ウェストストリート
「おい、ソイツは俺の女だ。手ェ出すんじゃねえ」
捻り上げられた腕に男はひいと声を上げる。その形相と存在感に圧倒された男は悪かったと一目散に去っていった。フードを被っているが、そこから見えるのは艷やかな紺色の髪。改めてあの男の腕を捻り上げ、助けてくれた人を見てセリーヌは目を見開いた。
「……ラビア先輩!?」
驚きで思わず口が開いたまま閉じないセリーヌに、彼は視線をよこしてじっと見つめた。
「なんでこんな所にいる」
彼のあの鋭く冷たい視線で責められギクッと背を凍らせる。
「いや……ちょっと」
不味い。まさかこんな所で会うとは。しょっちゅう王宮から抜け出しては王都に下り歩いているラビアには、ここは庭も同然。よく見ればケープのフードの下は平民の服だ。その姿はよく市井に馴染んでいる。……そんな彼の隠している真意を知りたくて、暴くために王都に下りてきたなんて口が避けても言えない。
目を泳がすセリーヌに、ラビア王子ははあとため息をついて呆れたような視線で彼女を見て言った。
「治安はよくないから用が済んだらさっさと帰れ」
「え……あ、あの……!」
バサッとケープを翻して用があるのかさっさと去っていってしまうラビア王子に、セリーヌは慌ててお礼を言いそびれる。あっという間にその背中は夜の闇の中へと消えてしまった。深く探られず良かったのか悪かったのか。当惑するも、セリーヌにも時間がない。万が一でも寮を抜け出したのがバレたら厄介だ。
話を聞くには店に入るのが手っ取り早いだろう。酒場が立ち並んでいる中、まずは一軒店に入ろうとするも――
「あんたみたいな娘に出すもんはないよ。出てきな。早く家にお帰り」
「え……」
店の女将に何故か門前払いを食らう。取り付く島もないような勢い。何故だろうか。困惑しながらも、どうにか入店させてもらえないか交渉していると、店の中からおっと声が上がった。
「さっきラビに助けられてた嬢ちゃんじゃねえか」
セリーヌの顔を見て、店にいた客の一人が声を上げた。どうやら先程の一部始終を見ていた客らしい。『ラビ』とはラビア王子が市井で名乗っている名だろうか。
「……なんだ、王子の知り合いかい」
客のオヤジの声を聞いて、女将は気が抜けたように息を吐いた。てっきりここの人達は彼が王族である事を知らないと思っていたが、そうではないらしい。すると先程の態度から一転、「いいよ」と入店をあっさり許可される。その転身にセリーヌは呆気を取られた。もしかしてラビア王子のネームバリューってものすごいのか。
考えながら、空いている木の席に座って女将へ問いかける。
「どうしてさっきまで入店を断ったんですか?」
そのセリーヌの問いに、女将は眉を顰めて言った。
「あんた貴族の譲ちゃんだろう。服装は誤魔化せてもその肌や髪の色艶でわかっちまうよ」
「服はみそぼらしくても毛並みは揃ってるもんな」
女将の言葉に客のオヤジもケラケラと笑う。え゛っとセリーヌは息を止める。他の客たちも「みりゃ一発で貴族のお嬢様だってわかるよなぁ」と話している。そんなに違和感があるだろうか。……もしかして、今まで完璧に擬態できていると思っていたがそうではなかったのだろうか。いや、間違いなく領地や前回王都へ下りた時も周りには気づかれるだけでなく、怪しまれもしなかったはずだ。
「そんな……今までバレたことなかったのに」
「そりゃ市井でもイイとこにしか行ってなかったんだろ。ここいらみたいな小汚いとこじゃ、目立って仕方ねえもんな」
そう笑いながら、「あ、嬢ちゃんこれ食いな、上手いぞ」と茹でた枝豆や自家製のチーズらしきものを勧められ、目の前に出される。
「酒はまだ呑めないね。グレープジュースでいいかい」
「あ、ありがとうございます……」
頼まずとも女将はそう聞いて飲み物を出してくれる。グレープジュースでも、炭酸で割ったもののようだ。シュワシュワして美味しい。なんだか懐かしい気持ちになるのは前世で飲んだことのある馴染みの飲料に似ているからか、それとも普段は紅茶ばかり飲んでいるからだろうか。なんだかこの感じ、ガード下の飲み屋や屋台に近いな。そう考えたりしてあれよあれよといつの間にかもてなされながら、女将と客たちと話す。
「嬢ちゃんこの辺に来たのは始めてか?」
「はい」
「なのに早々、早速洗礼受けてたもんな」
「まあ酔っ払いにからまれるくらいなら全然可愛いもんでしょ」
「ヤクの売人とか人攫いのやべえ奴らに声かけられなくてよかったな」
オヤジの言葉にはは……と苦笑するセリーヌ。そんなやばいのも紛れてるのか。気をつけなくては。
「やっぱりこの辺りって治安があまりよくないんですか?」
「まあなぁ。中心地に比べたらな」
「これでも随分住みやすい街になったんだ」
ああ、昔はホントひどかったなと同調して酒を飲みながら頷く客たち。そんな彼らにセリーヌは乗り出して聞き出す。
「なぜ変わったんですか?」
「ラビ……いやラビア王子殿下が市井におりて、道理に反する奴やゴロツキを黙らせてくれてるからね。アンタも助けてもらったんだろう?」
「用心棒みたいな奴だよなぁ」
「お陰で夜も、少しは安心して店を出せるようにもなったもんだよ」
うんうんと頷く周りと、そう温かく噛みしめるように思いのこもった言葉をつぶやく彼らを見て思う。そこには感謝の思いが見えた。
彼はただ、市井に下りて現実から逃げるように遊んでいたわけではないようだ。そうなると、また彼を見る目が変わってくる。知らない彼の姿がここにはあるようだ。
すると一人の客が、まーと声を上げる。
「しっかしまさか王族だったたぁなぁ」
「ラビが第二王子だって聞いた時は本当に目ぇひん剥いたからな」
ほんとよほんとと女将も笑う。なんだ、皆最初は知らなかったのか。確かに彼は自分から正体を明かすような人じゃない。そういえばセリーヌだって騙された。思い出して乾いた笑みでハハッと笑う。
「俺達みんな不敬罪で死罪になるかと青ざめたもんな」
「普通に街の連中と変わんなく接してたしな」
「私なんて口の悪さに一回叩いちゃったことあったもの」
「高貴な身分の方らしくなくて、俺達となんら変わんねえ豪快さとか荒っぽさがあって、飾らねえ王子だよな」
和気あいあいと楽しそうに喋る客たち。なんだかんだ、みんなこの町が好きだと言う。知り合いかの有無や年代の垣根も飛び越えて、そこで集まったみんなで楽しく飲んで話す様子は温かく下町らしさが溢れていて、セリーヌはいいなあと思った。
「まあお嬢ちゃんも気をつけな。王子が来てくれてマシになったといえど、ここいらじゃ夜道は気をつけな」
「ありがとうございます」
そう楽しく話しながら気がつけば、店でだいぶ時間を過ごしていた。そろそろ戻らなくては明日寝不足でまたレオ辺りに怪しまれてしまう。
「すみません、そろそろ帰ります。ありがとうございました!」
「こちらこそありがとな嬢ちゃん。楽しかったぜ!」
客のオヤジたちにニコニコと笑顔で見送られながら手を振られる。それに返しながら、セリーヌは去り際に女将へあの……と問いかけた。
「私もまた、来てもいいですか?」
「おういいよ。いつでもおいで。こんなところで良ければな」
にかっと笑う女将に笑顔で別れ、セリーヌは店を後にした。
治安が悪いと言えど、そこに住む人達は人情味があって暖かくて優しかった。セリーヌは初めて訪れた場所だったが、守らなくてはいけない、大事な場所なような気がした。全てがあの中心地のような最先端のものが揃って流行に敏感な店ばかりが並ぶような街じゃなく、人と人との繋がりを大事にしているような、古臭い店や少し小汚くも見えるような酒場があってもいい。あるべきだ。きっと、彼もそう思っているに違いない。だからこそ、彼は動いているのだ。
しかしラビア王子は本当に市井の人たちに慕われているようだ。ほんのり心が暖かくなりながら、見つからないように寮へと戻っていったのだった。
残り1,2話で2章目終了になります!
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