変わった意識と、変わらぬ意志
年明け初めの投稿になります!
今年もよろしくお願いいたします(*´ `*)
あの店の雰囲気と人が気に入ってしまったセリーヌは、あの後も何度か店へ訪れ、あれからこっそりと寮を抜け出し王都へちょくちょく降りるようになった。お陰で店の客たちとも顔馴染みになり仲良くなった。身分関係なく話せる存在がいるのは嬉しかったし、楽しかった。しかし夜中に勝手に学園を抜け出しているのを見つかったら本当に不味いので、誰にも言えずレオにも嘘をついていて申し訳ない気持ちもあるのだが。
「おーセリちゃん、今日も来たんか」
「ジョーさんこんばんは」
「女将が試作で作ってたぞ。野菜と肉と粉もん焼いた――」
「『お好み焼き』ですか?!」
「ああそれ、おこのみやき。セリちゃんの言ってた通りに作って見たみたいだがだいぶ美味かったぞ」
「ええもう食べたんですかー? ずるい」
いつ来ても店にいる常連のおじさんの『ジョー』さん。無精髭に安物のくたびれた服でいつも酒片手の彼は、いかにも居酒屋によくいる常連の主といったような風貌だ。他の常連客にも『ジョーさん』と呼ばれ慕われている。
セリーヌの格好は以前とは違い、長い髪を一つに三つ編みで結い、前へ流している。この格好も彼の言葉からだった。セリーヌ的には上手く変装したつもりだったのだが、最初に見た目で貴族だとすぐにわかると言われた事について話していた時、彼女はケープを羽織ってフードで隠せばいいのではと言うと、それだと逆に怪しく目立つからと、あえて隠さずに髪を結び、靡かぬように編んだほうがこの街には馴染むという的確なアドバイスをくれた。他にも細かい事だが、転生してから淑女として染み付いている歩き方、扇子の名残りで口元を手で隠すような仕草など、一つ一つの小さな所作について指摘して教えてもらったお陰で、もうすっかりセリーヌも違和感なく馴染める見た目となった。いや、と言うか前世では普通に振る舞っていたことなのに、今じゃすっかり貴族の世界に染まってしまっている自分にも恐ろしかった。淑女らしくないと言われることの方が今まで多かったが、知らずに染み付いていることもあるらしい。恐るべし貴族社会。
そしてなんやかんやでそのジョーさんとも仲良くなり、ここに来るといつもセリーヌはおしゃべりしている。
そして先日、ここならもしや前世の食べ物も再現できるのではないかと、不意に思い出して食べたくなった懐かしの食事ですぐに作れそうな物について、いくつか女将に話した。それを聞いて普段から客の要望で色々作っている女将はセリーヌのリクエスト『お好み焼き』を早速作ってくれたようだ。ジョーさんには先を越されたが、セリーヌも女将が出してくれたお好み焼きを食べる。見た目も再現度高いし、と言うよりそのままお好み焼きだし、めちゃめちゃ美味しい。懐かしい味に感動し舌鼓しながら、今度は何をリクエストしようと密かに考えを巡らせ客のみんなと今日も楽しく話していた時、不意に一人が口を開く。
「――そういや、ここんとこ怪しい奴らがウロウロしてるな」
「向かいんとこのガキが連れ去られそうになったって聞いたぞ」
「たちの悪い人身売買の奴らがここいらを隠れ蓑にして王都に来てるって噂だ」
「イヤだねまったく……」
女将がそう顔を落としながら顰める。
「犯罪組織、ですか……?」
「ああ、最近こういう話も落ち着いたと思ってたんだがな……」
「ラビもここんとこ顔も出さないし見かけないしね」
用心棒のようなものをしてくれていたというラビア王子。王族だということもあり、下手に手出しをするような輩はいないし、彼がいる事で抑止力にもなっていたのか、怪しい者も町を近寄らなかった。彼がこの町にいる事でみんなの安心感にも繋がっていたのかもしれない。
「……まあ、頼りっきりな訳にゃいかんしな」
そうね、と皆頷く。
「セリちゃんも、早く帰ったほうがいいぞ」
「ああ。貴族じゃ特に危ねえからな」
「こんなとこで襲われたら洒落になんねえしな」
「そう……ですね」
「しばらく落ち着いたァまた来りゃいいんだよ」
暗く残念に落ち込むような表情を見せたセリーヌだが、そう温かい店のみんなに頷き、じゃあまた落ち着いたらきますと早めに店を後にした。残念だが彼らの言うとおり、しばらくは出入りするのを控えておこう。問題が起きて巻き込まれても、セリーヌは学園の生徒としても大問題になる。とりあえず地区の治安隊に連絡しようかと思ったが、そもそも動いてくれないのだっけと巡らせる。
そうして店を出て少し歩いたところで、後ろからセリーヌの歩幅にあわせて足音が聞こえてきた。音は数人。つけて来ているのは明らかだった。嫌な予感がして、この地区を越え早く人通りの多い通りへ出ようとするも、今度は声をかけられた。
「おい、ちょっと待ってくれよお嬢ちゃん」
そっと、後ろを振り返る。前のような酔っ払いかなにかであってほしいと願いながらその姿を見る。そして警戒からピンと緊張が体を伝った。
――違う。これは前回の時なんかとは別者だ。
見てくれもだいぶガタイが大きく、皆只者ではない気を感じる。話していた人身売買のグレープの奴らかもしれない。
逃げるが勝ちだ。瞬間にそう思って走り出す。
「逃げても無駄だ」
途中カランと空き缶を蹴飛ばしながらも必死に無我夢中で逃げるも、逃げ込む路地裏にも奴らの仲間が先回りしていた。息を詰め、セリーヌの足が止まる。
「さあ、もう逃げられないぞ。大人しくついてこい」
近づいてきた男たちに強引に腕を掴まれそうになる。
「来ないで……ッ!」
そう叫んだ時だ。目の前の男がバッと倒れた。周りの男たちもざわめいて、空気が変わったのがわかった。
ヒラリとマントが舞う。セリーヌも息を呑んだ。
それは王国の、軍部の長だけが許される王族の紋章。セリーヌの目にもそのマントの紋章が映った。
セリーヌを庇うように立つその男は相変わらず濃紺の、月夜にも負けぬような美しい髪をしていた。
「ラ……ビア……王子……?」
セリーヌのつぶやきに一瞬ちらりと視線を向けるラビア王子。彼の登場には驚きだが、見慣れぬ騎士団の隊服をキチッと着こなして風格ある姿に、思わず目を奪われ魅入ってしまう。
「軍部の人間が、なぜここに?!」
マントの軍のマークと隊服で軍部の人間だと言う事はわかるが、向こうは相手がラビア王子だとは気づいていないようだ。
「さあ、どうしてだろうな」
ラビアは意味深に笑う。到底王族とは思えないあくどい笑みだ。こういう所、やっぱり『王国の荒くれ者』と言われるのも納得だ。
彼は合図のように剣を一太刀振るうと、襲いかかる男たちを次々と捌きあっという間に目にも止まらぬ速さで一人で制圧してしまった。
倒れた男たちを目にして、残ったラビア王子とセリーヌの二人。一瞬の出来事で、状況が色々と混乱していてまずどう言葉を発そうか戸惑って彼の後ろ姿を見ていたセリーヌ。すると、彼が先に言葉を発した。
「お前、またこっそり抜け出してきたのか」
「す、……すみません……ラビア先輩、また助けてくださりありがとうございました」
くるりと振り返ってじっと責めるようなのか見つめるラビアに、治安は良くないからあまり出歩くなと言われていたセリーヌは、引け目を感じながらも、助けてくれた事に感謝をして頭を下げる。
「礼の言えるやつでよかったよ」
呆れたように小さくこぼすラビア王子。思ったよりはお咎めはなさそうだ。
「しかしこんなとこ、貴族の令嬢が好んで来るようなとこじゃないだろう」
そう……でしょうか……?
そう言うラビアにセリーヌは小さくすぼみながら視線を逸らす。その姿を見て呆れたように彼は「……はぁ」と息をついた。
「どうせ気になったんだろ。俺が前に言った言葉が」
思わずはっと彼の顔を見てしまう。いや、バレてたの? まあ、普通じゃ治安の悪いと周知の地区に好んでやって来る令嬢はいない。しかも今回で二回も見られている。言葉を返せずにいると、彼がこう続けた。
「あのおしゃべりがまた余計な事でも言ったんだろ」
おしゃべりとはノアの事だろうか。彼の話を聞いて動き出したのには違いなかったので、セリーヌはうっと言葉を詰まらせる。
「……すみません」
「謝るな。言い訳ぐらいしろ」
普段の素のセリーヌを知るからか、威勢のない素直な姿にふんっと息を吐くラビア王子。相当に怒られると思っていたから、彼の姿にから回ってしまう。
「……そうです。あれからノア先輩から少し話を聞いて、気になって……」
周りをかぎ回られてると不快に思うかもしれないと思い、彼をちらりと上目で見るも彼の態度は変わらなかった。
「……怒らねえよ。焚き付けたのはアイツだろうからな。……だが、不用心に危ないことがわかってて頻繁にここに出入りするのは問題だがな」
「はい……」
それについては、反省している。従者としても誰もつけず一人で行動するのは流石にまずい事だった。ラビア王子が来ていなかったら、今頃大変な事になっていただろう。流石のセリーヌでも重大さはわかる。俯くセリーヌを見て、しばらく沈黙が続いた後、ラビア王子がおもむろに口を開いた。
「ウェストストレート北東エリアにいる者に告ぐ。暴漢四名を取り押さえた。至急連行しろ」
ジャケットの襟についたピンズのようなものを口元に寄せ、そう話すラビア王子。するとそこから承知しましたという声が複数聞こえてきた。セリーヌはそれを見て目を見開く。
「それは……?」
「隊に通信連絡機を配給したんだ」
「通信機って……めちゃめちゃ高いんじゃないんですか?!」
通信機器は非常に珍しく、更にこのような無線通信機はこの国にはまだ発達途中のもので、流通するのは海を越えた国でのものが主流となっている。しかし貴重な品で元からの値段もする上に輸入するため、超高額品のはずだ。それをしかも一人一台配給してしまうなんて。しかも彼がつけているものなんて超小型サイズ。これだけでも一体いくらするんだろうか。配給したものも含めれば恐らく今年の振り分けられている軍備予算を既に半分超えてしまってるんではなかろうか。
「お前が言ったんだろう? 使えるものは使えと」
セリーヌは口をあんぐりと開ける。確かに言ったが、まさかんな風に使うなんて。お金のかけ方が尋常じゃない。やはりスケールが違う。信じられない。もはや呆れを通り越してあっぱれだ。
「地区ごとに専属の隊を結成させ、夜の騎士団による見回りを強化させたんだ。これまで難しかった連携もこれを導入したお陰で捗る。それに早速犯罪抑止にも繋がってるようだ」
そう言って一見お洒落なピンズの様に見える無線機のついた襟を引っ張る。
「あっ……でも前回は騎士団で見回りをしてたわけじゃないんですよね?」
「この間お前と会った日は警備の配置について改めて確認してたんだ」
……なるほど。前回鉢会ったのも軍部の人間として動いていたのか。しかしこれまで一切関わろうとしなかった王族としての実権を使うまで彼をここまで動かしたのは一体――
そう思うと、彼はふと突拍子もないことを聞いてきた。
「お前から見て、この国はどうだ?」
どうだ、と言われても難しいが、彼の問う意図はきっとウェストストリートのような場所を見ての事だろう。
「いい国ですよ。エルナーニは」
セリーヌは素直に答えた。豊かな土壌もあり、とても栄えた大国だ。近隣諸国との関係も良好で、非常に安定している。確かに治安は悪いところもある。でも、人は暖かい。助け合って生きていこうと活気づいている。前向きに生きる活力は首都でも、ランヴァート領でも、ウェストストリートの町でも消えていない。
「いい国、か」
それを聞いたラビア王子は目を細め小さく零すように呟く。そしてセリーヌへ口を開いた。
「首都の華やかな所だけを見てりゃ、そう思うかもしれねえ。でも首都も一歩外れりゃどうしようもない奴らやゴロツキが沢山いる。罪のない女子供が被害にあったり、ある場所じゃ貧しく、ここ以上に明日生きていく金もないような者や餓死をする者が集まる犯罪の温床になってるスラムのようになってる所だってある」
苦い顔で影を落とすラビアの言葉に、セリーヌは言葉を失う。想像以上に酷い場所もあるのだろう。きっと彼は、そういう場所を自分の目で見てきたのだ。
「……でも、そんな場所だからこそ助け合い、互いを思いやって生きている。いい奴らだって沢山いるんだ。俺はあの場所を、失わせたくない」
そんな彼の言葉が、セリーヌにもよくわかる。お世辞にも治安がいいとは言えない場所だし、言い方は悪いが貴族からすれば小汚い場所かもしれない。でも、暖かくて、あそこには失くしちゃいけないものがある。いや、彼が思っているのはきっとあそこの場所だけではないのだろう。
「……ラビア先輩は、用心棒をしていたんですね」
品位もないと貶されたって、王宮の厄介者だとやっかまれたって、ラビア王子がこうして市井に下り、平民たちと混ざって過ごしているのは、弱い者たちを守るためでもあったのだ。
本当に、この町、いやこの国の国民を思っているのだろう。アンドリュー王子とはまた違った視点で、同じように。
「……あぁ。――それでも、このままじゃ限界がある事はわかってた。しがらみの権力を振るうのは嫌で、はみ出し者ながらに好き勝手、やってたんだけどな」
フッと彼は笑った。
「きっかけはお前だ。興味本位の気まぐれで、王家としての役割を担いに戻った。ただ偶然に生まれ持った肩書に、なんの価値も見いだせていなかったんだがな」
セリーヌはラビア王子から視線を外さず、じっと見つめる。
「だが、この場所に立たないと見えないこともあることを、知る事ができた」
通り抜けた風に髪を揺らす。ラビアは、セリーヌへ視線を向けた。それは普段の冷たい彼の印象と比べ、存外柔らかいものだった。
「感謝している」
そう優しげに微笑んだラビアに、不覚にもとくんと胸をときめかせた。
「頑張ってみようと思う。頑張るなんて、らしかないな。足掻いてみることにした。この地位で、どこまで何ができるかを」
そう話す彼は真っ直ぐに前を見据えていて、酷くスッキリとしたようだった。
嗚呼この人は、自分で道を切り拓いているのだ。そうして一つひとつ、自分にとっての大切なものを守っていけるように。
その姿はセリーヌにはやけに眩しく映った。
次回2章最終回です。




