学園に知人が一人できました
「……今日は従者はいないのか」
一段上から降りてくる。その姿を見たのは初めて屋上に来た時以来だった。姿を表したその彼に驚く。
「え、……ぇえ、はい。用事がありまして――」
彼はセリーヌに近づいてきた。近くで見てみると、背が高く、すらっと脚が伸びている。深い濃紺の双眼が真っ直ぐセリーヌを見つめる。表情は良く言えばクール、正直言えば冷たく、高身長のせいで威圧感を感じるのもあり、相変わらず近寄りがたい雰囲気だった。しかし前回向けられたような敵意は感じられなかった。思わず彼を見つめてしまう。
「毎日よく来るな」
「……お恥ずかしながら、私クラスに友人と言えるものがいませんの。この怖い顔のせいもあって声が掛けづらいのもあると思うんですが……」
そう様子を伺いながら、口を開くセリーヌ。すると彼の表情が微かに緩和したような気がした。
「ご令嬢のご身分のせいでもあるんだっけか」
思わぬ彼の返答に、セリーヌは目を丸くして、それから少しきまり悪そうにじとりと彼を見つめた。
「……聞いてらしたんですね」
「あんな馬鹿でかい声で毎日話してたらイヤでも聞こえる」
話していたのが丸聞こえで黙ってずっと聞いていたなんて少しむっと思うが、聞きたくもない話が勝手に聞こえてきてしまっていたため申し訳ない気持ちになる。
「友達もいないし挙句クラスに居場所がないと」
「……すみません。聞かせるようなお話ではなかったですね」
いいや、とふっと笑い、気を悪くするどころか、彼は少し面白がっているのか意外にもわりかし前のめりに聞いてくる。
「で、婚約者は」
「追いかけてくるので逃げています。嫌いとかじゃないんですが、どうも苦手で」
あの会話を聞かれていたんじゃこの人に嘘を言っても仕方ない。開き直って正直に白状する。会話では名前は言っていなかったし、まさか王子だともわかるはずもない。そもそも向こうも自分が王子の婚約者のセリーヌであると言う事自体を知らないはずだ。問題はない。
「傑作だな」
くくっと笑う彼の姿に、思わず見とれてしまう。こんな表情もするのかというような驚きだ。発言は超失礼だけど。
「――ぁあ、婚約破棄がどうとかも言ってたな」
「あ……それは聞かなかったことにして頂けませんか? 知れ渡ると厄介なので……」
ただでさえ貴族間の婚約は意味のあるもの。それを一方的に破棄したいだなんて思っていると知れ渡れば、どんな階級の貴族でも困る。ましてそれが王子の婚約者であれば尚更。
「あぁ、わかってる。他言はしない」
とりあえずその言葉を信用するしかないが、彼は守ってはくれそうな気がした。何故かそう思う。
「かなりのワケアリだな」
「……そう言う先輩だっていつもここに居るって事は同じなんじゃないですか」
「俺は友人はいる。一人になりたい時かサボりたい特に来るだけだ」
「サボりはダメですよ……」
そう答えながらも、セリーヌは気分が下がったままだった。彼は仲間ではなかった。ちょっぴり同族かと思っていたのに。
これからも続くこの生活を考え憂鬱に思っていると、腕を掴まれて顔を上げる。彼が顔を顰め、こちらを見ていた。
「……辛気くせえな。こっちこい」
「え?っ……」
そう言って突然連れられて、屋上扉の脇の階段を上り、いつも彼がいる場所へ上がる。
「ここがこの学園で一番景色のいい場所だ」
遮られるものが何もない。ここからは学園から見える王都を含めた景色がぐるりと一周見渡せた。そしていっそう風を感じる。
「……先輩はいつもこの景色を見ていたんですね」
「見てるとどうでもよくなるだろ。何でも」
言葉は少ない。それでも彼が言わんとしてくれていることは伝わった。慰められている。
「……気持ちは、わかります」
全てが取り払われる訳ではないが、気は少し紛れて軽くなる。人も学校も王都も小さく見える。
「――俺が話し相手になってやろうか」
隣で彼が言った。そう片方口端を上げ、笑いかけてくる。その表情とまさかの提案に、セリーヌは一瞬驚いて止まる。風になびいた髪が揺れ、その姿はやけに様になっていた。何故か眩しくも思え、脳裏に焼きつく。
――すごい、意外といい人かもしれない
人は見かけによらないというが、この人もだいぶこの近寄りがたい雰囲気のせいで損をしている気がする。なんだか懐かない猫が慣れて心を開いてきたようで、少し嬉しい気持ちになる。
名前も知らない先輩が知人一号か。
それでも嬉しい。いいじゃないか。この学園で初めてできた話し相手だ。
「よろしくお願いしますわ! 先輩」
これで何かが解決したわけではないが、なんだかお昼休みの時間が楽しみになった。
多分あれ、最後のイベントスチルですよね……
ヒロインが言われるはずのセリフなやつ。




