Wエンカウント
どうしてこんな所に王子がいるのか
ここはランヴァート家の統治する領地だ。本来なら出会うはずもなかったのに。
ローブを被ってもその麗しい顔は隠しきれず、笑顔がキラキラと輝いている彼の姿に、セリーヌの顔が引きつる。
「で、でん――アンドリュー様はどうしてここへ……?」
内心激しく戸惑いながら王子へ問いかける。彼はにこやかに笑って答えてくれた。
「国民がどう暮らしているのか、問題はないか確認するために、こうしてお忍びで国の様々な領地を見て回ってるんだ」
なるほど。公務ではないにしろ国を統治する者として、実際に見たり聞いたりすることも大事な仕事だ。まだ10歳と幼いながらにもきちんと王族としての責務を果たしているなんて、王子は大変だ。セリーヌは感心する。
「でもまさかセリアに会えるとは思わなかったな。今日ランヴァート公爵領に来てよかったよ。もしかして僕らは運命で結ばれているのかな」
こっちもまさか王子に会うとは思わなかったです
セリーヌは乾いた笑みを貼り付ける。そんなクサいセリフをサラリと言えてしまうところ、やはり王子様はすごい。しかもそのセリフが浮く事なくセリフと顔面があっている。
「セリアは――従者と二人で買い物に来たのかな?」
ちらりと隣にいるレオを見てから問いかけてくる。
「いえ、私も領地を見に……お恥ずかしながら、自分の家の領地がどんな場所なのかきちんと見たことがなかったので……」
「偉いね。自分の足で見に来るなんて。ランヴァート領は僕から見ても本当にいい領地だから、色々見ていくといいと思うよ」
そう微笑むと、王子はローブを深く被り直した。
「このまま僕がローブをつけたまま一緒にいると目立ってしまうから、この辺で別れるね。あと少しだけ見て回りたいところがあるんだ」
よかった。このまま一緒に回ろうなんて言われたらどうしようかと思ったが、そうほっとしたところに王子は続ける。
「変装できるように用意できたらまた合流するね」
「え」
固まるセリーヌを置いてまたねと颯爽と去っていく王子。止める隙などなかった。もう極力関わりなくはないのに。一難去ってまた一難。残された彼女は肩を落とした。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「――大丈夫ですか?」
「ごめん。大丈夫よ」
レオのおすすめのお店に連れてきてもらってはまぐりとアジなどの磯焼きを買い、その他に異国のフルーツを使ったジュース屋さんで飲み物を買って近くにあったテントの下にある飲食スペースにやってきていたのだが、先程の予期しなかった王子との遭遇に少々ぐったりとしていた。心配そうなレオがセリーヌへ覗き込みとんでもない事を聞いてきた。
「セリーヌ様は殿下がお嫌いなのですか?」
「ぶっ⁉……」
思わず飲んでいたフルーツジュースを噴き出す。それを見て慌てて大丈夫ですかと背中を擦るレオ。
「ごほっごっ……だいっ……大丈夫……」
むせながらもなんとか呼吸を整えてレオに向き直る。
「嫌い……というわけではないんだけど、どちらかと言えば苦手というか……できれば婚約破棄したくて……」
「婚約破棄をしたいんですか」
レオが信じられないといった顔をした。それはそうだろう。元々この婚約はセリーヌから言い出して取り付けてもらったものだと言うのは彼も知っている。それなのに婚約を破棄したいだなんて、何を言っているんだと思っているんだろう。それに王子の婚約者という事は未来の王妃、この国の女性のトップになるということだ。公爵家にとっても彼女にとってもこれ以上の名誉はない。しかしそれが没落や命に関わってなければの話。
「でも内緒にしておいてね。お父様やお母様に知られたりするとまた厄介だから」
公的な婚約発表もこの間してしまった。そうなるともう簡単には覆せない。破棄するには、王子から直々に進言してもらわなければならないが、今のところ何故か婚約破棄する様子は一切ない。どうしようかなぁと頭を抱える。
「……セリーヌ様の意思はわかりました。もし、この先俺が役に立てることがあれば仰ってください」
「――ありがとう」
そう心強く言ってくれたレオにセリーヌは苦笑する。
「まあここでうだうだしていてもあれなので、もう少し街の方を見てみますか? 大通りには色々なお店が沢山ありますよ」
レオの提案に乗り、そうねそうしましょうとセリーヌは席を立った。そもそも王子とはどこで会うかも約束してないし、もしかしたら再会せずに帰れるかもしれない。そう前向きに考え、セリーヌ達は店を出た。
メインストリートに出ると、また雰囲気は変わり、おしゃれな西洋風な街並みが立ち並んだ。露店は出ておらず、ブティックやレストランが建ち並んでいた。その一角のお店の前で、何やら見覚えのある顔を見つけてセリーヌはぱっと顔を明るくして声を上げ、駆け寄った。
「アルモンド!」
「げっ」
なんでこんなところに、とまるでセリーヌが王子に会った時と同じような反応を見せるアルモンド。ちょいと悲しい。
「うちの領地でどうしたの?」
「見てわからねえのか、ここはうちの商会の店だ。今日は仕事の父さんについてこさせてもらったんだ」
確かに目の前の店を見るとエダン商会の文字と家紋があった。しかもかなり立派で大きな店だ。
「うちの領地にもエダン商会の店があったのね……」
「ランヴァート公爵領は王都に次ぐ大都市で貿易拠点だからな。商会としてもここは外せない」
そう店を見上げながら話すアルモンドはエダンの名を継ぐ気概があった。本気で後継者を目指しているんだと思う。
「それよりその服……」
お前マジで着たのかと言う目で見てくる。
「ええ、しっかり活用させてもらってるわよ。ありがとう」
「――それはアルモンド様に用意してもらった物だったんですね」
きらりと静かに目を光らせたレオが横から口を開いた。父にも隠れて用意してもらった服だ。まずい、レオにアルモンドがロクな男じゃないと思わせてしまっただろうか。
「……今度からはそういった雑務は俺が用意しますんで、言ってくださいね」
「え、ええ……これが必要だった時はレオがいなかった時だし、今度からはそうするわ」
問題はそこか。思ったよりお咎めはなしか。よかった。
「せっかくだから見ていけば」
「え?」
「どうせお忍びで領地見に来たんだろ」
呆れたように言うアルモンドにはバレていた。流石、もう既にセリーヌの行動パターンが読めている。
エダン商会の店も直接見てみたかった事もあり、セリーヌは素直に頷いてアルモンドに続き店の中へと入った。
店には様々なものが並んでいた。食器や生活小物、石鹸などの生活消耗品なども取り揃えてあるが、逆に調度品なんかは置いていない。しかしどれもデザインは物珍しくお洒落で、世界各国から集められたセンスのいいものだった。
「基本ここは貴族相手の商売じゃないしな。価格を抑えたリーズナブルな品揃えになってる。貴族相手の物はこっち」
そう言って二階に上がろうとするが、セリーヌがそれを止めた。
「待って、ここの物が見たいわ」
セリーヌの目に止まったのは綺麗な緑色のペン。オーロラのようなキラキラとした輝きがあって、目を惹かれる。
「それ、書き味がすげーいいぞ。特別高い材料は使われてる訳じゃないけど、それが気に入って取り扱う事にしたんだ。試し書きしてもいいぞ」
「わっほんとだ……すごく滑らか」
「値段も意外とお値打ちなんですね」
レオの質問に、庶民向けだしなとアルモンドは笑う。
「緑を選ぶって事は義弟にか」
「ええ。今日置いてきちゃったし……これ買うわ」
「毎度あり」
ふっと笑うアルモンドに、この子はやはり商人に向いてるなぁと思うセリーヌだった。色でその相手を見抜くのもすごい。
リクスへのお土産を包んでもらって店を出ると、レオがセリーヌの前へ出た。何だと思って彼の後ろから覗くと、ものすごく既視感のある笑みににこりと笑いかけられた。
「セリア、おまたせ。会えたね」
「えっ……え?……」
王子だ。間違いないが、髪色は美しいブロンドから、ありきたりな街中によくいる茶髪へと変わっていた。黒縁の大きなメガネをかけてはいるが、その非常に整った顔立ちは何も隠せておらず、服装と髪色は庶民で間違いはないのに、それに浮くキラキラオーラは健在だ。
「変装してきたから、これなら街を歩けるよ。変かな?」
「いえ、変じゃありませんけど……」
「よかった」
一方アルモンドも彼の正体に気づいたようで、なんで王子が、という顔をしていた。対して王子はアルモンドを一瞥し、にこやかに笑う。
「やあ、アルモンド。またこんなに早く会えると思っていなかったよ」
「お、俺も、お会い出来ると思ってなかったです……」
おい聞いてないぞというアルモンドの視線はこの際無視。セリーヌだって予想外だったのだ。ここで王子に出会うのは。
「それじゃあもう従者はさがって大丈夫だよ。僕の騎士もついてるから、先に帰ってくれて」
「いえ、公爵様から公爵領にいる時はセリーヌ様について回れと仰せつかってますので」
「そ、そうですわ。レオは私の侍従で、警護も兼ねて常に共にしてますの」
下手するとレオが離れさせられてしまう。レオも王子が苦手だと言ったセリーヌに気を利かせてくれたんだろう。慌ててセリーヌも入ると、王子は妥協はしてくれたが、レオは騎士たちとともに後ろにつく事となった。
「そうだ、セリア。ここで本名を呼ばれるとまずいから、今日僕の事はアルって呼んでね」
そしてここでしれっと何の違和感なくぶっこんでくる。クソッ、回避したはずの愛称問題が。仕方無しに呼ばざるを得なくなったセリーヌは隠れて唇を噛む。
と、油断していると王子がセリーヌの手をとった。驚いて彼の顔を見ると「じゃあ行こうか」と嬉しそうに笑顔でその手を引こうとしている。
「じゃあ俺は仕事終わったから――」
「せっかくだからアルモンドも一緒に行きましょ!!」
これぞ好機と逃げようとしたアルモンドを掴まれていない方の手で掴む。一人逃げはさせないぞ。必死に縋りつくと彼の顔が思いっ切り歪む。どうせ行くなら道連れだ。引きつりながらアルモンドが王子へ問いかける。
「で、でも殿下――ア、ル、様は二人で回るんじゃ……いいんですか?」
「そうだね……――セリアが言うなら」
ニッコリと笑った王子に恐怖を覚えたのは、アルモンドの方だった。




