ランチタイム攻防戦
不味い。非常に不味くないか。
目が合って、セリーヌは固まって頭の中で様々な事を巡りだす。一応は高貴な公爵令嬢、しかも王子の婚約者がこんなはしたなくはしゃいでいる様子を見られるなんて。公爵家の体裁に関わる。さて、どうしようか。
しかしその一方相手だ。
着崩しているが、青いネクタイの色で一つ上の学年であることがわかった。
濃紺に艶のある髪。高貴な絶対的な風格があるが、どこか危なげで孤高感のあり、近づきにくい雰囲気を持つ。そしてその濃い青の鋭い瞳で、セリーヌを睨みつけていた。
……どうしてこんな敵意丸出しで不快感の塊のような目で睨まれているのか
どうしようとダブルの意味で困惑するセリーヌ。
「……何しに来た。――邪魔するなら帰れ」
腹の底から出すような低い声で呟く。その声にセリーヌの背筋が無意識にピンと張る。せっかく色々と逃げ込むことができ、ここなら……! と思った場所には既に先客がいた。というかセリーヌはむしろ彼の安眠を妨害でもしてしまったのだろうか。相当セリーヌの存在は彼にとって不愉快なようだ。
「すみません。でも私、のっぴきならない事情があって、人目のつかない場所が必要なんです。お邪魔はしませんので、お昼休みは居させてもらえないでしょうか?」
しかしこちらもここで引くわけにもいかなかった。じっと深い青がセリーヌを見つめ射抜く。何か探られているようで緊張が奔った。
「……勝手にしろ」
そう言い放ち、男は奥に行ってしまった。何を言われるかと身構えていた分、少し拍子抜けした。
「……あの、ありが――」
「――遅くなりました。セリーヌ様」
お礼を言いかけたところで、レオが戻ってくる。セリーヌを見てどうかしたのかと聞いてくるレオに、ううんとはぐらかして早く食べようと勧める。
なんだかここにいる事も人に知られたくない様子だった。彼の事は内にそっと秘めておこう。セリーヌはそう思った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「お邪魔します。今日も失礼させて頂きますね」
返事は返ってこないが、セリーヌは毎回毎日お昼休みにご飯を食べに来る時は、いるであろう彼に声をかけて入っていく。これは一人静かになれるこの場所を先に見つけていた先輩への礼儀だと思っている。そんな大事な場所を侵したセリーヌは彼に相当疎まれているのだろうと感じていた。初日のあの睨みがそうだ。しかしあれ以来声をかけてくることもなく、追い出したりもしないところを見ると、許容してくれている優しさを感じていた。
そしてその事よりも前に、セリーヌにとって厄介な事があった。昼食を取りながら、げっそりとしたような顔で彼女はレオにこぼす。
「……日に日に追尾が厳しくなってない?」
「そうですね。こちらの教室に向かうスピードも早くなってます。それに火曜の歴史の授業は延びる可能性が高いですからね。向こうもそれをわかってきてそうです」
「それに終わってすぐに声をかけてこようとする生徒、あれ絶対王子に私を足止めしておくようにって頼まれてた子よね?」
「前回まんまと引っかかってましたよね」
「そうなのよ! あれから声をかけられる前にいかに早く教室を出るかみたいになっちゃって……ここまで来るのに一苦労よ……」
ああもうどうして昼休みをとるのにこんなに苦労をしているんだ。全然休まらない。むしろ休みを取るのに心理戦だ。こちらがどう動くのかを予測して、毎回別ルートで追おうと授業が終わってすぐ探しに来るため、こちらも屋上まで逃げきってくるのが容易でない。
「どうしてこんな毎日心労絶えないの……」
「セリーヌ様、いい加減クラスにご友人を作った方が早いのでは」
「それは言わないで……」
友人さえ作れば、それを口実に王子回避できるはず。彼だって友人たちとの時間を割って入るような無粋な真似はしない。王子だし。
しかし、セリーヌは相変わらず入学から半月も経っているのに一向に友人という友人がクラスに一人もできていない。これはもうセリーヌの社交界の問題だろうか。いやそんなこと無い、転生前はちゃんと友人も普通にいたはずだ。まさかこんなに友人作りで苦労する事になるとは。茶会や夜会、ちゃんと出とくべきだった。今更ながらに後悔しても遅い。
「ああもう! これもきっと公爵令嬢っていう地位にプラス婚約者ってのが悪いのよ! だからみんな声が掛けづらいんだわ……」
「そうですね。多分婚約者のせいですね」
何食わぬ顔でお茶を啜るレオにセリーヌは泣きつく。
「どうしたらいいの? どうしたら婚約無効にできるの?!」
ここの所鬱憤が溜まっているのもあり、毎日こんな事を言っている気がする。ため息を飲み込みながらお弁当を口にする。毎日用意してくれるのはセリーヌと共に学園へついてきてくれた侍女のエリーだ。セリーヌの侍女であるアンの下についていた侍女見習いだった娘だ。現在任されている仕事があるためアンが屋敷から離れられない事と、彼女が仕事もできることもあり、今回学園へ行くセリーヌについていく侍女に選ばれた。アンは心配していたが、気配りのできる優しい良い子だ。
そんなエリーの愛情詰まったおかずを噛み締めながら、セリーヌは愚痴をこぼすのであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「お邪魔します……」
くたくたになりながら屋上へとどうにかたどり着く。今日は公爵家へレオが呼びつけられていたため、追手を撒いてくるのにいつも以上に神経を使った気がした。それに今日は火曜。歴史の授業が延びに延び、もう逃げられないかと思った。唯一気が休めると言っても過言ではない屋上に無事到着し、はあと安堵の息をつく。
さて、お弁当を食べよう。今日は自分で準備と自前のレジャーシートを広げ、いそいそと昼ご飯の支度をする。そんなセリーヌの所へ思わぬ場所から声がかかった。
「……今日は従者はいないのか」




