前途多難な夏休み4
と言うか、やっぱ踊らなきゃダメですよね――
重い足で渋りながらもホールで待つラビア王子の元へ向かう。こちらを待つ彼と向かい合って互いに礼をする。しかし、その彼の気品ある立ち居姿にセリーヌはおやと思った。
そもそも騎士である彼だ。それに長い間公務や表にも出ていなかったためダンスができるのか少し不安だった所があったが、踊り始めて驚いた。流石王族。完璧な所作でセリーヌをリードしてくれながら、その踊りは酷く優雅で美しい。ギャラリーも思わずほうと息を吐いてしまう程だった。こんな事になるのだから王太子妃教育ちゃんとやってきてよかったと思いながらヒヤヒヤした。これでヘマなんてしたら一層目立ってしまうし、下手さは際立つ。この夏みっちりダンスの指導もしてもらったお陰で恥を晒さなくてすんだ。ここで始めてあの稽古の厳しさに感謝した。
しかしこうして見ると、やはり王子様なんだなと再認識する。それでもその腕や胸板はがっしりとしていて固い。急に男らしさを感じてしまって少しドキドキする。流石攻略対象。
「……なんだ、そんなに見て」
思いの外顔を見過ぎてしまっていたためラビアにそう問いかけられる。まずいと焦りながらもセリーヌは誤魔化す。
「いえ……ダンスがとてもお上手だなと思いまして」
「王族の問題児なのにか……それか剣しかできないと思ったか」
「そっそんな事は……」
焦るセリーヌをラビアは揶揄ったようにフッと笑みを浮かべる。
「貴族の嗜みは小さい頃から全て教えこまれた。あらかた何でもできる。まあ、こんなものまず貴族として当たり前だろう」
「そ、そうですわね……」
ここまで上手い人は貴族でもそうそういないが。喧嘩を売っているようにも感じる発言だが、セリーヌは苦笑でかわす。
――それにしても本当に見事なダンスだ。無駄のないその動きの一つ一つが優美。踊っているこちらも見惚れるほど。これは見ている令嬢や貴婦人達もギャップ萌えになるんだろうなぁ。
そう思いを巡らせていると、いつの間にか音楽は鳴り止み、一曲目が終わった。
「――出るぞ」
「えっ……はい」
やっと終わったと安心もつかの間、ラビアはセリーヌだけに聞こえる声で耳元で囁き、彼女の腕を引きすぐに踵を返す。セリーヌも慌てて彼に次いで、優雅に流れるように違和感なくホールを後にする。
会場のホールを抜け、王宮の自慢の中庭へとやって来た二人。セリーヌはふうと息を吐く。
なんとか上手く抜け出すことができた。あの後あの場にいたら恐らく男性達からダンスの誘いに集められていただろう。それはラビアも同じく、彼と踊りたい女性達が殺到していたに違いない。彼もさっさと会場を出たかったのだなと察した。
「これでお役御免だな」
「ありがとうございました。ラビア様のお陰で予想以上に早く抜け出すことができました」
咎められてもラビア王子のせいにすればいい。元からそういう約束だった。それ以前に彼がエスコートの相手なら、皆察してしかたないと納得するだろう。そういう立ち位置である人だ。しかしこんなに早く抜け出す事ができて本当に思わぬ棚ぼただ。
「まあ、お前が他でもない俺と踊るのを見たアンドリューの鉄仮面が崩れた姿が見られなかったのは残念だ」
アンドリュー王子は公務が長引いているようで、まだ王城の方へも戻っていないようだ。そう残念そうにふっと笑うラビア王子だが、セリーヌにとっては有難かった。
舞踏会の会場の喧騒からは一転、中央の噴水の水の音が聞こえる以外、夜の二人きりの庭園は静かだ。会話もなくなって、なんとなく黙り込んで沈黙が起きて、何だか気まずくなる。どうしよう。どうやって別れようか。とりあえず、話題。何か話題を。沈黙に耐えかねるセリーヌはそんな事を考えながら、ふと思っていた事を口にする。
「――政務に戻られているんですね」
「……ああ」
馬鹿、私何言ってんだ――!!
当たり障りのない話題をあげようと思ったのだ。これでは今まで政務を放棄していた彼に対して嫌味を言っているようではないか。これは完全にミスったか。案の定ラビア王子の反応は薄い。どうしよう怒ったか? 焦るセリーヌを他所に、暗がりで読めない表情をしたラビアが口を開く。
「王都は行ったことはあるか」
ラビアにそう問いかけられる。意図がわからない問いかけに、セリーヌは驚くもおずおずと答える。
「アンドリュー様と、少し……」
「どうだった」
「えと……とても活気よく賑わっていて流石は王のお膝元の王都だと思いました」
「……そうだな」
そのセリーヌの回答はラビア王子の求めていたものではなかったのか、心なしか少し表情が陰ったように見える。
「ただこの国は綺麗なものばかりじゃない。貧しさや飢えで苦しむ人々も沢山いる。誰もが明るく明日を生きてるわけじゃない」
ラビア王子はそう言ってセリーヌを見る。本質を見抜くような鋭いその視線は、まるで射抜かれるようだった。
「国を納める立場の奴らは弱い者がどうなろうと見向きもしない。いつだって先に手を差し伸べるのは国を支える権利者や、国のいい部分だけ。汚い部分は後回しだ。確かに王都のスラムの地区は小さくなったが、そこの人々が皆豊かになったわけじゃない。この大陸一栄えていると言われている大国が、笑えるよな」
ふっと鼻で笑う。彼はただ単に面倒で王家を嫌っているわけではないようだ。何か、深い理由がありそうだ。その苦々しそうな歪んで見える表情に、セリーヌはそう感じた。
「王族は嫌いだ。国を変えることもできなきゃ、やりたい事も自由にできない。表ではニコニコへつらって、裏の顔は一切見せない腹の探り合いの覇権争いにもウンザリだ。だから嫌になって逃げるように好き勝手やってた。それがこの言われようだ。いっそ追い出してくれた方がよかったんだが、それもできないんだよ。奴らは血統を何より重視してるからな」
「それは……」
「それにいっそ開き直ってどれだけ努力したって無駄だ。俺はどうせ『スペア』だからな」
ハッと笑った彼に、セリーヌは何も言えずに息を詰める。
彼にも努力した日々が、あったんだと察した。
確かに、肩書きに縛り付けられたまま生きていくのは、セリーヌだってしんどいだろう。周りからの色眼鏡だってある。
でも彼は、とても自由だ。どんなに悪評を叩かれても、彼はとても彼らしく、悠々と自分を貫いて生きていた。少なくとも学園ではそう見えた。それは強くて、眩しくも思える。逃げるのは簡単だというけれど、従うのは楽だ。むしろ抗う方が難しい。逃げる事も、誰にでもできる事じゃない。
その綺麗な顔が苦く歪んで影を落とすように見えて痛かった。
黙っていたセリーヌが口を開いた。
「王族であろうと、ラビア様はラビア様です」
周りがどんなレッテルを貼ろうと、生まれがどれだけ後を付いてきたとしても、貴方は貴方だと、伝えたかった。
「王族に生まれた事も既に貴方の一部で、王族としていることは、別に自分の意志を曲げることではありません」
ラビアの瞳が見開いた。
たとえ王家の一員だとしても、彼らしい生き方をすればいい。彼はきっとそれができる人だ。セリーヌはそう思う。
いっそ認めて受け入れたほうがいい事もある。それに何もできないというが、何も持っていない者よりも遥かに彼には多く選択肢があるだろう。彼が一体何がしたいのかわからないけれど。
「それに、できるだけ使えるものは使えるに越したことはないでしょう?」
そんなセリーヌに、はっとラビアは笑った。
「王族の血も使えるに越したことはねえってか。お前が言うのは意外だな。権力は嫌いなんじゃなかったのか?」
「だって生まれ持った権利なのですから」
使えるもんなら使いたい。セリーヌだって、公爵家に生まれたからこれまで不自由なく、贅沢な暮らしをさせてもらえてきた。できることならその恩恵は素直に受けたいと思う。セリーヌも将来市井で暮らす事もいいとは思っているけれど、やっぱり公爵家でのいい暮らしができるならそっちの方がいい。
「世の中にはその力が欲しくても使えない人たちが沢山いるんです。ラビア様はそれを持っているんですから。他の誰よりも、有利なんですよ」
ふんと胸を張るセリーヌ。そうだ。面倒な分だけこっちだっていいように使えばいい。そうでもしなきゃきっと王家のしがらみの割に合わない。
「……開き直ったな」
呆れたような顔を見せるラビア王子は、しばらくすっと彼女を見つめると、静かにこうつぶやいた。
「……まぁ……そうだな」
小さく笑った月明かりに照らされた彼の横顔は少し、何かが吹っ切れたように清々しいようにも見えた。




