第4話 村の薬師
「……まずはお話からね」
そう決めたはいいものの
私は現在、村長の家で一人の老人と向かい合っていた
「それで?」
「…………」
「水について話があると聞いたが?」
「ええ、あるわよ」
ある
あるんだけど
私はちらりと窓の外へ視線を向けた
少し離れた広場では
今日も村人を相手に商売を続けているバルドの姿が見える
――本当に来なかったわね、あのジジイ
普通こういう時って一緒に来るもんじゃないの?
この村について何も知らない私一人を送り込む?
しかも相手は村長よ?
「……バルドが連れてきた奴だとは聞いておる」
「え?」
突然出てきた名前に視線を戻す
村長は七十をとうに越えていそうな老人だった
白くなった髪に深い皺
だけど背筋は思ったより伸びていて
こちらを見る目もしっかりしている
「昨日あいつの荷馬車に乗ってきたんだろう?」
「そうだけど」
「なら話くらいは聞こう」
「…………」
随分あっさりしてるわね
「バルドと長い付き合いなの?」
「まあな」
それだけ言って
村長は口を閉じた
「へぇ……」
長いこと行商をしてるみたいだし
この村にも昔から出入りしてるのかもしれない
「ただし」
村長の声が少し低くなる
「話を聞くことと、お前さんを信用することは別だ」
「あら」
そこはちゃんとしてるのね
むしろその方がありがたい
昨日来たばかりのどこの誰かも分からない人間を
バルドが連れてきたというだけで全面的に信用される方が怖いわ
「それでいいわよ。私だっていきなり全部信じてなんて言うつもりないもの」
「なら聞こう」
私は頷いて
昨日調べたことを順番に説明した
西の井戸は地下水が減って使えなくなっていること
北の井戸も同じように水量が減っていること
そして――
「川の水を《鑑定》したら、飲用には適してないって出たわ」
「……《鑑定》か」
村長の眉が僅かに動く
「上流の土砂崩れで土砂が混じってる。それだけじゃなくて、そのまま飲んだら体調を崩す可能性があるって出たわ」
「それは確かなのか?」
「私の《鑑定》ではそう出たわ」
「では、その鑑定はどれほど信用できる?」
「…………」
それを聞かれると困るのよね
「分からないわ」
「分からない?」
「私も使い始めたばっかりなのよ」
村長が黙った
やめて
そんな目で見ないで
私だって分かってるわよ
昨日来たばかりの怪しい旅人が
よく分からない《鑑定》で川の水が危険です!
なんて言ってる状況なのよね
「だから私の話だけで決めないでほしいの」
「ほう?」
「村に薬師とか、病気に詳しい人はいない?」
「いる」
よかった
「だったらその人にも話を聞きたいわ。お腹を壊してる人もいるんでしょう?」
「十人ほどは聞いておるな」
「十人……」
思っていたより多い
「亡くなった人や、動けないくらい酷い人は?」
「今のところはいない」
それを聞いて
少しだけ肩の力が抜ける
もちろん安心はできないけど
「その人たちを診てるのも薬師さん?」
「ああ」
「だったらなおさら話を聞きたいわね」
村長はしばらく私を見ていたけれど
やがて外にいた若い男を呼んだ
「エッダを呼んできてくれ」
「分かりました」
男が出ていく
「エッダ?」
「この村の薬師だ」
「どんな人?」
「会えば分かる」
何よそれ
ちょっと怖いじゃない
エッダを待つ間
私は井戸について詳しく聞くことにした
西の井戸が使えなくなったのは十日ほど前
北の井戸も少し前から水量が減り始めている
中央の井戸はまだ使えるものの
村全体の生活用水を賄うには厳しい
飲むだけならまだしも
料理
洗濯
身体を洗う水
家畜
畑
生活するだけで水はいくらでも必要になる
「水を出せる魔法使いはいないの?」
「この村にはおらんな」
「雇うとかは?」
「簡単に言ってくれる」
ですよねぇ
「村一つの水を賄えるほどの使い手なんぞ、そう簡単には見つからん」
村長は小さく息を吐く
「それに見つけたところで、こんな村が何日も雇える金額ではない」
「……そうよね」
魔法があるなら水不足なんて簡単に解決!
とはならないらしい
そもそもそんなことができるなら
とっくに村の人たちがやってるわよね
「川が濁り始めたのは?」
「五日ほど前だ。上流で崖が崩れたと聞いておる」
「そこまで歩いたら?」
「半日はかかる」
遠いわね
上流を確認するのも簡単じゃない
そんな話をしていると
コンコンと扉が叩かれた
「入るよ」
返事を待つより早く扉が開く
入ってきたのは
五十代半ばくらいの女性だった
少し白髪の混じった髪を後ろでまとめ
腰には使い込まれた鞄
部屋へ入るなり私を見る
……思いっきり警戒されてるわね
「この忙しい時に何の用だい」
「水について話がある」
「水?」
女性の視線が私へ向く
上から下まで一度見られた
「……その子は?」
子って
身体は若返ったけど中身三十二歳なんですけど
「昨日バルドが連れてきた旅人だ」
「ああ、あの行商人の」
「あら、知ってるの?」
「何度か顔を合わせたことがあるだけよ」
それだけ言って
女性は空いている椅子へ腰を下ろした
「それで?」
「それでって?」
「あの男が連れてきたからって、あたしまであんたを信用すると思うんじゃないよ」
「別にそんなこと言ってないわよ」
「ならいい」
初対面からキッツいわねぇ、この人
「エッダ。このマサキが川の水を《鑑定》したそうだ」
「マサキよ。よろしくね」
「エッダよ」
短い!
「それで、その《鑑定》とやらで何が分かったんだい?」
私は昨日調べたことをもう一度説明する
川の水を《鑑定》した結果
飲用には適していないと出たこと
上流から流れ込んだ土砂だけでなく
複数の微生物による汚染が確認されたこと
そのまま飲めば体調を崩す可能性があること
そして最近
村で腹を壊している人が増えていること
全部聞き終えたエッダは腕を組んだ
「それで、川の水が原因だって?」
「そこまでは言ってないわ」
「……へぇ」
「可能性はあると思ってる。でも原因だって決めつけるには早いでしょ?」
エッダが私を見る
「じゃあ、どうするつもりだい?」
「まずはその人たちの話を聞きたい」
私は医者でも薬師でもない
ネットで調べた知識と《鑑定》だけで
病人の原因を決めるなんて怖すぎる
「その人たちがどこの水を飲んでたか確認するの。川の水を飲んだ人に集中してるなら、少なくとも調べる価値はあるでしょ?」
「逆なら?」
「井戸の水しか飲んでない人も同じようにお腹を壊してるなら、別の原因も考えないと」
エッダは何も言わなかった
ただ私の顔をじっと見ている
何よ
怖いんだけど
やがて
小さく息を吐いた
「……少なくとも、何でも《鑑定》任せってわけじゃないみたいだね」
「何よそれ」
「別に」
「今ちょっとだけ私のこと見直した?」
「気のせいだよ」
「絶対見直したわよね!?」
「うるさいねぇ」
やっぱりちょっと見直したわよね?
エッダはそんな私を無視して続ける
「腹を壊してる奴なら十三人いるよ」
「十三?」
村長が驚いたように顔を上げる
「増えたのか?」
「今朝三人来たからね」
昨日聞いた時より増えてる
「症状は?」
「腹痛と下痢がほとんどだね。一人は少し熱もある。今のところ寝込むほど酷い奴はいないよ」
「いつ頃から増え始めたの?」
「三、四日前くらいさ」
川が濁ったのは五日前
時期としては近い
でも
それだけじゃ何とも言えない
「その人たちがどこの水を飲んでたかは?」
「そこまでは聞いてないね」
「だったら聞いてみましょ」
「……そうだね」
エッダが立ち上がる
「あたしから聞いてみるよ」
「あら、協力してくれるの?」
「勘違いするんじゃないよ」
ぴしゃりと言われる
「村の人間が腹を壊してるんだ。原因を調べるのは薬師の仕事だろう?」
「はいはい」
「それと」
「ん?」
「まだあんたを信用したわけじゃないからね」
「分かってるわよ」
むしろ今はそれでいい
私だって
自分の《鑑定》がどこまで正しいのか分かってない
だったら
一つずつ確かめればいい
「じゃあ私は水の方をもう少し調べるわ」
「何をするつもりだい?」
「まだ考え中」
川の水
井戸
薪
容器
村で使える道具
ネットで調べれば
水を安全にする方法はいくつも出てくる
でもその全部が
この村でできるとは限らない
まずは何があって
何がなくて
何ならできるのか
そこから考えないと
「勝手なことするんじゃないよ」
エッダから釘を刺される
「分かってるわよ」
「本当かねぇ」
「信用ないわね!」
「だから最初からそう言ってるだろう?」
「可愛くない!」
「五十過ぎた女に何言ってんだい」
「可愛さに年齢は関係ないわよ!」
「はいはい」
流された!
この女
絶対いつか言わせてやるんだから
そんな私たちを見ながら
村長が深いため息をついた
「……騒がしくなりそうだな」
失礼ね
私はただ
村の水をどうにかしたいだけよ
ただ――
通販で何か一つ買えば全部解決
どうやら異世界は
そこまで簡単じゃないらしい
だったら
この村でできる方法を探せばいい
まずはエッダの聞き取り
そして私はもう一度
水について調べる
ラーニア村の水問題は
ようやく解決へ向けて動き始めた――




