きっと思い出になる
王子の手が繋ぐのはセリーヌの手。セリーヌのその反対の手には彼女が握りしめるアルモンドの右手。
何故か三人がセリーヌを挟む形で手を繋いで街を歩いているという奇妙な図が生まれた。ただアルモンドは離せと手を引き抜こうとしていたのだが、セリーヌがそれを離さなかった。三人子供ではあるが、手を繋いで仲良く歩くのが似合うくらい幼いというほどでもないので、非常に恥ずかしい。道行く人は彼らを見て、仲がいいのねとニコニコとしていた。それでも離せない理由は全て王子にある。
「セリアと来ようと思って、さっき予約しておいたんだ」
そう言って仲良く三人手を繋ぎ連れて来られたのは、メインストリートの中でもなんだかとても立派な建物。天井には美しいシャンデリア、床は歩きやすいカーペットが敷いてあり、柱一本にも彫刻がされていて厳かな造りだ。中に入るとすぐに恭しく店の人に案内され、二階のテラス席へ案内される。そこからはストリートがよく見えて、絶好のロケーションだ。
「ここは僕も贔屓にしてる店の系列でね。王族も来ることがあるんだ」
御用達ということか。店の人の身のこなしもただの店員とは思えない所作だった。道理で格式高いわけだ。
だからこそ堅苦しくて落ち着かない。なんだかそわそわしてしまう。
というより場違いなのではないだろうか。アルモンドはともかくとして、今セリーヌとアンドリュー王子は完全に庶民の装いだ。ドレスコードとか大丈夫なのだろうか。ああ、王子だからいいのか。
そうこうしているうちにアフタヌーンティのセットが運ばれてくる。香り高きこの紅茶の茶葉もきっと一等品なんだろうなぁと思いながら、震えないように口をつける。うん、すごく美味しい。
無理やりつれてこられたアルモンドは、完全に気後れしていたかと思いきや、ここぞとばかりにティーポットやカップ、店の装飾品などを見ている。ああ、勉強になると商人魂的に火がついたのか。巻き込まれたのならといっそ振り切ったんだろう。
しかしこれならもう少し街の生活を見たかった。せっかくこんな格好で領地まで来たのに。セリーヌははあと隠れて息を吐く。
「セリア、こういうところ好きじゃないかなって思って」
そう微笑む王子に、セリーヌは曖昧な笑みを返す。セリーヌを思って用意してくれたのは申し訳ないが、生憎こんなに格式張っていると気疲れしてしまう。あまり顔色の晴れないセリーヌに、王子のやや曇った気がした。
「このお菓子も王族御用達ですか?」
「ああ、宮中で行われるお茶会でも出すお菓子を作っているパティシエが作るものだよ」
「へぇ」
アルモンドの問いかけに王子が答える。すると観察するようにまじまじと見つめていた。カヌレやフィナンシェ、マカロンは、どれも見た目はシンプルだがフォルムは美しく、その味は十分研究し追求しつくされている。流石だ。
その時、王子が店の者に呼ばれた。この店では王子の正体はバレている。そう言えば宮中ではよくお茶会が開かれていると言うし、何か相談事があるのだろうか。
「ごめんね。ちょっと席を外すよ」
そう言って王子は席を立った。テラスに残されたセリーヌとアルモンド。彼と二人になってやっとホッと疲れたように息をつくと、アルモンドは口を開いた。
「まあ、昔のお前だったらこういうゴージャスで王族の行くようなおしゃれな場所、めちゃくちゃ喜んでただろうな」
ぼそりとつぶやくアルモンドに、セリーヌは、王子の自身のイメージ像と差がある事に気づく。そうか、王子はまだ昔のセリーヌのイメージのままなのか。
「確かに……」
ぐうの音も出なかった。以前のセリーヌなら王室御用達と聞いて、来れたことに有頂天になって喜んでいた事だろう。彼は彼女を見ていて、理解し思っての行動だったのだろう。無理に取り決められた婚約者であるというのに、優しい人だ。
「なあ、逃げるのは諦めて、仲良くなるようにシフトチェンジすれば? 仲が良くなってれば何かあったって王子だって悪いようにはしないだろ」
アルモンドがそうセリーヌに向かって言う。セリーヌは視線を落とし熟考する。彼の提案は最良とも言える。王子との関係もうまくいけば、今の状態より気は楽になるだろうし、彼が仲の良い人にそんなに酷いことをするとは思えない。
それも一理あるんだけど……
「やっぱり無理……」
懸念事項が残っていると気になってしまう。
王子も別に悪い人じゃない。今日だって、セリーヌの為に考えて用意してくれた席だ。それに国の事をちゃんと見据えて理解しようという気持ちも、背負っていく責任も覚悟も持っている。でも、あの笑みの中には本音が全く見えない。だから――
「お前が向き合わないから、噛み合ってなくて。何か、可哀想に思えてくるんだよな」
アルモンドの言葉にセリーヌは少し心が痛んだ。それは、ちょっとはセリーヌも思っていた。このまま理由もわからず避けられる王子は一体どう思うだろうと。事実、彼は何一つ悪いこともしていない。セリーヌの独りよがりなだけだ。
――本音が見えないのは私も、か
少しくらい、本音を見せて向き合ってあげてもいいんではないか。セリーヌがずっと偽る気持ちよりも、打ち明けたほうが彼にとって誠実だ。
アルモンドは後ろへ背をもたれ、少し腹の立ちそうな顔だがじっとこちらを訴えかけるように見ている。
「――わかったわよ。わかってるわ」
口をとがらせ、少し不服そうになってしまったのは認める。まったく、この男は。本当に10歳なのか疑わしいくらい達観してる。
「ごめん、待たせたね」
そこへ王子が戻ってくる。
「もう大丈夫なんですか?」
「ああ。すっかり紅茶が冷めてしまったね。もう一杯いただく?」
そう問いかける彼に、セリーヌは顔を向けた。
「ねえ、アル様。私他に行きたい所があるのですが、付き合って頂いてもよろしいでしょうか?」
セリーヌが切り出す。それに、王子はどこへ向かうかは聞かず、笑顔で快く応じてくれた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
――そうしてセリーヌが先頭を切ってやってきたのは、多くの露店が立ち並ぶ海沿いの通り。そしてついてきた二人に向き直る。
「さっき食べたのは開きだったので、串焼きにしたお魚を食べたかったんですの」
串刺しにされ、炭火で焼かれる魚を前に笑顔を向けるセリーヌに男二人はまじかと予想外の選択に固まっていた。多分、アルモンドが想像していたのはもっと可愛らしい――アクセサリー屋さんだとか、アイスとかの出店だったんだろう。以前のセリーヌのイメージをぶち壊す為にも庶民的な感覚が好きと言うなら、それで良かったのかもしれない。でもごめんな、せっかく海辺に来たんだから海産物食べなくちゃ。
いっそ呆れられてもいい、むしろその方が万々歳だ。婚約破棄にもなるかもしれない。セリーヌはなんだか吹っ切れていた。
「おじさん、三匹頂戴」
「はいよー取ってきな」
しれっと露店のおじさんに三人分頼む。威勢のいいおじさんが笑ってお金を受け取った。並んで刺してある串を一本取る。そして横にして、魚を背びれの方からまるまるかぶりつく。これが焼き魚の一番美味しい食べ方だ。
一方ギョッとする訳でもなく、アルモンドは呆れていた。公爵家の令嬢のする事じゃない。わかっているそんなこと。騎士たちと遠くで見守るレオも手を顔に当てていた。
「アルモンドも食べなさいよ」
「お前なぁ」
「ほら」
もう一本串に刺さった魚を差し出すと、渋々受け取って、仕方ねえとアルモンドも同じようにかぶりつく。すると目を少し開いてうま、と声を漏らした。ほらね、言ったこっちゃない。
貴族がはしたなくも魚にかぶりつく。二人を見て止まっていた王子にも、セリーヌは笑顔で差し出した。
「アル様も是非。どうぞ。とても美味しいですよ」
王子はお忍びで視察しに城下に下りてきても、街のものを口にしたり手にする事はなかった。それはやはり王族であるからだった。何が入っているかわからないし、庶民の食べるものと貴族の食べるものは違う。そういう固定概念で。
本気で街や街の人、そしてその生活を知るには、やはり自分が体験しなくてはわからない。王族だとそこの所はやはり難しいのかもしれないけれど。
彼女が勧めるが、それでも躊躇いを見せる王子に、セリーヌは微笑む。
「――今日は、『王子』じゃないんですから」
一瞬目を見張って彼は彼女を見つめた。そう、ここには誰も彼の正体なんて知らない。今はただの子供達なのだから。
そう言われて、アンドリューはセリーヌから魚を受け取った。じっと見つめて、はむと口にする。騎士が慌てたような様子も見えた。しかし王子は、眉を垂れ、頬を緩めた。
「……美味しいな。こんな食べ方もあるのか」
ただ、塩だけで味付けられた魚。それだけなのに、何よりも美味しい。
そしてもう一口、ふた口。今度はもう躊躇いはなかった。その様子にセリーヌも頬を緩める。
「でしょう? 庶民の食べ物も捨てたものじゃないでしょう」
腕利きのシェフが作る料理はもちろん美味しい。しかし、大衆の料理はまた違う美味しさがある。セリーヌは自分が作ったわけではないのに、誇らしくなった。
それから三人で食べ歩きをした。飴細工で動物を作る露店で足を止め、目を奪われたり、匂いにつられてパンケーキの露店で買ったり。王子にとっては、どれも初めての経験だっただろう。立食パーティーならまだしも、立つだけでなく歩いて、ましてそれを道の上で食べるだなんて、マナー的に貴族には考えられない事だろう。でもひどく楽しかった。途中で遠くで騎士たちにまぎれていたレオも引っ張って仲間に入れて回った。苦言を言われたり、なんだかんだ言いながら、四人でわいわい話しながら食べるのも悪くない。そう、心から思った。
「――来れてよかった。ありがとう」
「こちらこそ、私のわがままに付き合ってくださりありがとうございました」
すっかり日は傾き、暗くなりかけて散々街の中を回った頃、お別れの時間となった。アルモンドは一足先にもう父と共に自分の屋敷へと帰っていった後で、残ったのはセリーヌとアンドリュー王子二人だけ。礼を言う王子に、セリーヌは頭を下げた。
「いや、城下の人々がこうして暮らしているんだって、改めて知る事ができた。……何度も来ているのに、知らない事が、まだまだ沢山あったんだ。お礼を言うのは、僕だ」
そういった彼にセリーヌはふるふると首を振って微笑む。王子はすっと、柔らかい瞳でセリーヌを見た。
「今日はセリアの新たな一面がいっぱい見れた気がするよ」
そうくしゃりと笑った彼は、今までまた見たことのないような笑顔を浮かべていた。素で出ているような、自然な笑み。
こんな笑い方もできるのね
なんだか少し、親近感が湧いた。今までどこか作られたような、遠い笑みを浮かべていたから。
この世界の人たちは幼いのに大人びた表情をしているから、ちゃんと年相応の顔もできるのだと見てわかると安心する。
胸が、暖かくなった。それでいて、少し胸がキュッとする。
「また、お会いしましょう。アル様」
そう言ったセリーヌに、王子はまた一瞬小さく驚いたように目を見開くが、いっそうくしゃりと顔を歪ませて幸せそうに笑んだ。




