それぞれの成長
今回少し長めです。
翌日。学園初日。
今日は入学式だ。向かうのは家からだが、それから帰るのは王都にある学園内の寮。セリーヌの屋敷は王都から近く家から通えなくもないものの、生徒は全て寮に入る事が決められている。これから卒業まで3年間、セリーヌは寮生活をする事になる。
自室を出たセリーヌは真新しい制服に身を包んでいた。学園の制服はブレザーで、形はほとんど元の世界の高校生と変わりない。リボンとネクタイで学年カラーを分けているそうで、セリーヌ達は赤色の学年。可愛らしいデザインで嬉しい。
部屋に入るとリクスがいた。彼も成長し、背丈はちょこっとセリーヌを抜かした。変わりない可愛らしさの中にも少し凛々しさが見えるようになってきた年頃の顔立ち。美少年とはまさに彼のことを言うのだろう。相変わらず無表情だけど。そんな事を思いながら声をかける。
「おはよう、リクス」
微笑みかけると、おはよ、と彼は返す。そのままスススと近づいてきた。
「姉上、リボン曲がってる」
ん、とリクスの手が伸びてくるのになすがまま、セリーヌは直される。
「朝食は?」
「食べたわ。リクスは?」
「僕も食べたよ」
リボンを直し終えると、今度は少し顔にかかっていた髪を直してくれる。まるで侍女のような姿にどうしてこんなに慣れているかというと、以前、セリーヌ付きの侍女のアンが体調不良で休んだ時に、何故かリクスがセリーヌの身の回りの世話をかって出た。しかもそれがかなり良く出来る優秀さで、侍女のいない一週間、何もかもセリーヌの意図を汲み、まるで考えている事を読んでいるかのような、かゆいところに手が届くといったような表現の合う、何でもしてくれる姿に「リクスがいないとダメになりそうね」なんて冗談で笑ってしまった。それ以来しきりに彼女の世話を焼く彼は、セリーヌの補佐から、彼女がアップルパイが食べたいと言えばお菓子づくり(しかもすごく美味しい)まで、何でも完璧にこなす姉の世話係のような弟になってしまった。本当に天才肌でやれば何でも習得してしまう完璧な義弟のせいで、冗談ではなく姉はダメになりそう。って言うか、勝手に料理室入って使っているのを容認している料理長もどうなんだ。止めてくれ。……よく考えなくても、これが公爵家の跡取りの姿でいいんだろうか。
「本当に行くの」
「ええ、貴族は15になったら通うって決まってるしね。リクスもあと2年後に行くことになるわ」
そんな義弟が、黙り込んで悲しそうな、それでいてなんだか暗く心配そうな顔をしていた。そんな姿に姉はきゅんとしてしまう。そうか、離れるのが寂しくなったのだな。セリーヌは安心させるように慰める。
「リクス、寂しがらないで。長期休みには帰ってくるし、今度の連休には帰ってくるわ」
いや、そうじゃなくて……と渋るリクスは心底不安そうにつぶやく。
「っていうか、姉様に僕がいなくて不安……」
「……だ、大丈夫よ! レオもいるし、侍女だってついてるわ!」
レオの名を出すとリクスは不快そうに眉を寄せた。いや、相変わらず仲が悪いな。っていうか不安、そっちの話だったの? 姉としてショックを受ける。
「だって姉様、ドレスも一人で選べないじゃない」
「そっそれは私より貴方が選んだ方がセンスがあるからよ……」
この年になっても義弟にドレスを選んでもらってるなんて恥ずかしい話だが、これも事実。
それも一度アンが風邪で休んだ時に、夜会で着るドレス選びに悩んでいた時にリクスが手を貸してくれてからずっとの事だ。最初は、転生前はこんなドレスなんて着たことなかったし、セリーヌもそれまで侍女の選んでくれたドレスやとにかく派手な物を好んで着ていただけだったので、組み合わせもわからなかった。そのうち自分で合わせ方を覚えてからも、社交界の流行なんてものに疎かったセリーヌに代わり、センスがいいリクスが侍女たちを抜いて流行りでおしゃれなものを取り繕ってくれるためそれに甘んじて頼りきっていた。
「よかったね。制服があって」
「……そうね……」
セリーヌは遠い目になる。これでもし毎日コーディネートを考えなくてはならないと思うと憂鬱だ。本当に制服があってよかった。
「セリーヌ様、準備ができました」
そこで荷物を運び入れてくれていたレオがやって来る。そろそろ時間的にも出発だ。
「じゃあね、リクス。行ってくるわ」
「……」
すると何故か彼は黙ってセリーヌの手を掴んだ。離さないように、ぎゅっと握って。その表情は俯いていて伺えず、セリーヌは困惑する。
「リクス?……」
「……気をつけて」
そう口にして顔を上げたリクスのその何か乞うような、焦がれるような瞳にドキッとする。それでもようやっと、セリーヌはうんと答えた。
その後すぐにセリーヌの出発を聞き、両親たちも集まり、彼らに見送られながらセリーヌは学園へと向かったのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
王都内にある学園の敷地はかなり広く、中には寮の他にちょっとした服屋や食べ物屋、雑貨屋など学内で生活全てがまかなえるようになっていて、外へ出る学生は外出届が必要となる。まるで一つの街か国のようだ。と言うか、収監されているようだと揶揄ってもおかしくない。逆に言えば、外部からも学内には容易に立ち入れない。まあ国中の貴族の子息や令嬢が集まっているから、それほど厳重に警備しないといけないという事だろう。特に今年からは第一王子が入学する事もあるし、学内の警備はなんと王国騎士団が行っているという。入り口に確かに騎士団のマークの入った隊服を着てる人が門番をしていて驚いた。
そうして無事に学園に到着し、セリーヌは馬車を降りて式の会場へ歩き出す。レオもついてくる予定だったが、今日は寮の部屋での荷解きなどの準備の為同行していない。何しろ広大過ぎる敷地のため迷子になりそうでそれが心配だ。周りには人がぽつぽつと歩いているので、それに従ってセリーヌも進んでいく。
「今日は従者は連れてないのか」
後ろからかけられた声に勢い良く振り返ると、昨日ぶりの人物がいた。
「アルモンド……! 良かったわ会えて!!」
心細かった所に見知った顔に会って安心し、思わず嬉しくなって声を上げる。
「思ったよりも元気じゃん」
「やだ、心配しててくれたの?」
「ああ、5歳からずっと破滅とやらに恐れてる姿があまりにも哀れだからな」
「ちょっと」
ふっと笑うアルモンドにイラッとくる。ああ、少し揶揄おうとすればこれだ。ああ言えばこう言う。セリーヌがむっとする。
「こちとら5年間真剣に悩んでるのよ」
「へーへー」
「返事が薄い!」
「ま、もしお前が平民に成り下がったら俺が貰ってやるよ」
「えっ、ホント!? それはわんちゃんアリかもしれないわね……」
案外前向きに考えるセリーヌ。アルモンドは三男とはいえ、エダン家は伯爵だ。それなりの生活は保証される。
「公爵家の生活には劣るだろうけど」
「まあそうね」
「おいコラ、そこは否定しろ」
今度はアルモンドがムスリと怒る。冗談よ、と笑って返して、学園に向き直る。
「はぁ……上手くやっていけるかしら……」
先の不安を見据え、溜息をつくセリーヌに、アルモンドは慰めるようにふっと笑う。
「ま、後方支援で援護射撃くらいはしてやるよ」
頼むわね、と彼を見る。やはり彼がいてくれるだけで心強い。最初に味方につけたのは間違いじゃなかったなぁと自分に賞賛を送っていると、再び後方から呼び止められる。
「――あれ、セリア。それにアルモンドも。おはよう」
そう爽やかに声をかけてきたのは――
「あ、アンドリュー様!?」
「アンドリュー王子、おはようございます」
そう、まさかのこの国の第一王子で一番の問題のセリーヌの婚約者、アンドリュー王子だった。
「初日の登校中に二人に会えると思わなかったよ。嬉しいな、一緒に向かおう」
にっこりと爽やかな笑みを浮かべる王子の笑顔は眩しい。美しい金糸も日に反射して輝いているようだ。二人は一緒に来たのかい? と聞くその瞳に若干の鋭さが見えた王子に、アルモンドは落ち着いた愛想のいい笑顔を浮かべる。
「いえ、ついさっき会ったばかりで。ああ、俺は先を急ぐので、お二人はゆっくり行ってください。つもる話もあるでしょうし」
まるで猫をかぶるように王子をたてるアルモンドに、セリーヌはついていけず固まっていた。なんという身代わりの早さ。セリーヌはちょいちょいと慌ててアルモンドに耳打ちする。
「ちょ、ちょっと! 助けてくれるんじゃなかったの!?」
「俺は高権力には屈して長い物には巻かれろタイプなんでね」
そうふっと憎らしく笑った彼がいっそ酷く清々しくて反論する気も失った。アルモンドはこの5年で処世術を上手く学んだようで、元の性格も相合さって酷く世渡りが上手くなっている。まんまと裏切られたセリーヌは学園の入学式早々、王子と二人きりになってしまった。
「お久しぶりです。アンドリュー様」
「そうだね。前にあった夜会以来だね」
王子としての後継者教育により、昔ほどは王子の訪問回数は少なくなっていた。ここ数年は会う機会も限られていて安心していたのだが、それも今日で終わり。
「これからは学園で毎日会えると思うと嬉しいよ」
「えぇ……」
婚約破棄はできなかった。そして困った事に、王子のスキンシップが年々多くなってきている。王子と同伴でパーティーに呼ばれると必ず彼はセリーヌの腰をガッチリホールドしたまま離さない、逃さないの体制に入る。挙句抱き寄せてくるものだから距離がめちゃくちゃに近かった。しかしそれは日常生活にも及びはじめ、気づけば傍に寄っているし肩や腰に手を回しているしでもう困り果てている。
それに、子供だった頃に比べ、成長してそのイケメン具合も格段に上がり、今までになかった色気や男らしさも相まって、少し意識してしまう。いや、でも相手は15歳。セリーヌはトータルでアラサーだぞと自分を律する。でもこの酷く整ったお顔立ち。視界の暴力だろう。流石乙女ゲームのヒーローだと思う。
「ねえ、セリア。僕の心は変わらないよ。5年前と同じく」
王子はじっと、真っ直ぐセリーヌを覗きこんだ。視線が逸らせなくなって、深い青の瞳に吸い込まれそうになった。いつの間にか伸びた背に、セリーヌが見上げるような形となる。
「成人したら、式を挙げよう。君の言うタイムリミットだ。そしたら君も、腹をくくってくれるだろう?」
「せ、成人してすぐですか……?」
この世界の成人は18歳。つまり学園の卒業と同時に成人を迎える事になる。結婚ができるのもそれからだとこの国では定められている。早くない? そこまで焦る必要はないのではとセリーヌは思う。
「僕としては今すぐにでも結婚の儀を終わらせてしまいたいけどね。他の男が手を出さないように。君には僕だけを見ててほしい」
そう言って、王子はセリーヌの手をとってその甲にキスをした。手の甲越しに、セリーヌを覗き込むように微笑む。王子の突然の行動に、驚きのあまりセリーヌは口を開けたまま真っ赤になる。
「な……!」
「ん、可愛いね。僕のセリア」
セリーヌを見つめる瞳だけは皆と違う。甘く蕩けそうな瞳。こんな瞳で見られたらひとたまりもない。誰もがきっと恋に落ちてしまうだろう。甘いセリフに甘い視線。そして独占欲のような言葉。それは完全に好意を乗せているように見えて――
絆されそうになる。絆されてしまいたくなる。
それでもセリーヌの心は引き止め、ストップをかける。心にヒヤリと水をかけるような感覚になる。
――転生前の、恋愛。呼び起こされて胸が少し痛む。
なんてことない恋だった。
激しく心を揺さぶられ、焦がれるような、運命的な恋に落ちたわけじゃない。平坦で、平凡な、凡庸なものだ。ただ彼は、こんな自分を受け入れ、好きでいてくれた。お互いといると落ち着けて、安心する。ただ別れてそんな時間を失った。恋をすればこれからもきっと、こんな事を繰り返すのだと思うと、嫌だと思った。
もう恋なんてしないなんて、言うつもりはないけれど、それでもしばらくはいいかなと思ってしまった。
そんな思いが根本にあるからこそ、好意は簡単には受け入れられなかった。破滅などという、前に。
そもそもこれは本当の好意ではない。きっと幼い頃からの付き合いの婚約者に情が移って、大事にしてやろうという誠意がなすものだ。彼は優しい人だから。しかしどっちみち彼もヒロインを好きになって恋に落ちるのだ。こうして考えるのも無駄な事だ。ハッピーエンドは、ヒロインとヒーローにだけあるものなのだから。自分は主人公にはなれない。
王子に連れられるように式場へ向かうセリーヌは心の内で、そう嘲った。




