一難去ってまた一難
起立、礼、と日直の声で2限目の授業が終わり、休み時間へ入る。すると着席したセリーヌの席の周りに、二人の女子生徒が集まってくる。
「セリーヌ様、今日も一段と美しいですわ」
「本当に。美しいアッシュグレーの御髪なんて、憧れてしまいます。どんなお手入れをなさっているのですか?」
「ぇえ……そんな特別な事はしていませんのよ」
最近クラスで一人孤立、という状況は少なくなったのだが、こういう事が多くなって手を焼いていた。どこへ行くにも、隙あらばいつの間にか傍に来てセリーヌにへつらうようなこの二人。確か右のウェーブ掛けのセミロングがウルド侯爵家のご令嬢で、左の編み込みハーフアップのがロイス伯爵家のご令嬢だった。二人ともそこそこのお家柄のご令嬢だ。
しかし。
これは、間違いなく取り巻きというやつなのではないだろうか。悪役令嬢の。
大方、王子の婚約者であり、ランヴァート公爵家の長女であるセリーヌの権力に魅せられ擦り寄ってきたか、親にでも仲良くするようにでも言われたのだろう。取り入ろうとする気満々のご令嬢たちに、セリーヌは愛想笑いを浮かべながら返す。
「セリーヌ様はそんな特別な事をしなくても十分に魅力があるから美しいのですわね」
「さっきの授業も素晴らしかったですわ! 先生にあんなに難しい質問をされてすぐに答えられるなんて」
「お美しいだけでなく才色兼備なんて、私達の憧れですわ!」
もはやここまでくると乾いた笑みしか出ない。はははと上っ面の笑みで適当に笑う。
「――ちょっと、邪魔なんだけど」
その時、席を立っていたセリーヌの隣の席のクールビューティーさん(とセリーヌが勝手に心の中で呼んでいる)が戻って来て、手前で集まって道を塞いでしまっているセリーヌ達に声をかける。
「ぁあ、ごめんなさい」
セリーヌは慌てて椅子を引く。彼女はその間を通って行ったが、ご令嬢2人は動かなかったどころか、気に入らないように彼女を睨みつけている。
「セリーヌ様にあんな口のききかたするなんて」
小さく悪態をつきながら彼女が座るのを目で追う。セリーヌの隣の席の彼女は由緒ある国内でも評価高いルミエール伯爵家のご令嬢だ。色白で、レモンイエローのショートヘアでお姉様と言うような綺麗な顔立ちをしている。クールで、彼女は基本一人でいることが多い。一番最初にセリーヌが声をかけて撃沈したのだが、それからも仲良くなろうと何度かチャレンジしてみているものの、全て失敗に終わっている。
そんな時、ご令嬢2人は恰好の獲物を見つけたように、机の上にあった小さくなった鉛筆を見て口を開く。
「そんな小さな鉛筆まだ使ってらっしゃるの? 新しい物はないのかしら?」
「相変わらず質素でいらっしゃるのね」
「ドレスも何年も、何十年も前のものを繕っては着回して使ってるあの貧乏伯爵家ですものね」
クスクスと馬鹿にしたように笑う二人。
決して伯爵家が貧しいわけではない。一般的な貴族だ。ただ、ルミエール家はその倹約家としての崇高的な美学が受け継がれている、むしろ格式高く由緒正しい家柄だ。お金ばかり使い贅沢品を買い漁る貴族たちは模範すべきだと言ってもいい。しかし一方その姿は、伯爵家を理解のできない貴族達に馬鹿にされている。実際のところ、見習おうなんて思う貴族はいないのだ。
「そんな姿でセリーヌ様に話しかけるなんておこがましいのよ」
そこまで聞いた時、思わず口を開いていた。
「あら、貧困と倹約は違いましてよ」
先程まで攻撃していた二人がピタリと止まる。しかし一番変化が見えたのは、奥の彼女だった。それまで興味もなさそうに聞き流していたのに、こちらを見ていた。
「節約なんてなかなかできる事じゃないわ。それに最後まで使う事は物を大切に扱っている証拠でしょう? 私はその美しい精神は素晴らしいと思いますけど」
そうセリーヌは彼女達に告げる。
「そ……そうですわね確かに」
「おほほほ」
そう言って静かに下がっていってしまった取り巻き令嬢の二人。ふう、やれやれ。少しスッキリしたような、一方でこれで良かったのかと思う部分はあるが。しかしあの言い方は問題があるだろう。聞いているセリーヌの気分が悪くなった。それこそ悪役令嬢の取り巻きさながらだった。
もしかしたら本人はあんな事どうでも良かったかもしれない。言われている時全く気にしている素振りは見えなかった。余計な事かもしれないと思いながら、自分が思わず言ってしまった事だったので、そこはあまり気にしないようにしようと思った。その時だった。
「ありがとう。そう言ってくれたのは初めてだったわ」
隣から、そう声をかけられる。セリーヌは内心驚きながら振り向いた。
「いえ……思った事を言っただけですわ。私が勝手にすっきりしたかっただけなので……」
「それでも。高位の貴族の人達には理解されない事だと思っていたから」
彼女はそう話す。セリーヌは慌てて言った。
「そんなこと無いわ! 私、本当にルミエール伯爵家には尊敬していますのよ」
「……誤解していたわ。ランヴァートさんのこと」
そう苦笑する彼女は今までの態度の事を思い出しているようだった。恐らく、公爵令嬢であるセリーヌも皆と同じようにルミエール家を馬鹿にしているのだろうと思っていたんだろう。
「セリーヌと、呼んでくださいな。ランヴァートさんじゃなくて。それに同い年ですしさっきみたいに、敬語じゃなくてよろしいですわよ」
まだどこか壁を感じる話し方が寂しくて、セリーヌはそうお願いした。彼女はじっとセリーヌを見て、それからふわりと表情を和らげて微笑んだ。
「ラン・ルミエール。私もランでいいよ。よろしくね、セリーヌさん」
手を差し伸べて笑いかけてくれた彼女に、セリーヌも手を取り握手をすると、胸にジンとくる熱いものを感じていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
その昼休み、早速屋上の彼に報告する。
「私、クラスにやっと友人ができましたの!」
「へぇ。金魚か?」
「失礼な、ちゃんと人です! っていうかうちのクラスはペットは飼っていませんわ!」
フッと笑いながらそう言う彼に、セリーヌはプンプン怒って反論する。ほぉ、よかったなと景色を見ながら柵に頬杖をつきながら答える横顔にはいとセリーヌは言う。
クラスメイトの初友人。しかも綺麗でクールなご令嬢。嬉しくてニヤニヤしてしまう。そんなセリーヌの姿を横目で彼は穏やかに見守っていた。
相変わらず互いの名前は知らない。タイミングもなかったし、教えなかった。
名前を知らないくらいの距離感が丁度いいのかもしれない。これが心地よかった。最近はレオも厳しくなった追尾を躱すために動いてくれていて、昼休みは別行動。お陰でお昼休みは定番となった先輩とのこうした時間になっていた。
「……先輩はちゃんと授業受けていますの?」
「ほどほどにな」
「もう……サボってばかりだと単位貰えませんわよ」
「ほう、でも大丈夫だ。残念だが成績はいいんでね」
こんな軽口も聞き合えるような仲になっていた。思えばこれまでの学園の時間の中で、一番心穏やかな時間かもしれない。
「友人が出来たんなら、もう昼はここには来ねえな」
「はい。でもたまには覗きに来ますね」
これからは仲良くもなりたいし、ランとご飯を食べる約束をしていた。少し寂しく思うセリーヌに、彼はふっと笑っていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
明日から長期連休となる。連休前最後の授業となる金曜日の今日の6時間目は、歴史の授業。セリーヌが苦手とする科目だ。なにぶん過去の記憶にないものだからだ。転生して来たならチート能力を使いたいところだが、何ぶん全く知らない乙女ゲームらしきものだから、そうもいかないところが悲しい。
永世中立国であるノアールを挟んだ王国の北には、大陸一の軍事国家、ビクトリア帝国がある。過去には王国も巻き込んだ大きな戦争があった。元より圧倒的な軍事力を誇ったビクトリアはその争いの過程で周辺国を取り込み、さらに巨大化し、現在の強大な軍事国家があるという。先生の話を聞きながら、教科書の文をペラペラとめくって追った。
相変わらず延びた歴史の授業だった。連休は実家へ戻ろうと荷造りの支度を考えながら、少し遅れて教室を出るも、予想外の出来事に行く手は阻まれる事となる。
「セリーヌ」
せっかく気分よく帰ろうとしていた所、呼び止められる。その声の圧に、セリーヌは背筋が凍った。
聞き覚えのある声。しかも愛称ではなく本名。セリーヌに声をかけたのは――
「ア――アンドリュー様、お久しぶりですわ」
何とか笑みを浮かべられただけ褒めてほしい。セリーヌはゆっくりと振り向く。
「本当に、久しぶりだね。同じ学内にいるのに」
そう一方踏み入れる。王子は静かに、優しく彼女に問いかける。
「まさか僕を避けていたわけではないよね?」
「ま、まさか! そんなはずはないですわ、おほほ……」
図星だ。
相手は恐ろしいほどの笑みを浮かべている。怖い。間違いなく怒っている。セリーヌは慌てて取り繕う。そんな彼女に王子は手を伸ばし、そっとするりと頬を撫でる。
「そうだよね。君がそんな事するわけないよね」
その瞬間一瞬息を詰めた。まるで縫い付けられたように動けない。スル……とゆっくりと指先で撫でられる。その一挙一動に意識を向け、触れられた頬に緊張が奔る。セリーヌは固まりかけながらも、「え、えぇ」となんとか固い笑みを浮かべる。しばらく頬を撫で、一瞬細目で彼女を見つめた王子。――納得してくれたのだろうか。
「――そうだ。話があったんだ」
パッと手を離した王子は、先程とは打って変わった笑顔で話し出す。その姿にほっとしながら、切り替えの速さに少し戸惑った。王子はセリーヌを見つめてこう口を開く。
「この連休中、王国行事があるんだ。そこで僕の婚約者としてセリアにも出てほしくて。準備もあるから、この休み中は王宮で過ごしてほしいんだ」
「え……――」
荷物はすぐにでも乗せられるようにもう学園前に迎えを用意してあるから、と用意周到に説明をし、颯爽と去っていってしまった王子に、セリーヌは事の事態についていけずしばらく立ち尽くしたまま、理解した時にはその場に崩れ落ちていた。




