そうだ、領地へ行こう
評価、ブクマ等々本当にありがとうございます!
是非ぽちっと評価して頂けたら意欲につながるので嬉しいです(*^^)
「領地に行きたいのだけど、レオ、ついてきてくれる?」
「ええ、もちろんです」
なかなかに栄えていると噂の領地、ランヴァート家が統治する領地に関して話を聞いてから、一度自分の目で見ておきたかった。件の誕生会が終わって落ち着いた頃、セリーヌが侍従のレオに言うと従順に頷いてくれた。
領地に出向く事に関しては、レオを連れていけば他の護衛は良いという父の承諾を得ている。父からの信用は絶大なようだ。
「姉様、僕もついていきたい」
それを聞いたリクスがセリーヌへそう願い出た。彼が希望を言うのは珍しい。
「でもリクスは今日これから先生が来るでしょ?」
セリーヌの言葉を聞いてリクスが面白くない顔をする。サボってはいけないことはわかっているようだ。
「セリーヌ様はよろしいのですか?」
「ええ、マナーの先生が来るのは明日だから、今日はお休みよ」
「姉様、勉強はできるもんね」
リクスにじとっと見られ、苦笑する。この世界の貴族の学習水準は元の世界と同じ。よって今10歳のセリーヌに課せられるのは小学4年生くらいの問題。そんなもの楽勝に決まっている。転生前は理工学部の化学科を出たくらいだし、特に理系科目なんて大の得意だ。恐らく年齢が上がって学園に入学してからも学業については問題ないだろう。下手に魔法などの特殊設定のある世界じゃなくて良かったと常々思う。ただ、この世界の歴史については全て初見であるため、それだけは苦戦していた。やりこんでた乙女ゲームとかだったら設定資料とか読んで知ってたんだろうなぁなんて思いながら、一から勉強している。まあ、セリーヌが一番苦手だと思っているのはマナーの勉強なのだが。
そういうリクスもチートかと思うほど何でもそつなくこなしてしまう天才肌なので、勉強も同じように何年も上のものをやっていた。勉強する予定も多く組まれているし、セリーヌはもしかして学園は飛び級して同じ学年になるんじゃないかとも思っている。リクスは時期当主となるので、両親からそれなりに期待は高い。そのためセリーヌよりも課せられていることが多いし、それ以上に彼らに応えたいとも思っていて、余計真面目に取り組んでいるんだと思う。
「……今日じゃないとダメなの?」
リクスはじっとセリーヌを見た。相変わらず表情は読み取りにくいが、その瞳には少し不安が浮かんでいるようだった。セリーヌには前回男たちに捕まった苦い前科がある。リクスが心配し、懸念するのも理解はできる。
「せっかくやる事もない暇な日だしね。大丈夫よ、今回はレオがついてくれるから」
レオの武道の腕前は見た事はないが、何しろ父が認めているくらいだ。実力は十分あるのだろう。それを聞いたリクスはレオを睨むように見た。しかしその視線には気づかず、セリーヌはリクスへ語りかける。
「今日は残念だけど、先生が来るんだから仕方ないわ。また今度一緒に行きましょ」
まだ不満げな顔をしていたリクスだったが、今回は仕方ない。微笑んでそう宥める。姉の言葉を聞き、リクスは渋々自分の部屋へと戻っていった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
セリーヌは部屋に戻って、市井に行った時の服を引っ張り出す。それを見たレオが驚いた。
「よく手に入れましたね。こんな服」
「まあ、ちょっとね」
なんとなく入手経路は言い難くて適当にはぐらかす。そして訝しげな目で見てくるレオの視線を躱す。
「これでバレないし完璧でしょ」
「でもそもそもランヴァート家の領地ですし、セリーヌ様がいらしても問題ないのでは?」
確かに。身分を隠す事なく行ける場所ではあるが、ランヴァート家の令嬢が来たと下手に領民たちに畏まられてしまっても嫌だ。できればバレずに領地を散策したい。というわけで、気兼ねなく領地を見ることができるように今回も町娘に扮して行くことにする。
「レオ、貴方の服はある?」
「はい、大丈夫です。休みの日は街の方に出ていますから」
「そうね。領地に関しては貴方が一番詳しいものね。色々案内してね」
ランヴァート家の領地は、レオは15年間ずっと暮らしてきた街だ。生まれ育った故郷なのだから、領地については彼に聞くのが一番間違いない。彼は任せてくださいと頼もしく笑った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
私服に着替えたレオと共に屋敷を出て、王都とは反対方向の海側の領地へと向かった。今回は内緒で抜け出す訳ではないので公爵家の馬車を使えるのだが、せっかく町娘に扮したというのにこんな家紋の入ったバレバレの馬車で領地に入ったらすぐ目立って公爵家の人間だとバレてしまうため、街に入る前に馬車から降りることにした。
領地の中心地へ向かうと、すぐそこには大きな海が見える。港町という感じだ。大きな貿易港があり、思っていた以上に人の流れや貿易も盛ん。王都に引けを取らないくらい栄えている。海に近い通りには、焼き魚の置いてある露店が多く出ていた。しかしそれだけでなく、異国の食器やアクセサリーが並ぶ店もある。色々あって目移りしてしまう。
「ここはランヴァート家の領地ですが、豊富な資源のある海から取れる水産業はもちろん、諸外国からなど多くの貿易が盛んでここから他の街へ輸送したりしていて、この国の貿易の一大拠点となっているんです」
レオの説明に耳を傾けながら街を見回る。道行く人々も笑顔で溢れ、豊かそうだ。
「こんなに栄えていたのね……知らなかった」
「人も街も活気づいていてとても栄えた、いい領地ですよ」
セリーヌの言葉にレオが嬉しそうに、柔らかい笑みで答える。ふとこの街を見ていると、レオがどのようにして生まれ育ってきたのか気になった。
「レオはどんなふうに育ったの?」
何気なしに、セリーヌはレオに問いかけた。するとレオは表情を変えぬままさらりと言った。
「俺は赤ん坊の時に孤児院に捨てられていたんで、両親を知りません。小さい頃からずっと孤児院で過ごしてきました」
そうだ。レオは孤児院出身だった。それなのにどんなふうに育ったのかなどと聞くなんて。なんておおよそ予想がつくだろう。馬鹿なのか。
「そうだったのね……ごめんなさい」
申し訳なくてしゅんとしてしまうセリーヌに、別に気にすることはないとレオは明るく話してくれた。
「院長は優しかったし、この街もいい人ばっかりで不自由のない暮らしをしてましたよ。それに公爵様の支援のお陰で、こうして多少なりとも学は学べたし、したかった武道や剣術も習えて、そこそこには腕が立つようになりました」
「レオは……騎士になりたかったとお父様から聞いたわ。それなのに私の元について……連れてきてしまってごめんなさい」
そうなのだ。腕が立つと最初聞かれされていたレオだが、父から聞いた話だと剣術を習い始めるとそれなりに素質があり、どうやら本人も騎士を目指していたようだった。セリーヌは、彼の夢を絶ってしまった事になる。
「謝らないでくださいセリーヌ様。俺はここまで育てて面倒を見てくれた公爵様に恩返しがしたいんです。それに、今では貴女に仕えることも、光栄だと思っています。俺は、貴女の傍につけて、幸せです」
そう優しげな視線を送るレオのまるで告白のような言葉に、セリーヌは気恥ずかしさを覚える。そ、そう、と短く答えてレオから視線を外した。するとその視線の先に一つの露店が目に入った。その店に並んでいたものに目を引かれ、近づく。
その露店に並んでいたのは菊の花や折り鶴、ちりめん柄の飾りなどといった、セリーヌには馴染み深さや懐かしさを感じる和風なデザインの簪だった。この世界、と言うかこの国にはセリーヌが知る限り簪を付けたり使用したりする文化はない。
「これは……」
「それはね、東の方の国の物だよ。髪を束ねるのに使うんだ。東の物は遠いし珍しくてなかなか手に入らないんだけど、うちは取り扱ってるんだ。珍しいだろう?」
簪に目を奪われていると、そこの店主のおばさんが話しかけてくる。自身の髪につけている簪を見せて、使い方も教えてくれた。セリーヌは東の方には日本のような国があるのかと驚く。まあここが乙女ゲームの世界なら同じような国があって制作側的に影響を受けていてもおかしくはないかと納得した。
「そんな遠くの国のものなのに入手できるなんてすごいですね」
「何言ってるの。ここは国一番の貿易港がある街だよ! 世界中の物が集まってくる場所さ」
セリーヌの言葉にそうどこか誇らしげに話すおばさんに、彼女は嬉しくなった。ランヴァート家の領地は、きちんと領民に愛されているようだ。国一番、と豪語するおばさんに、セリーヌは笑顔がこぼれた。
「セリーヌ様、気に入った物があれば買っていきましょうか?」
レオが後ろからこそりと口添えする。せっかく転生前を思い出す懐かしい品に出会えたのだ。セリーヌはその中で自分に似合いそうな、赤色の小さな折り鶴のついた簪を選んだ。繋げられたビーズがゆらゆらと揺れて可愛らしいデザインだ。
「これをいただくわ」
「毎度あり! ありがとうねお嬢ちゃん」
おばさんと笑顔で別れたあと、買ったかんざしを見て、下ろしていた長い髪を簪で留めた。転生前に祭りで浴衣を着た時に簪をつける事もあり、留め方は慣れていた。鏡も見ずに髪を留めたその手際の良さに、レオも驚いていた。さっきおばさんの留めていたの見たからできたのよ、なんて言いながら、そう言えばあの時自分の持っていた簪もこんな風な赤い折り鶴のついたものだったななんて淡く思い出す。
「この鳥のようなものが可愛いですね」
レオはセリーヌの髪を留める、ゆらゆらと揺れる簪を見て言う。
「これは折り鶴っていうものよ。正方形の紙で折って作れるの。流石にこの大きさを折るのは難しいと思うけど……」
このニス塗りされ光沢のある強化された折り鶴は、とても小さなもので、これを折るのは中々手先が器用でないと難しい。思わず口に出して答えてしまったセリーヌに、レオがほうと驚き、感心するように言う。
「お詳しいんですね。東の国はうちの国とはあまり交流がなくて広く知られていないのに」
「ま、前に勉強で読んだ本に書いてあったのよ。東の国の文化も書かれていて」
顔色を変えぬよう誤魔化す。レオもなかなかに察しがよく鋭いので、迂闊に発言すると危ない。下手をすれば怪しまれる。気をつけなければ。
気を取り直して街を歩く。王都も美味しそうなB級グルメが沢山あったが、ここも引けを取らないくらい美味しそうなものが露店でたくさん出ている。やはり海産業が盛んであるという事から、まずは焼き魚や貝を食べたい。美味しそうな匂いに釣られながら、セリーヌはレオと仲良く話しながら横並びで歩く。いくら従者といえ、平民の格好で歩いているのに後ろに控えられてしまうと悪目立ちするから、今日は隣で兄や友人に見えるように歩いてくれと頼んだのだ。最初は難色を示したものの、しばらくするとこうして自然にしてくれた。上手くレオとも距離を縮められている気がする。
「レオのおすすめの食べ物はなに?」
「俺が好きだったのはこの先にある磯焼きです。セリーヌ様に俺一番のおすすめの出店を教えます」
「やった! 楽しみだわ」
流石この街を知り尽くしている。頼りになるお兄さんだわ。久々の楽しくて嬉しいと思える時間に思わずはしゃいできゃぴきゃぴしていると、こちらへかける声が聞こえた。
「あれ、セリアじゃないか」
その耳障りの良い聞き覚えのある声に、セリーヌは止まる。そしてその名は、家族と限られた者にしか呼ばれない愛称。
その声に振り返ると、声の主はローブを被り、その間から覗かせた顔はニコニコと微笑んでいた。その姿を見て完全に固まった。なぜ。こんな所にいるような人じゃないのに。セリーヌは戸惑いと疑問、そして今すぐ逃げ出したい感情に襲われていた。
なんでこんな所に、王子なんかがいるのよ――




