↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
7/8

第6話 綺麗な水と安全な水


「……重い」


「何を今さら言ってるんだい」


「言いたくもなるわよ!」


川から汲んできた桶を両手で抱えながら


私はエッダの背中に文句を投げる


昨日まで普通の会社員だったのよ私


こんな水の入った桶を抱えて歩き回る生活なんてしてないの


しかも身体は若返ったみたいだけど


別に筋肉まで増えたわけじゃない


「ほら、もう少しだよ」


「エッダは薬師でしょう! こういう時に疲れなくなる薬とかないの!?」


「あるわけないだろう」


「異世界なのに!」


「何言ってんだい」


危ない


口が滑った


「……こっちの話♡」


「気色悪い誤魔化し方するんじゃないよ」


可愛くない!


そんなことを言い合いながら


私達は村の広場へ戻ってきた


村長が用意してくれたのは


いくつかの桶と大きめの鍋



それからエッダが持ってきた布


広場の端には話を聞きつけた村人が何人か集まっている


「それで」


エッダが桶を地面へ置く


「どうするんだい?」


「まずはこれを置いておくわ」


「置く?」


「泥を沈めるのよ」


私は桶の中を見る


川から汲んできたばかりの水は茶色く濁っていて


とてもじゃないけど飲みたいとは思えない


調べた限りでは


まず水をしばらく動かさずに置いて


中に混ざった泥や土を底へ沈める


そのあと上の比較的綺麗な部分だけを取る


さらに布で濾して


最後に煮沸


とりあえず今日は


本当にそれで安全な水になるのか試してみるつもりだ


「時間がかかるのかい?」


「泥が沈むまではね」


「どれくらい?」


「ちょっと待って」


私はポケットからスマホを取り出す


画面を開いて検索しようとしたところで


隣から声がした


「……なんだい、それ」


「ん?」


顔を上げると


エッダが私の手元を見ていた


「これ?」


スマホを軽く持ち上げる


「見たことのない物だね」


そりゃそうでしょうね


この世界にスマートフォンなんてあるはずがない


でも別に隠して使い続けるのも面倒なのよね


「私の特別なスキル♡」


「……それが?」


「そうよ」


エッダが眉を寄せる


「スキルってのはそんな物を持つものなのかい?」


「私のはちょっと特殊みたいなのよ」


これは嘘じゃない


多分


「何ができるんだい?」


「知りたいことを色々調べられるの」


「調べる?」


「例えば今みたいに、水を置いておくならどのくらいがいいとか」


スマホの画面を操作しながら答える


「知らないことがあったら、これを使って調べるのよ」


「……《鑑定》みたいなものかい?」


「そうねぇ……」


少し考える


説明としてはそれが一番近いかもしれない


「ちょっと違う《鑑定》みたいなものだと思ってくれればいいわ」


「ふぅん」


エッダはまだ怪しそうな顔をしている


でもそれ以上は聞いてこなかった


「で?」


「なによ」


「その特別なスキルとやらは何て言ってるんだい?」


「あっ」


そうだった


説明して満足してる場合じゃない


「ちょっと待ってね」


もう一度検索する


沈殿


上澄み


布による簡易的なろ過


煮沸


いくつか情報を確認して


今できそうな方法を整理する


「とりあえず泥がある程度沈むまで待ちましょ」


「結局待つのかい」


「仕方ないでしょう!」


「その便利なスキルで一瞬で綺麗にはできないのかい?」


「できたら苦労してないわよ!」


本当にね!


通販で水を買えば私達が飲む分くらいなら一瞬だけど


村人三百人が使う水を毎日買い続けるなんて現実的じゃない


それに


私がいなくなった瞬間使えなくなる方法じゃ意味がない


しばらく待っていると


桶の中に少しずつ変化が現れ始めた


底の方に泥が溜まり


上の水は最初より明らかに薄い色になっている


「おお……」


見ていた村人から小さな声が上がる


「本当に分かれるんだな」


「まだよ」


私は釘を刺す


「ここから上の水だけ取るの」


なるべく底の泥を巻き上げないように


別の容器へ水を移していく


「ちょっと! 揺らさないで!」


「お前が持ってる方が揺れてるだろ」


「私こういう作業慣れてないのよ!」


「威張って言うことじゃないね」


「うるさいわね!」


何とか上の水だけを移し終える


最初の川の水と比べれば随分マシだ


でもまだ細かな濁りが残っている


次はエッダの布


「これでいいの?」


「薬を濾す時に使ってる物だよ」


「へぇ」


触ってみる


思っていたより目が細かい


「薬師ってこんなのも使うのね」


「薬草を煮出した後に細かい葉やゴミが残ることがあるからね」


「じゃあ水にも使えそう」


布を容器の上に広げ


その上から先ほどの水をゆっくり流していく


布の上には細かな泥やゴミが残り


下へ落ちた水は――


「おお!」


今度はさっきより大きな声が上がった


確かに綺麗だ


茶色かった川の水とは比べ物にならない


少し離れて見れば


井戸水と間違えてもおかしくないくらいには見える


「これなら飲めるんじゃないか?」


誰かが言った


「待って!」


思わず声を上げる


手を伸ばしかけた村人が止まった


「まだ飲んじゃ駄目よ」


「でも綺麗になったぞ?」


「綺麗に見えることと安全かどうかは別なの」


私は容器へ手をかざす


意識を向けると


見慣れ始めた文字が浮かび上がった


【河川水】


【沈殿および布による簡易的なろ過が行われています】


【土砂および浮遊物の一部が除去されています】


【複数の微生物による汚染が確認されます】


【飲用には適していません】


【未処理の状態と比較し水質は改善していますが、摂取した場合、体調不良を引き起こす可能性があります】


「……やっぱり」


「どうなんだい?」


エッダが覗き込む


「まだ駄目」


「何が残ってる?」


「微生物」


「びせいぶつ?」


「あー……」


そうか


そこからなのね


「ものすごく小さくて、目じゃ見えない生き物……みたいなものよ」


「そんなものが水の中にいるのかい?」


「いるみたい」


私だって詳しく説明しろと言われたら困る


会社員よ私


理科の先生じゃないの


「それが腹を壊す原因なのかい?」


「可能性はあるけど、それだけで村のみんなの原因だとは決められないわ」


ここは間違えちゃいけない


《鑑定》でこの水が安全じゃないことは分かる


でも


病人全員の原因がこれだと分かったわけじゃない


エッダも少し考えてから頷いた


「なら少なくとも、このまま飲ませるのは止めた方がよさそうだね」


「そういうこと」


さて


ここからが本番


「次は煮るわよ」


「煮る?」


「沸かすの」


用意してもらった鍋へ


濾した水を入れる


そのまま火にかける


パチパチと薪が音を立て


やがて鍋の底から小さな泡が浮かび始めた


「どのくらい沸かすんだい?」


「それを今調べる」


私はスマホを取り出す


「またそれかい」


「便利なんだから使うわよ」


「自分じゃ何も知らないんだね」


「知らないから調べるんでしょうが!」


知ったかぶりしてお腹壊すより百倍マシよ!


条件や注意点を確認しながら


しっかりと水を沸かす


火から下ろした後は


火傷しないよう少し冷ます


「……これで?」


「確認してみる」


もう一度《鑑定》


【煮沸処理された河川水】


【沈殿および布による簡易的なろ過の後、煮沸処理が行われています】


【土砂および浮遊物の大部分が除去されています】


【確認されていた微生物は大幅に減少しています】


【飲用可能】


「……よし!」


思わず拳を握る


「飲めるわ!」


その瞬間


周りから歓声が上がった


「本当か!?」


「川の水が使えるのか!」


「これなら井戸が戻るまで――」


「ちょっと待って!」


喜び始めた村人達をもう一度止める


今日はこればっかりね私!


「何だ?」


「これで全部解決じゃないわよ」


私は今まで使った物を見る


川から水を運んで


沈殿するまで待って


上澄みを取って


布で濾して


鍋に入れて


薪を使って沸かす


今日作ったのは


たったこれだけ


「この村って三百人くらいいるのよね?」


「それくらいだな」


「これを毎日三百人分やるの?」


「…………」


村人達が黙る


でしょうね!


私だって今気づいたわよ!


「できなくはないだろうけど……」


一人が呟く


「かなり手間だな」


「薪も使うね」


エッダが火の跡を見る


「毎日となれば馬鹿にならないよ」


「そうなのよねぇ……」


安全な水にはできる


それは分かった


でも


できることと


続けられることは別だ


「少なくとも緊急用には使えるね」


エッダが言う


「井戸の水が足りなくなった時に、そのまま川の水を飲むよりずっといい」


「そうね」


まず一歩


それだけでも十分大きい


「……その《鑑定》ってのは使える能力みたいだね」


突然エッダが言った


「え?」


「見た目じゃ分からないものまで分かるんだろう?」


エッダは先ほどまで川の水が入っていた容器を見る


「薬師としては羨ましいくらいだよ」


「…………」


これは


もしかして


「エッダちゃん」


「なんだい」


「ついに私のこと認め――」


「勘違いするんじゃないよ」


早い!


「まだ最後まで言ってないじゃない!」


「どうせろくでもないこと言おうとしたんだろ」


「失礼ね!」


エッダが鼻を鳴らす


「あたしが認めたのは《鑑定》の能力だ」


「能力だけ!?」


「当たり前だろう」


「ここまで一緒に頑張ったのに!?」


「便利な力を持ってることと、持ち主が信用できるかどうかは別の話だよ」


「ぐっ……」


村長と同じようなこと言うじゃない!


「少なくとも」


エッダが続ける


「その《鑑定》が役に立つってことは分かったけどね」


「…………」


まあ


今はそれでいいか


昨日会ったばかりの旅人を


能力が便利だからって信用する方が危ないものね


「いつか絶対私自身も認めさせてやるんだから」


「はいはい」


「その返事腹立つ!」


エッダが小さく笑った


……笑ったわよね?



「何だい」


「別にぃ〜?」


「気色悪いね」


やっぱり可愛くない!


私はもう一度


目の前に並んだ桶や鍋を見る


方法は分かった


川の水でも


きちんと処理すれば飲めるようにはできる


でも


このやり方を三百人が毎日続けるのは大変だ


特に


水を置いて


泥が沈むのを待って


上澄みだけを取る


この部分


「……もっと楽にできないかしら」


「何がだい?」


「こっちの話」


水を入れたら


泥やゴミだけ取り除いてくれるようなもの


そういうのがあれば


もっと一度に処理できるんじゃない?


私はスマホを見る


知らないなら調べればいい


ただし


見つけた方法をそのまま使えるとは限らない


この村には


この村にある物と


この村で暮らしてきた人達がいる


だったら――


その両方を使えばいい


「よし」


「今度は何を思いついたんだい」


「まだ思いついてないわよ」


「は?」


「だから今から調べるの♡」


「……本当に変な子だねぇ」


「だから子って言うんじゃないわよ!」


見た目は若返ってるけど


中身は三十二歳なんだから!


こうして


川の水を安全に飲む方法は一つ見つかった


けれど


ラーニア村で使うには


まだ手間がかかりすぎる


綺麗な水と


安全な水は違う


そして――


安全にできる方法と


みんなが毎日使える方法も


どうやら同じではないらしい


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。