侍従のフラグは回避しました
『僕だけを見ていて』
どうしてそんなことを言ったのだろうか
セリーヌは夜会で王子に言われた事に頭を悩ませていた。王子の婚約者であるのに他の男にうつつを抜かすようなのはどうかという話なのだろうか。確かに、婚約者がいる身ではそういう相手に対する誠実さは大切だとセリーヌも思うが、彼に言われるようなそんな事をしていただろうか。確かに、あの時レフランには見惚れてしまっていたけれども。でもそれだけだ。王子はその先を見て、セリーヌが本気でレフランに惚れてしまうとでも思ったのだろうか。自分に気持ちはないにしろ、やはり仮にも自身の婚約者であるため、そういう誤解を招くような真似や、他の男に気があるような姿はしてほしくないという事だろうか。下手に噂が回ってしまっても王子の評判も悪くなる。まして王子なら、皆に見られ、注目されるような存在である。彼が厳しく言うのもそれはそうかとセリーヌは納得した。
夜会も無事に終え、部屋であの日の出来事を考えていた時、セリーヌは朝から父に呼び出された。父の元へ向かうと、その隣には見知らぬ少年が立っている。彼は誰だと疑問に思っていると、父はそこで聞いてもいなかった突拍子もない事を言い出した。
「今日から彼がお前の侍従だ」
父から紹介され、促された少年が口を開く。
「レオです。はじめまして、お嬢様」
父がセリーヌに侍従を連れてきた。突然過ぎて戸惑うが、これは恐らくもうセリーヌに勝手に街へ出るなと言ってもどうせ聞かないだろうと諦めた父が、絞りに絞って考えた策だ。あの時は本当に散々怒られたもんなとセリーヌは思い出す。あれから常に目をつけられていて、行動にもかなり制限をかけられた。過保護に拍車がかけられた感じだ。
聞くところによると、うちの領地は王都とは反対側にある、海沿いの海産業や貿易が盛んな結構栄えた街になっているらしい。と言うか、領地がそんなに栄えているのならわざわざ危ない王都の方には行かなかったのだが、元のセリーヌが全く興味を持たず、公爵家の事を知らなかったのだからしかたない。ランヴァート家の領地では、子供が学ぶ事ができるような寺小屋のような所があり、幼い子でも文字の読み書きを普通にでき、知識を習得することができるようになっており、うちの領地にいる子供たちの学習水準は他に比べかなり高いらしい。また父は孤児院にもよく顔を出し、手厚く面倒を見ていた。その領地内にある孤児院から、腕がたち、信頼できる優秀な者を選んで、セリーヌの侍従として、また出かける時は護衛代わりになるようにと連れてきたとのこと。彼は歳は15で、どっちみち孤児院を出てどこかへ働きにつかなくてはならない状況だったらしい。
と言うか初めて家の領地の話を聞き、父はすごくいい領主なのだなと尊敬した。もう少し早く興味を持って勉強しとくべきだった。
セリーヌは彼をじっと見る。色素の薄いグレーの瞳、光に透けて輝いて見える銀髪。そして彼は非常に整った顔立ちだった。この時、突然連れて来られた侍従への戸惑いよりも、セリーヌは安堵と同時に歓喜をしていた。
あああ手遅れになる前でよかったぁぁああああ‼
間違いなくこの護衛も破滅フラグ要因の一因になっていたに違いない。転生前なら付き合わされる我儘と恐らく毎日のように吐かれる暴言とその傲慢さにほとほと疲れ、セリーヌは嫌われていた。彼は連れてこられたのが不本意なのか、少々愛想のない硬い表情をしているが、それくらい問題ない。だが今のセリーヌなら仲良く距離感を掴んで上手くやっていける。心の中で両手を上げて喜ぶセリーヌ。
「レオ、セリーヌよ。よろしくね!」
「……よろしくお願いいたします」
手を差し出したセリーヌに、一瞬驚いたように目を見開いたが、彼は素直に握手に応じた。しかしその姿を見て、呼び出された時にセリーヌに一緒についてきて今まで一緒にいたリクスが口を開いた。
「父様、姉様には侍女のアンがいますし、侍従は必要ないのでは。護衛なら僕がやります」
リクスがこんなふうに父に意見するのは珍しい。
それにしても護衛を自分がやるとはどうか。確かに最近剣の稽古も始めて、天才肌の彼はそれもめきめき上達させているようだが、流石にまだ護衛とまでは無理がある。
「リクス、お前も公爵家の人間だ。護衛をする方ではなく、守られる身分なんだぞ」
父もリクスにそう諭す。
「それにまだ7歳だろう。護衛なんて言うが、大人数人で来られたら、到底太刀打ちできるものじゃない。自分の身もまだ十分に守れないような者が何を言う」
父に言われ、リクスはぐうと口をつぐむ。彼にとってその言葉は酷く刺さったようだ。その顔に苦味が滲んだ。そこでセリーヌが口添えする。
「お父様の言うとおりよ。確かにアンもいるし他の侍女もいるけど――男の手が必要な事もあるし。でもその言葉は嬉しいわ。ありがとうリクス」
リクスにそう微笑み、頭を撫でるとまだ何か言いたげな彼はセリーヌをじっと見つめたが、口には出さなかった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
そうして新しく侍従となったレオを連れ、自室へ戻る。レオは何も言わず、セリーヌの後ろを大人しくついてきた。
乙女ゲームのシナリオであると信じ込んでいるが故、あまりにも起きる出来事への適応能力が高すぎているなと、これまでもそうだが、内心流石にセリーヌ自身も思った。突然連れてきた侍従をそのまま受け入れるなんてきっと向こうも驚いてるはずだ。なんならリクスだって驚いて、別れるまで懐疑的な目でレオを見ていた。まあ義弟とこの新しい侍従を打ち解けさせるのは追々にして、セリーヌは今考えている事を素直に彼に伝えた。
「面倒な私の雑事をさせるつもりはないわ。貴方にとっては不本意だったかもしれないけど、ここにいる限りは不自由はしないし、公爵家に仕えている身分だって保証される。貴方には悪い話じゃない。できれば、私とも仲良くしてほしいの。これからうまくやっていけたら嬉しいわ」
そう言って微笑むセリーヌの話に驚いたようだ。レオは虚を突かれたような顔をしていた。考えれば10歳の公爵家のご令嬢が言うような事じゃなかっただろう。でもこれできっと、セリーヌを好かずとも嫌いにまではならないはずだ。そう思っていたのに彼から発された言葉は想定外のものだった。
「お嬢様は、卑しい身分と思わないのですか」
レオの言葉に驚いて彼を見る。随分失礼な質問だ。しかしセリーヌは察する。そうか、彼は孤児院出身だから気にしているのだろう。それに、領民からもセリーヌについていい噂も聞いてないだろうなあと半ば呆れ悲しさも覚えながらセリーヌは口にする。
「お父様は貴方を卑しい身分だと言ったの?」
「いいえ」
その言葉に真っ直ぐ否定する。そうだ、父は領地内に孤児院を設立し、そこに積極的に支援をし、自らも足を運んでいる。身分の垣根を越えて交流している人だ。とても人としてできた人格者であり領民にも好かれている人徳者らしい。今日知ったけど。
「お父様は貴方たちを身分ではなく、貴方たちとして見てる。それにお父様が優秀だと認めたから、貴方がここへ連れて来られたんでしょう? 私も貴方を身分や出身ではなく、その人柄や能力で判断するわ」
そうかっこよくキメて言うが、セリーヌはその後付け足す。
「と言うけど、貴方にとてつもない何かの功績なんかを求めているわけじゃないの。それこそ私が街に行きたいときに付き添ってくれたり、話し相手になってくれたりするだけでいいのよ」
少し噂の公爵令嬢としてはらしくない提案だったか。苦笑するセリーヌに、それでも満足する返答が得られたのか、レオはここで初めて笑った。そして、彼はセリーヌに跪いた。
「誠心誠意、尽くさせていただきます。お嬢様」
「え、え、ちょっと! そんな畏まらなくていいんだって!」
「ランヴァート公爵にはこれまで沢山支援して頂き、面倒を見ていただき、ここまで育てていただいた恩義があります。お嬢様にしっかりと仕え、その恩をお返ししたいのです」
何でそうなるの?! やめて。こっちがかまえちゃうから、畏まっちゃうから!!
今ならアンドリュー王子がいつも言うことがわかるかもしれない。下手に畏まられると接しにくい。
父がこれまでしてきた事により、既にレオのランヴァート家に対する忠誠心はかなり高く根深いようだ。従順過ぎるとも言える、主人とのあまりの線引きの姿に焦ってしまう。そうではないのだ。こんなに堅苦しい主従関係ではなく、普通に気楽な、こう和気あいあいとした、良い関係を築きたいだけなのに。
「何なりとお申し付け下さい。お嬢様」
「じゃ、じゃあ――セリーヌって呼んで!」
混乱しながらもなんとか絞り出してやけっぱちになって命令する。だって、お嬢様ってちょっと遠いじゃないか。壁があるように感じるじゃないか。こっちはそんなに畏まられたくないのだ。そもそもレオは元々貴族社会にいなかった、庶民だ。それなのにいきなり貴族社会に押し込まれ、貴族の相手をするのは容易ではないはずだ。慣れないことで気疲れだってかなりするだろう。せめてセリーヌの前では少しでも肩の力を抜いてほしい。そしたらこっちもこっちで楽だし。レオはそのお願いが意外すぎたのか、目を丸くしたあと、くしゃりと温かく微笑んだ。
「かしこまりました。――セリーヌ様」
その顔に、年相応の普通の少年らしさが覗けたようで、セリーヌは少しほっとした。




