多分回避は不可能です
セリーヌの記念すべき10歳の誕生会、そして今回王子も来てくれると言う事で、ランヴァート家のシェフ達はいつも以上に腕をふるって張り切ってくれているのだが、正直味がしない。せっかくセリーヌの好物を沢山作ってくれたので、できる事ならもっと美味しく食べたかった。
そろりと卓上のメンツに目を移す。相変わらず読めぬ笑みを浮かべて、セリーヌと目が合うとにこにこと返す王子に、他の二人とは目も合わさず黙々と食べる表情の冷たいリクス。後ろに控え空気と化すレオ。そして引きつらせながらもなんとか表情を落ち着かせようとしているアルモンド。すでに地獄のような空気。どうするか。
王子にあまり声をかけたくないしリクスは基本自分からガツガツ話すタイプではないし、この中でセリーヌが話せるといったらアルモンドだが、ここで彼に話を振るのは流石にセリーヌでもしない。
王子はたとえ仮でも婚約者の余所見は許さない人だった。アルモンドとの仲を誤解されても厄介だ。嫉妬でもないのに何故こんなにも差し迫った恐怖を感じるのか。まるで自分の不貞を追い詰められている気分だ。全くそんなんじゃないのに。というか婚約者に不満があるなら別の人にしてくれて構わないのだが。今ならまだ傷は浅い。セリーヌも新たな縁談をこれからいくらでも探せる。いややっぱりここは早めに婚約解消してお互いにいい相手を見つけた方がいいんじゃないか。そんな風にセリーヌが思考を別の方へ飛ばしかけていた時、王子が口を開いた。
「そうだ、セリーヌへプレゼントを持ってきたんだけど、受け取ってくれるかな」
「まあ……! ありがとうございます」
「姉様、僕もあるよ」
「俺も用意してある」
にこやかにお礼を言うセリーヌに、リクスとアルモンドも続く。まさか弟のリクスまで用意してくれていたとは。いつしたんだろう? それにアルモンドもちゃんと律儀に用意してくれてたのねと感動する。
まずはアルモンドから渡すという事になり、彼の従者が渡して来た両手ほどの箱を受け取る。開けても? とアルモンドを見ると、「ああ」と返された。
「これは……ヘアブラシ?」
ラッピングを取り、木箱の中を開けると、動物の毛で作られたようなブラシが入っていた。柄の木材部分は美しく彫刻が施されている。それでいて緩やかなカーブがうまい具合に手にフィットして、とても使いやすそうだ。
王子の前で婚約者にアクセサリー類を渡すわけにはいかないと思ったのだろう。そしてセリーヌは気づく。
自分の店で作ってるものだわ。ちゃっかりしてる。
しかし、元は商家であるエダン伯爵家がやっているエダン商会のものはとても良い物を目利きして仕入れられており、どれも素晴らしいものだ。その品揃えは王国一とも言われる。だからセリーヌの家もエダン家を贔屓に取引を行っている。このヘアブラシも上質な馬の毛の一等品だ。素晴らしい。
「ありがとうアルモンド。大切に使うわ」
「お眼鏡にかかったようでよかった」
もう、返し方が素直じゃないんだからと思っていると、次はリクスが先程のアルモンドのより少し大きな箱をセリーヌに渡してくる。持つとずしりと重みを感じる。
「何度か練習したんだ。自信作だから」
「そう……なの?」
自信作、という事は手作りの何かか。一体なんだろう。どきどきしながら箱を開くと、なんだかすごい装飾のされたケーキが入っていた。思わず固まってしまいリクスを見る。
「これ、本当にリクスが……?」
「うん」
もう一度ケーキを見る。美しく装飾が施されたそれはもう職人技。ケーキの側面は複雑な組み合わせで波打ったクリームで飾られていた。上に乗っているフルーツは可愛らしくお花の形にカッティングされてお花畑のようになっていて、その真ん中には飴細工と砂糖菓子で出来たドレスを着た女の子が立っている。もしかしてセリーヌを模して作ってくれたのだろうか。作り出すのが大変そうなセリーヌの繊細な紫がかったアッシュグレーの髪の色合いも完全に再現されていて見事だ。こんなものいつの間に習得したんだろう。この細かいフルーツカッティングとかドレスのレースとかどうやって表現したの? このクリームとかどうなってるんだ? ていうかリクスのポテンシャル、えげつなくないか。
「すごい……すごいわリクス。食べるのがもったいないくらい」
「本当に……すごいね」
王子もケーキを見て驚き、ほぅ……と感嘆の息を吐く。アルモンドにいたっては凄すぎてもう声が出ないようだった。どう見ても8歳の子供が作れるようなものじゃない。マジか、と顔に書いてあるようだった。
「せっかく作ったんだからちゃんと食べてよね。味も保証するから」
「そうね、最後にみんなで食べましょう! ありがとうね、リクス」
わざわざセリーヌのために練習して作ってくれたのだ。リクスの思いに感動して笑顔でお礼を言うと、彼は満足そうに笑みを浮かべる。
「最後は僕だね」
使用人に合図をすると、王子付きの従者が手に乗るサイズの小箱を持ってきて、王子へと渡す。
「セリーヌ。遅れてしまったけど、お誕生日おめでとう」
「ありがとうございます」
改ってそう微笑まれ、セリーヌは少し照れくさくなる。
「開けてみて」
丁寧にリボンのかけられた小箱を受け取ると、セリーヌは言われた通りそっと解く。そして箱を開けると、そこにあったものに目を奪われた。
王子がくれたのは、蝶をモチーフにしたブローチだった。羽はセリーヌの瞳の色と同じ、美しいアメジストなどの宝石が散りばめられている。そして蝶の頭の部分には、前回の夜会で付けたときのアクセサリーと同じ様な、王子の瞳の色と同じ宝石が埋め込まれていた。どれもキラキラと反射し、同じ色でも各々奥深い魅力を魅せている。
「わっ……! 綺麗……」
思わず声が漏れる。アルモンドも目を見開いて凝視している。この眩い輝きを放つブローチを商人の目線から見てるのだろう。リクスは一方少し気に入らなさそうに王子を見る。
もっとよく見ようと、セリーヌは箱からそっと取り出してみる。
「あれっ?……」
セリーヌは何かに気づく。そう、ブローチを取り出してみると、一部にリングが取り付けられていた。それは丁度蝶の頭の部分で、美しく深く輝くサファイヤについている。どうやらこの部分だけ取り外しができ、サファイヤのみの指輪になるらしい。それに気づいたとき、王子が発した。
「婚約したのに、指輪も渡せていなかっただろう? だから段階を踏むためにもちゃんと渡したかったんだ。もちろん、これは誕生日として。きちんとしたのはまた別の機会に渡すよ」
まだ少し大きいだろうけど、今はブローチとしてならつけていられるだろう?
そう話す王子。すごい、そこまで考えてきたのか。というか指輪。王子、バリバリ外堀を埋めにきてるんじゃ――
気づいて笑顔にひくひくと頬を引きつらすセリーヌ。王子はとても満足そうに笑みを浮かべている。
「あ……ありがとうございます、殿下。こんな高価なもの……大切にさせていただきますわ」
ニヤニヤ見てくるアルモンドに睨みをきかせた。その顔はやめろ。挙げ句の果てに彼はこうもにっこり笑い、王子へおだてる。
「流石殿下は、セリーヌ嬢に似合うものがわかっておいでですね」
「そうだと嬉しいんだけど」
王子が笑う。
「彼女は以前は派手で美しいものを選びがちでしたが、この上品な美しさはよりいっそう魅力を引き立てるかと」
「あら、それは嫌味かしら? アルモンド」
「まさか」
今度はセリーヌとアルモンドがお互い笑顔でバチバチと視線で物言わせている。
「二人は本当に仲が良いみたいだね」
王子の言葉にアルモンドがひっと固まる。そんなに固くならなくていいんじゃないかってくらい。しかしその彼の纏う空気にセリーヌもぎこちなく王子を向く。
「で、殿下。そんな事はないですわ」
「そうかな? 少し話してるのを見ただけでも随分気が知れた仲のようにみえたから」
「それは俺が伯爵家なので気楽に話しやすいからだと思いますよ。深い意味はないです」
それにしては姉様に遠慮のない口の聞き方してるけどな、というリクスの顔にアルモンドが気づいて口を閉じる。
「そうですわ。それに伯爵家とは長く付き合いがあって、殿下のご心配のような事は――」
王子はそういう体裁に厳しい方なのだから誤解は避けたい。慌てて取り繕うセリーヌに王子が声をかける。
「セリア、呼び方が違うだろう?」
「あ……アンドリュー様」
うん、と甘く優しい笑みをセリーヌへ向ける王子。指摘されて口に出したが、予想外に甘さを乗せられて戸惑う。それに、ここで愛称。
うわあ、と思わず声を漏らすアルモンドの声を拾う。おい、そこは抑えろ。私も思うけど。
なんだか突然こっ恥ずかしくなるセリーヌが頬に若干熱を感じながらあわあわと口を開く。
「あの、だからですね、別に――」
「わかったよ。やましい事はないということだろう?」
理解してくれた王子にこくこくと頷く。彼はとても満足そうに笑っており、セリーヌを見つめる瞳は甘く優しい。前回の夜会の時もだったけれど、突然彼の機嫌が良くなるきっかけがわからない。一体何が彼のお気に召したのだろうか。
「姉様、そろそろ僕のケーキ食べましょう」
王子が醸す甘い空気に飲み込まれそうなそんな空気に、少々冷たい声でリクスが口を開く。こっちは不機嫌そうな顔で、少し怒っているようにも見える。しかし助かった、とセリーヌは思う。
「そっそうね! せっかくリクスが作ってくれたし、食べましょうか!」
リクスのケーキでなんとか元の空気を取り戻し、気を取り直して誕生会を続行したのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「じゃあ僕は行くね。招待してくれてありがとう。一緒にお祝いできて良かったよ」
「いえ、こちらこそお越しくださりありがとうございました」
笑顔で王子を見送ると、どっと疲れが出て肩が落ちる。
セリーヌの10歳を祝うパーティーは無事にお開きとなった。王族専用の馬車に乗り込む王子を見送り、息を吐く。すると同じく王子を見送ったアルモンドがこちらを見つめた。
「じゃ、俺も帰るわ」
「貴方がいてくれて助かったわ。ありがとう。迷惑かけたわね」
「ホントにな」
一言も気遣いの言葉なくジットリと見つめるアルモンドに申し訳なくて苦笑しかできない。その言葉が刺さる。
「ごめんて」
「まあもう諦めてたけどな。お前に関わった時点で巻き込まれるって」
呆れたようにそう口にするアルモンド。でもその言葉に優しさを感じて、セリーヌは彼を見るが、彼が遠い目をしたように察しているのを見て、本当に申し訳なくなってきた。うん、ごめん……でもいてくれて本当に心強かったよ。何だかんだ面倒を見てくれるアルモンドに好感しかない。
「んで、まだ婚約破棄はしようと思ってるわけ?」
「……当たり前よ」
だって王子との婚約は一番の死亡フラグだ。彼と関わる事はセリーヌにとって死に一番近い。これからも諦めるつもりはない。
用意できた馬車に乗り込もうとするアルモンドがそうだ、とセリーヌに口を開く。
「王子、お前のこと手放す気はないわ。諦めろ」
「はぁ!? 何言ってんのふざけないでよ!」
どうして! これまでずっと信じてたのに! ずっと味方でいてくれると思ってたのに!!
裏切られたような気持ちになり、思わず掴みかかりそうになってしまうセリーヌにアルモンドが言う。
「だってあの瞳と表情見たら、決まりだろ」
「何がよ」
「……別に」
さっと馬車へ乗り込み、去っていってしまう。なんだ、今日の当てつけか? 嫌がらせなのか? 残されたセリーヌは一人ぽつりと遠くなっていく馬車を見つめ、「……何なのよ!」と叫びたくなる感情をこらえた。




