夏期休暇明けの学園にて
そんなこんなで夏季休暇も明け、学校は後期が始まった。全く休んだ気はしないのだが、とりあえず学校が始まってくれてよかったとセリーヌは心から安堵する。あのままずっと王宮にいるのも耐えられる気がしない。
あの後、ラビア王子と出席し、ダンスの相手をした事について、アンドリュー王子から問いただされる事となった。そもそもあの舞踏会は王太子妃教育を終えた婚約者を改めて、二人並ぶことで王宮として皆に王太子と未来の王太子妃を威厳として見せることで意味となすものだった。それがたとえ王族の継承順位2位のラビア王子が相手だったとしても、セリーヌのエスコート役にはよろしくはなかった。特にアンドリュー王子としてはだ。しかし、実際公務に出ていた彼は結局舞踏会には間に合わず、アンドリュー王子が戻ったのは終わった後だったため、彼もそこまで強く言い出すこともなく、お咎めは少なく済んだ。……いや、そうでもなかった。あの時の詰めてくる目が全く笑っていないアンドリュー王子の笑顔を思い出すと今でも背筋に冷たいものが奔り恐ろしい。セリーヌは人知れずぶるっと震えた。
またあの舞踏会があってからか、クラスの、というか学園の生徒から何やら憧憬や畏敬の眼差しを向けられているようだった。なんだか居づらさもありその視線から逃げるように人気のない廊下を歩いていると、後ろから声をかけられる。
「やあ、久しぶりだね」
「……マクガーナ先輩!」
そう言えばここは生徒会室の近くだ。人の目を避けていたらいつの間にか辿り着いてしまったらしい。王子とも鉢合わせしてしまうのではないかと少し危惧しながら、お久しぶりです、とセリーヌも返す。
「生徒会は結局やめたのかな? 君みたいな優秀な生徒を勧誘できなくて残念だよ」
「ええ……まあ……はい」
そのノアの言葉に苦笑し曖昧に躱す。冗談じゃない、あんな目立った、しかも攻略対象のうじゃうじゃいそうな宝庫、自分から死地に突っ込んでいくようなものだ。
変わらずにこにこと笑みを浮かべるノアはそう言えば、と口を開いた。
「舞踏会のダンスは素晴らしかったね。お疲れさま。一ヶ月強の努力の賜物だね」
「マクガーナ先輩もいらしてたんですね……! すみません、ご挨拶できずに」
「いやいいんだよ。ラビアも一緒だったし、どうせ抜け出すのに付き合わされたんでしょ」
ラビア王子と仲の良いノアにもそう思われているだなんて。まさかセリーヌも抜け出したかったから共犯だったとは言えなかった。ごめんなさいラビア王子。彼のせいにはしてしまったが、それは当初の彼の目論見通りである。というか、休み明けの学園の生徒からの目も、間違いなくラビア王子と入場し、ダンスまで踊っていたからだろう。あのラビア王子と対等にいて見事なダンスまで見せたのが、彼らのセリーヌの株を上げた要因だと思う。しかしなんとも居心地は悪いが。
良かったのか悪かったのか、まあひとまず悪い方向のイメージが薄まった点ではよかったのか。セリーヌが考えていると、ノアは彼女を見てつぶやいた。
「ラビアだけど、いい方向に進み始めてくれたみたいだね」
「え?」
その言葉に聞き返す。そんなセリーヌにノアは優しく笑っていた。
「政務も前向きだし、何より今を変えようと頑張ってるみたいだね。何か目標ができたみたいだ。友人として嬉しいよ」
「は……はぁ……?」
なんの話かわからぬまま相槌を打つ。ラビア王子の目標とは一体何なのか。そもそも彼は何をしているのかもセリーヌは知らない。
ノアは彼女をすっと視線で捉える。しかしそれも一瞬。
「君のお陰かな」
にこりと、何やら意味深に笑うノアにセリーヌは訳がわからず首を傾ける。そんな彼女の姿も満足だったのか、それからノアは生徒会の仕事があるからと、じゃあと言ってにこやかに去っていった。柔らかく可愛らしいながらも、空気感を自分で作っていく、相変わらずちょっと掴みどころのない人だった。セリーヌもこれ以上生徒会室の前にいてうっかり王子と鉢合わせなんてしないよう、急いで来た道を戻るのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
『誰もが明るく明日を生きてるわけじゃない』
そう言った、ラビア王子の言葉が蘇る。彼の言葉は今でも王都にそういう場所があり、苦しんでいると言っているようだった。しかしセリーヌが知る限りではそんな場所があるとは思えなかった。
ノアの言葉にも尾を引かれ、放課後もずっと少し気になっていた。そこで市井にも気軽に降りれ、王都にもよく足を運び、内情もよくわかるレオに聞いてみる。
「ねえレオ、王都って基本的には治安はいい方よね?」
「そうですね。セリーヌ様も訪れたかと思いますが、人も街も活気づいていますよ。この国の首都ですからね」
「そう、よね……」
「ただ王都でも外れたウェストストリートの方はあまり一概に治安がいいとは言えません。特に夜はなおさらです」
「そうなの?」
「はい、ゴロツキがうろついている事もありますよ。でも突然どうされたんですか? そんな質問を」
「いや、ちょっと治安の良くない場所があるって聞いて……」
少し目線を泳がせるように逸らす。その姿にレオが少し疑いをかけて目を細めた。
「……まさか行く気ではないですよね?」
「ま、まっさかぁ! そんなわけないでしょう? そもそもこの学園じゃ外出もままならないし。ちょっと気になっただけよ」
レオの言葉にギクリとするも、笑い飛ばして誤魔化す。それから少し疑いの目を向けられたが、話をそらして流す事はできたのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ごめんねレオ……貴方に言っても流石に止められると思ったから……」
そう申し訳無さを呟き謝りながら、セリーヌはこの夜早速一人寮を抜け出していた。
この学園の学生は、外出するにも寮へ外出届を出さなけれなならないし、門限も厳守。
だがそれも抜け出してしまえば関係ない。学内警備の王国騎士団もいるが、その目を上手く掻い潜り、学園を抜ける。学外に出てしまえばこっちのものだ。学園は王都の中。既に目的地はついているも同然なのだ。
セリーヌはこういう時の為と家から持ってきていた市井に紛れられる服を引っ張り出し、身につけた。長年領地ではあるが、市井には降り慣れていて街の人に紛れるのは得意だ。見た目はすっかり町娘であり、疑われない格好。王都には王子と降りたが、こうして一人で自由に動いて回るのは初めてだ。それに夜の王都も。よし、と気合いを入れて、少しわくわくとした高揚感を感じながら、昼間こっそり図書館を覗いて見た地図を思い出しながら歩いていく。
「ウェストストリートはこのあたりかしら……」
流石この国の中心。夜でも街の灯は明るく、人も多く栄えていた。しかし目的地に近づくにつれ、人はまばらになり電灯も少なく淋しげになっていく。……なる程、確かに中心地の栄えた様子と比べると、治安は微妙なところだ。しかし道によっては露店も出ていて、楽しく呑んでいる人たちも見受けられる。少なくともスラムの様な場所ではない事に安心をした。
ここらへんで少し店に入って聞き込みでもしようか――セリーヌがそう思っていた時。
「嬢ちゃん可愛いね、一人?」
するとガラの悪そうな若い男がにたにたと笑いながらセリーヌに近づいてきた。赤ら顔で酒も飲んでいるらしい。早速治安の悪さに出会ってしまったらしい。悪絡みされる前にさっさと撒かないと。
「すみません急いでるので」
「なーに急いでんだよ。一人じゃ危ないし、俺と一緒に楽しく飲んで遊ぼうぜ?」
男に抱き込まれるように肩を触れられ、セリーヌは反射で身をよじり声を上げる。
「ちょっ……やめてください……!」
するとぱっと肩から手が離される。その時、いてててっと男が声を上げた。
「――おい、ソイツは俺の女だ。手ェ出すんじゃねえ」




