。そして15歳に行うのは、加護の力に耐えられるだけの体を準備しておくため。強すぎる加護は、時にあっけなく人の体を滅ぼしてきたからだ。

しかし、ごく稀に居る強い加護持ち達は、祝福の儀式前からその加護の片鱗を見せ始める。10の力のうち1引き出しても何も起きないが、100ある者がその10分の1を引き出すと10となり、普通の加護持ちと変わらない力となる。もちろん、体への負担は相応にある。

安らかに眠る彼女の傍、私は血を吐いて倒れ、そのまま1週間も寝込み続けていたらしい。

しかし彼女の変化を見た直後に私は意識を失ったので、私は余り覚えていない。


だから彼女は私に仕える。だから私は彼女を信用する。彼女は私にとって、代えがたい相談相手となった。


私はシトラに今日のお茶会のこと、心からの笑顔のことを相談した。シトラは少し考えた後、こんな事を言い出した。

「お嬢様が今居る環境は、常に裏表のある表情で囲まれています。そこで裏表の無い表情を学ぶのは難しいかと。そこで裏表の無い表情に囲まれた環境に飛び込んでみるというのはいかがでしょうか?」

当時の私は雷に打たれたような衝撃を受けた。でも、後で考えてみれば、シトラの提案は暴論以外の何物でも無かった。

そして私は彼女の提案を元に計画を立て、シトラに代役を頼む期間に孤児院へ修道女見習いとして潜り込むことになった。


私は良くも悪くも公爵令嬢、家事? 子供のお世話? 出来るわけが無い。荷物運びさえまともに出来ず、周囲に迷惑をかけるだけの日が続いた。なのに周りは笑顔で許してくれた。実際に手伝ってくれる人が少ない中、手伝おうというその気持ちがありがたいと言って、彼らは笑って許してくれた。そして一緒になって手伝ってくれた。

失敗したら非難され、責任を取らされる。些細な言葉尻さえ、とんでもない噂に仕立てあげられる。それは貴族では当たり前のこと。

でも、ここでは違った。貴族らしく打算的な私の言動、なのに彼らはその行為自体がありがたいと言ってくれた。

だから私は彼らの笑顔に答えるためにも、心からの笑顔を彼らにみせようと努力した。

最初は修道士達から苦笑され、子供達からは「ヘンテコな顔!」と笑われた。それでも続けた。

次第に苦笑は減り、「まだちょっとぎこちない?」とからかわれるようになった。それでも続けた。

お世話になってから一月経った頃、子供達からは「おねーちゃんの笑顔、素敵!」と言ってもらるようになっていた。それでも私は笑顔を続けていた。






今日は彼とのお茶会の日。前回はシトラの代役が入ったため中止となり、二月ぶりの開催となった。

彼は相変わらず感情豊かだった。私は相変わらず打算まみれだった。

でも、今日は彼に仕返しをするのです。

私の笑顔を見せて、彼を驚かせてやるのです。

そう思い、彼に対して心からの笑顔を見せてあげることにした。

・・・いえ、しようとしました。

怖い。

笑顔を見せようとして、最初に感じた思い。

怖い。

その感情は途切れること無く大きくなり続けて。

怖い。

いつの間にか私は意識を失っていた。

怖い。

貴族社会の中、伏魔殿に生きる者たちに囲まれた中、自分の心をさらけ出す。

怖い。

私は、本当の恐怖というものを知った。


彼は青ざめた私を介抱し、侍従達と共に慌てて私をベッドへと運んでくれたという。

その日のお茶会は、始まって直ぐに終わってしまった。

私のこれまでの望みが叶ったのか、直ぐに終わった。

そのことを知った私は、生まれて初めて後悔した。


私は、私たち貴族は、常に仮面をかぶって自分を周囲から守っている。

自分に対して何を思っているか分からない他人に対して、私たちは仮面を武器に戦っている。

あの人にはこう思われたい、だからこうしよう。

この人にはああ思われたい、だからああしよう。

他人にこう思われるように、こう利用してもらえるように、常に打算している。

だからこそ、どう思われるか分からない、どう利用されるか分からない、心からの笑顔を、私は他人の前で出せなかった。

いつも少しでも長く私と居ようとする彼が、お茶会どころか会話すること無く私を帰した。それほど私の状態は、酷いようだった。なのに彼は、とても苦しそうな、それでも笑顔を見せて私たちを見送った。

その笑顔は、紛れもなく、彼の心を表していた。私の体調の心配と、少しでも長く居たい気持ちと、それ以上に私への配慮が笑顔として現れていた。






それから数日後、ようやく落ち着いた私はシトラに相談した。何故彼は他人に囲まれた中で心からの笑顔を見せることが出来るのか、と。シトラの返事は簡単でした。覚悟があるから、それだけでした。

彼もあの孤児達も、「自分はここに生きている」という証として心からの笑顔を出していた。

生きることの大変さを身に沁みて分かっているからこそ、今生きているのは自分だ、という自負があった。

明日にも死ぬかもしれないからこそ、今を精一杯楽しむ、という覚悟があった。

だからあの孤児達はいつも笑っていた。

そう、彼もあの孤児達と同じような境遇だった。


あれから私は彼のことを調べ上げた。今まで見聞きしたことに加えて、父の人脈や王宮の侍従達の噂話まで、彼に関することは何でも調べ上げた。

そして知った。

彼を取り巻く環境が、どんどん悪くなっていることを。

親兄弟とは良好な関係、身近に居る者たちとも良好な関係、でも少し離れると全く違った。

2歳下の第二王子、彼は5歳の時から異常な文才を発揮し始めていた。

ちょうど私と彼が仮婚約を結んだ時期だった。

文武共に並より少し上な第一王子と、文において頭角を現す第二王子。

いつも穏やかな笑みを浮かべる第一王子と、いつも凜々しくたくましい第二王子。

周囲の声はどんどん第二王子に傾いていた。

「頼りない第一王子より、頼りになる第二王子の方が王太子にふさわしい」

そんな声が当たり前のようになりつつあった。

王族と言うだけで畏怖する者が多いのに、彼の回りには敵が多すぎた。


彼はいつも心からの笑顔を浮かべていた。

でもそれは、私の前だけだった。

偶然王宮で遠目に見かけたとき、彼は頼りない仮面をかぶっていた。

頼りない仮面を、必死でかぶっていた。

この仮面を手放すと死んでしまう、そう思えるほど必死でかぶっていた。

この時初めて、私は彼自身を見たのだった。


王宮で彼を見かけたときから、私は彼の笑顔が、言動が気になり始めた。

お茶会の時も、王宮内を一緒に歩くときも、彼の笑顔が気になった。

彼は私と共に居るとき、常に仮面を脱ぎ捨てていた。

あれほど必死にかぶっていた仮面を、私の前でだけ脱いでいた。

そんな彼に私は、打算にまみれた笑顔しか、かけられなかった。






年月が過ぎ、私と彼は10歳になった。

10歳、この頃になると子供達は親に同行して他の派閥のパーティーに出席し始める。

親同伴の、一人前になるための予行演習。

そして彼が10歳になる誕生会、王宮主催のそれは様々な派閥が入り交じるパーティーだった。

私は彼にエスコートされ、国王夫妻に少し遅れる形で入場した。

彼は相変わらずの笑顔だった。

私が一緒に居るときの、心からの笑顔だった。

そして私と触れ合っている彼の手は・・・震えていた。


彼が10歳になる頃、彼自身への評価は変わりつつあった。

二流止まりと言われていた剣術は、ともすれば一流に届くかもと言われ始めていた。

文才は第二王子に大きく劣るけれども、同世代より頭一つ抜け始めていた。

頼りなかった仮面は、いつの間にかしっかりした物になりつつあった。

それでも第二王子を押す声は増え続けていた。


国王陛下が皆の前で、彼の仮の婚約者として私を正式に発表した。

その瞬間、私の手を握る彼の手は、強く強く握られていた。

仮の婚約者。

だからこそ、私と第二王子(・・・・)との正式な婚約を望む声が増えていた。

だから彼は必死になって努力していた。

私との関係を少しでも長く続けるために。

自分こそ、王太子として、私の婚約者としてふさわしいと、周囲に認めて貰うために。

だから彼は、仮という言葉に強く反応した。

そして私は、彼の気持ちを初めて理解した。

彼は私と少しでも長く居続けるために、努力していた。

彼は私と少しでも長く居続けるために、私に対して裏表なく接していた。

彼は私と少しでも長く居続けるために、私に認めて貰おうとしていたのだ。

それに気づいたとき、私は知らないうちに心からの笑顔を彼に向けていた。

そして私は、いつの間にか彼に恋していたことを知った。

穏やかで頼りない、心からの彼の笑顔。

いつの間にか私はその笑顔に惹かれていたのだった。


お読み頂きありがとうございます。

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