Fatare~サファイアブルーの魔力
「瑞森――さん」
私は彼の姿を目にして唖然としてしまう。
(なんでアイツが?)
そんな私を横目に一度見、彼は椅子を鳴らし、立ち上がった。
「アンタ妄想族なんじゃねーの?」
「妄想――族?」
櫻井夫人は頭上に(?)マークを飛ばし怪訝そうに首を傾げる。その様子を見下ろすようにして瑞森レオはハッキリ言った。
「そう。くだらねぇ妄想ばっかして自己処理してる欲求不満のオバサン」
「欲求不満ッッ!?」
一瞬にして櫻井夫人の顔が赤くなる。
「レオ!」
アンジェラが急いで彼を窘める。しかしその美しい顔は少しばかり片頬が上がり、歪んでいるように見えた。
「だから年増の独り身ってヤツは困るよなぁ」
「年増……独り身……」
「レオッ!……プッ」
とうとうアンジェラまで吹きだした!金髪S王子炸裂!!
「レオさん!貴方なんて失礼なの!それに貴方……貴方何て口の利き方!お下品だわ!お下品よッ!貴方がそんな口の利き方するなんて……」
櫻井夫人の悲痛な叫びが木霊する。その言葉にキッと眉を吊り上げるS王子!
「はぁ?お下品だぁ?」
そして動揺している櫻井夫人をピシッと指差す。
「おいババァ!どっちが下品なんだよ!散々好き勝手な事言いやがったくせに、お上品ぶってるアンタの方がよっぽど下品なんじゃねーの!」
そして今度は隣にいる薫子さんを睨みつける。
「アンタもアンタだよな!俺はアンタに好意なんて少しも見せた覚えはねぇよ!橙子に言われて一緒に遊びにも行ったが、俺はアンタに笑顔の一つも見せてねぇ筈だぜ!どこでどう勘違いしたか知らねぇけど、テメェの権力笠に着て思い通りにしようなんて、そういう女が俺は一番大嫌いなんだよ!」
「!」
馨子さんの瞳に涙が光る。
「馨子!」
それに気付いた櫻井夫人が馨子さんを優しく抱きしめ、瑞森レオを睨む。
「レオさん何て酷い事を言うの!」
「酷い事?」
しかし金髪王子は怯まない。
「良く言えるよなそんな事、俺の女さんざん貶してくれたアンタが」
「えっ!?」
(俺の――女!?)
ドキッ。心臓が跳ねる。
(それってやっぱり、今は私の事――だよね?)
何の前触れもなく突然投げかけられた言葉に耳を疑った。
(こ、こいつ、そんな言葉、なんでサラリと言っちゃうのよ!)
ドクン……ドクン……心がスタッカ―トを踏む。
「何処の馬の骨?そんなの俺の勝手だ!俺が決めた女がどこのどいつだろうが構わねぇ。どんな育ちしてようが、どんな生き方してこようが、そんな女を俺が認めたんだ。丸ごと受け入れるぜ!」
「うっ……」
櫻井夫人が悔しそうに顔を歪める。
「それに気に入らねぇ客追い出して何が悪いんだよ!」
「「「「えっ!?」」」」
これは瑞森レオ以外の櫻井夫人、馨子さん、アンジェラ、そして私の声。
「レオ!?」
その中で特に目を丸くしていたのがアンジェラだった。
それはそうだろう。アンジェラは仮にも『リストランテ』のオーナーなのだ。その人の前で大胆にもその店の天才クオ―コで、次期オーナー候補の金髪王子が信じられない事を言ったのだから。
「ちょっと、アンタ何て事を!」
「うるせぇ!ババァは黙ってろ!」
「!」
いつもはこんなS王子の口撃(攻撃)には一歩も退かない彼女だが、今の彼の真剣な眼差しを受け何かを感じとったのか、彼女はそれ以上口を出さなかった。
瑞森レオは真っ直ぐ櫻井夫人を見据えたまま己の心を投げつける。
「俺は客の言葉に100%尽くそうなんて思ってねぇ。客なんて勝手なもんだ。一度サービスしてやれば次からも又その次からも図に乗って勝手な事ばかり言いやがる。そんな事いちいち真剣に聞いてたら、俺の作りてぇ店なんて影も形も無くなっちまう。仲間にも余計な負担を掛ける事になる。俺には俺の作りたい店のビジョンがあるんだ!色、カラ―が有るんだよ!客の勝手なクレームばっかり聞いてたらその色が無くなっちまう!自分のカラ―を守れねェ店に未来は無いんだ!」
(瑞森さん――)
私は少し驚いていた。
勿論彼の仕事に対する真摯な姿は知っている。彼が真面目でとてもストイックな事も。でも、これ程迄に真剣に自分の店の事を考え、そして将来を見据えたビジョンまで描いていたとは、正直微塵も思っていなかった。
彼は好き嫌いがハッキリしている。それはプライベートでもそうだし、仕事でもそうだ。しかしプロである彼は決してそれを顔に出そうとはしない。お店が開いている間、彼は接客以外ではお己の仕事で笑顔など見せない。私だって般若面は何度も見た事はあったが、その顔以外は一度も拝んだ事がなかった。
――しかし一度だけだが奇跡を目撃した。私は彼に声を掛けられたのだ。それは仕込みの時や、買い出しの時によく言われるようなS色満点の毒舌――などではなく労いの言葉に近いものだった。そしてそれは――とても彼らしい言葉だった。
『お前出来たじゃん』
私が初めて担当テーブルを任され、そこで緊張しながらも完璧に料理説明を行い、弾む気持ちでキッチンへ次のお料理を受け取りに行った時――彼はぶっきら棒だがはっきりとこう言った。そして――微笑んだ。
その微笑みは、まるでまだ蕾かけである大輪の華を一気に咲き誇らせてしまったかのように温かく、彼の周りの空間を芳しく包み込み、色鮮やかに染めていた――。
(瑞森さんて凄い人だ!)
私は改めてそう思った。お店の事だけじゃなく、その中で働く私達の事もしっかり見ていてくれていたのだ!
私は胸の奥がジーンと温まるのを感じた。
「だから俺には――」
猛る金獅子が咆哮する。
「仲間の為なら相手がどんな野郎でも、堂々と喚き散らせるこの女が必要なんだ!」
(えっ……)
カ――――――――――――――――――――ッ!
その言葉を耳にした途端一気に私の体内を熱いモノが駆け巡る!頭から火柱が立つ!
次の瞬間その場が再び水を打ったように静まった。彼の告白にその場にいた全員が口をあんぐりと開け放った。
(ちょ、ちょっとこの馬鹿王子!な、なに公衆の面前でカミングアウトしてるのよっっ!)
心臓がバックンバックンする。
(それも『必要なんだ!』ってなによ!それに喚き散らすって、私はそんなヒステリックじゃないわよ!)
私は瑞森レオを睨みつけようと見遣る。しかしどうしてか何時ものように上手く睨みつけられない。私の――心の音が邪魔をする。なんかもう……涙が出てきそう。それでも私は潤んだ瞳でなんとか彼を睨みつけた。
彼の独白から少し経った頃――漸く妖蛇が動いた。櫻井夫人が振絞るように笑い声をあげる。
「ホ、ホホホホ……。まぁレオさんたら情熱的な殿方だ事。そんなにこの小娘がお好きなの?」
櫻井夫人は落ち着きを取り戻すと、着物の襟元を正し、取り繕うように再び扇子で仰ぎ出した。
「でも、貴方にこのじゃじゃ馬が乗りこなせるのかしら?」
そして櫻井夫人は瑞森レオを一瞥した。
「貴方には無理――なんじゃないかしら?」
クスクスと楽しそうに嗤う。
どこまでもネチネチとしつこい女性だ。しかし瑞森レオも負けてはいない。いつもの自信に満ちたサファイアブルーで櫻井夫人を一瞥する。
「乗りこなせるさ、俺ならな。それに――」
と瑞森レオがふいに己を隣で睨みつけている私の方へと振り向いた。
「調教ってヤツは早いうちからしておかねぇとな……」
「えっ……」
と――どんどん瑞森レオの整った顔が私の方へと近づいてくる!
「な、なんのつもりですか!?」
しかし瑞森レオはそんな私の静かな叫びなど聞えないかのように、どんどんどんどん顔を近づけてくる!透き通った瑠璃のような蒼い瞳に吸い込まれそうになる。サファイアブル―の魔力に力が抜けていく……。
「ちょ、瑞森さ――!?」
しかし私は最後の抵抗とばかりに両腕を彼の方へ伸ばし、彼の体を押し戻そうとした。が――彼はいとも簡単に私の両腕を強い力で掴むとグイッと一気に己の方へと引き寄せた。そしてその勢いのまま――私の唇に自分の唇を優しく重ねた。
私の中の時が止まった――。
皆様今晩は。冴木悠で御座います。
諸事情により長く更新出来ず、申し訳御座いませんでした。
これからも頑張って書かせて頂きますので、ご愛読の程どうぞ宜しくお願い致します。