嫉妬、そして気づき。 ―Side アンドリュー―
夜会当日。念入りな打ち合わせをしてドレスアップされた彼女は、とても可愛らしく、そして美しかった。胸元に青く光るサファイアは、僕のブローチとも同じもの。そして僕の瞳の色と合わせて頼んだものだった。案の定、会場に入るとおおというざわめきの声が聞こえた。皆が一度、セリーヌに目を奪われていた。
その後一通り必要な人には挨拶を回り、疲れただろうセリーヌのためにドリンクを取って休もうと考えていた時、僕達を見つけ、やって来たライアンと目が合い、目配せした彼は彼女の方へと声をかけた。そこで友人と彼女をそれぞれに紹介する事ができた。ライアンと別れたあと、セリーヌに僕らの姿を見て「本当に仲がよろしそうですね」と言われて嬉しくなったが、あの短い間で彼女にバレてしまった事に少し恥ずかしさも感じた。案外彼女はよく見ているようだ。
今度こそドリンクを取りに向かうと、セリーヌがある人に目を向け、あっと気づいたように小さく声を上げた。その声に続けてその人物を見る。
あれは確か父親が財務長官をしていたレフラン・ヴィアスだ。こちらを振り向いた彼も彼女を見て、おやという顔をした。二人が知っているようだったので、声をかける。
「やあ、レフラン。久しぶりだね。こちら僕の婚約者のセリーヌ」
「こんにちは。セリーヌ・ランヴァートです」
彼女が挨拶をすると、レフランがほうと目を見開いて、納得したように挨拶を返す。どうやら知り合いではなかったらしい。
「さっきセリーヌが君の顔を見て、知っていたようだったけど、二人は知り合いだったのかな?」
「はい、さっき廊下でハンカチを落とした時に拾っていただいたんです。先程はありがとうございました」
なるほど、そうだったのか。納得していると、セリーヌが続けてお礼を言い、受けた彼は恭しく礼をする。
「いいえ、こちらこそ。お嬢様のお役に立てて良かったです」
そうレフランがセリーヌへ微笑むと、彼女がぽっと顔を赤く染めた。そして見惚れるように彼に目線を送る。その姿を見て、驚いた。それはこれまで好意を寄せていた彼女が自分に向けていたものとは違うが、間違いなく今の自分には見せてくれない表情だった。そして愕然とした。
あんな表情、見せたことがない。
確かに彼も、非常に整った顔立ちをしている。紳士的で、物腰柔らかい。しかしあれくらい、僕だっていつもしているじゃないか。それにあんな年上が好みなのか。彼女とは10歳以上も違うじゃないか。
頬を染める彼女を見て、イライラとしたものが胸の中から込み上げてくる。突然湧き上がった感情に戸惑いを覚えた。
「レフラン」
遮って彼女の意識を逸らす。しかし彼に可愛い令嬢と言われ、彼女は更に照れたようにへにゃりと嬉しそうに笑う。それも酷く気に障り、僕は断りを入れてそそくさとセリーヌを連れてその場を去った。
彼女をあの男から離したかった。無性に気に入らない。焦燥感にも駆られるような感情に近く、あの表情を思い出すとイライラが募る。そのまま無言で彼女を連れ出した。そうしているうちにダンスが始まったので、セリーヌをフロアへと連れ出し、周りに合わせて踊り始める。どうしようもない行き場のない感情に振り回されていると、セリーヌが少し戸惑いがちに、どうしたのかと声をかけてきた。彼女のピンクグレーの瞳が心配そうに揺れながら僕を見つめる。胸がきゅっと締まるような感覚になった。そんな彼女を見て、僕は口を開いていた。
「僕だけを見てほしい」
――何であんな事言ったんだ
夜会から帰った次の日、僕は自分の部屋の机につきながら、昨日の出来事を思い出していた。あの時思わず出た言葉。一人になると少し気恥ずかしくて頭を抱えたくなる。でも、あの時すっと言葉が先に出た。あの目に他の男を映さないでいてほしい。それは酷く自分勝手で、束縛的な思考だとわかっていた。
しかしそれだけでなく、あの時まだ彼女は「でもいつか婚約破棄になるかもしれない」と言った。だから余計に心が締め付けられる。なぜそうなるのか。どうしてそんな事を言うのかわからなかった。その言葉に、胸が苦しくなった。
「そんな事にはならないよ」
思ったよりも強い口調で言葉が出た。自分でも感情が表にあふれてしまっているのに驚く。でも今はそれを考えている場合ではなかった。それでも彼女はまだ納得せずに口をどもらせて反論を答えそうだったので、僕は別の提案をする。
「じゃあ、そしたら婚約が解消されるまでは、僕だけを見てて」
せめてもの譲歩だ。これは絶対呑んでもらう。ぐっと腰を引き、身体を密着させる。するとセリーヌの顔が上がる。その綺麗なピンクグレーの瞳に僕だけが映った。その事だけで、満たされる。
次に戸惑いがちに殿下と呼んだ彼女に、名前で呼んでほしいと頼む。呼んでくれれば、彼女の愛称で今度は自分が彼女を呼んだ。その時の彼女の顔が実に驚いたように目を開いていて、まるで鳩が豆鉄砲を食らったような姿で思わず笑みが溢れた。彼女にこんな珍しい表情をさせたのは自分だ。嬉しくて、楽しくて、優越感もあった。いつの間にかあの感情はどこかに飛んでいっていた。
その時、キィ、と部屋の扉が開かれる。そちらに顔を向けた。
「セリーヌ嬢、だいぶ変わったな」
そこにライアンが現れる。今日は丁度彼の父親と共に王宮にやってきていたため、用事が済んだら来るようにと伝えてあったのだ。
「……そうだろう?」
「ああ、まともに話したのは初めてだったけど、人が変わったようでびっくりした」
ライアンもセリーヌの事はあまりよく思っていなかった。彼は最初から婚約には反対派だった。だから婚約解消の話を蹴ったと話した時にはとても責められた。彼女が変わったようだと話しても信じてくれなくて、ランヴァート家に通うのも止めようとしてたくらいだった。今回実際に会ってみてようやく僕が言っている事に納得したらしい。それでも最後に彼女にプレッシャーをかけるような意地悪を言ったことはやめてほしいと眉を顰める。
「しかしあんなにお前の事好き好きだったのに突然婚約破棄を言い出すなんて。聞いたときは冗談かと思ったけど、もしかしたら本気かもしれないな」
なんてことなくそう言うライアンに、少し眉を寄せる。チクリと胸が痛んだ気がした。そんな様子をお見通しのようで、彼は下から覗き込んでにやりと笑う。
「――それで、今度はお前の方が執心ってわけ? アンドリュー」
そうライアンに言われ、僕は黙った。
執心か、言い得ているかも知れない。
彼女が僕には見せない表情をレフランに見せてから、ムカムカとした不愉快な感情が胸の中で渦巻いていた。
『あ……アンドリュー様……』
しかしあれでかなりスッキリした。彼女が自分の名前を呼び、僕だけを見てくれただけで、あのモヤモヤとした気持ちがすっかり晴れた。不思議だ。あんなに不愉快でたまらなかったのに。
僕はふうと息を吐く。
「これは認めざるを得ないかもね」
「……そうだな」
「僕が彼女に惹かれてるって」
ライアンが呆れたように少し苦そうにこぼす。認めると、清々しいくらいすとんと胸に落ちて僕は困ったように苦笑した。
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