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第3話 村の水事情


「もう少し詳しく聞いてみようかしら」


そう言ってはみたものの――


問題は誰に聞くかよね


ちらりと横を見る


バルドは相変わらず村人相手に商売の真っ最中だった


「この針なら銀貨一枚だ」


「もう少し安いのはないかい?」


「あるが、そっちは少し曲がりやすいぞ」


「じゃあこっちにするよ」


「毎度」


……忙しそうね


ここで呼び止めるのも悪いか


仕方ない


まずは自分で見て回りましょう


さっき話を聞いた共同井戸へ向かう


村の中央にある井戸には相変わらず人が並んでいた


桶を持った女の人


水瓶を抱えた男の人


中には自分の身体ほどもありそうな桶を両手で抱えている子供までいる


「ちょっとアンタ、それ重いでしょ」


思わず声をかけると少年がこちらを見上げた


「だいじょうぶ!」


「大丈夫って顔してないわよ」


今にも腕が抜けそうじゃない


半ば強引に桶を受け取る


「どこまで持ってくの?」


「あっち」


少年が指差したのは村の端にある小さな家だった


「お母さんは?」


「おなかいたいって寝てる」


……またお腹ね


偶然かもしれない


でも少し気になる


少年の家まで水を運んでから再び井戸へ戻る


「さてと」


井戸の縁に手を置く


昨日から何度か試して分かったけれど《鑑定》はどうやら人だけじゃなく物や場所にも使えるらしい


意識を向けると視界に文字が浮かんだ


【共同井戸】


【ラーニア村で使用されている生活用井戸】


【地下水を水源としています】


【水量:低下傾向】


【水質:概ね良好】


「……水自体は大丈夫そうね」


少なくとも今この井戸から汲んでいる水に大きな問題はなさそうだ


となると気になるのは他の井戸


確か西と北だったわよね


スマホを取り出して地図を開いてみる


現在地を示すマークは――


出ない


「やっぱりダメかぁ」


日本の地図は普通に見られるのに異世界の現在地なんて当然表示されない


便利なんだか不便なんだか分からないわね、このスマホ


仕方なく近くにいた村人に西の方角を聞いて歩き出す


村の西側まで来ると使われなくなった井戸はすぐに見つかった


周囲に人影はなく桶も置かれていない


中を覗き込む


暗い


底の方にわずかに湿った土が見えるだけだった


「これは完全にダメね」


《鑑定》


【共同井戸】


【ラーニア村西部で使用されていた生活用井戸】


【地下水位の低下により取水不能】


【井戸本体に重大な破損はありません】


「壊れたんじゃなくて、水そのものが下がったのね」


スマホを取り出す


『雨不足 井戸 地下水』


検索


いくつものページが表示された


雨が少なければ地下水位が下がる


浅い井戸ほど影響を受けやすい


井戸を深くする方法もある


別の水源を確保する方法もある


「ふむふむ……」


だからといって井戸を深く掘れば解決!


なんて単純な話でもないらしい


地盤


井戸の構造


地下水の位置


必要な道具


人手


そもそも素人が勝手に掘っていいものでもない


「……これは保留ね」


次は北


村人に道を聞きながら向かう


北の井戸には数人の村人がいた


桶を落としては引き上げているけれど、一度に汲める水はかなり少ない


「いつ頃からこんな感じなの?」


近くにいた女性に尋ねる


「一月くらい前から少しずつだねぇ」


「急にじゃないのね」


「今年は雨が少なかったからね」


なるほど


《鑑定》


【共同井戸】


【ラーニア村北部で使用されている生活用井戸】


【地下水位の低下により水量が著しく減少しています】


【現在も取水可能ですが、継続使用した場合、取水不能となる可能性があります】


「こっちも地下水……」


西よりはマシ


でもこのまま使い続ければ時間の問題かもしれない


最後は川ね


確か東側って言ってたかしら


村を抜け少し歩く


やがて水の流れる音が聞こえてきた


「……うわ」


思わず声が漏れる


川の水は茶色く濁っていた


透明感なんてほとんどない


流れそのものはある


でもこれを飲みたいかと聞かれたら――


絶対嫌


川辺には何人かの村人がいて桶に水を汲んでいた


「その水どうするの?」


「家畜にやるんだ」


「飲み水には?」


「できるだけ井戸を使ってるよ」


できるだけ


その言葉が引っかかった


「井戸の水が足りない時は?」


男は少し困った顔をした


「……まあ、どうしてもって時はな」


でしょうね


水がなければ生きていけない


濁ってるから飲むな


そんなことを言ったところで代わりの水がなければどうしようもない


川へ視線を向ける


《鑑定》


【河川水】


【上流の土砂崩れによる大量の土砂が混入しています】


【飲用には適していません】


【複数の微生物による汚染が確認されます】


【未処理の状態で摂取した場合、体調不良を引き起こす可能性があります】


「……これかしら」


もちろん決めつけるのは早い


でも村で何人かがお腹を壊している


そして飲用に適さない水


関係がある可能性は十分ある


スマホを取り出す


『濁った川 土砂崩れ 飲み水』


『川の水 煮沸 感染症』


検索結果をいくつか開く


煮沸


ろ過


消毒


安全な水源の確保


色々な方法が出てくる


「……でもネットに書いてあるからって、そのまま使えるわけじゃないのよね」


火を使うなら薪がいる


村人全員分の水を毎日煮沸するなら相当な量になる


そもそもこの村で普段どうやって水を扱っているのかも知らない


土砂崩れがどれくらいの規模なのか


川がいつ元に戻るのか


井戸の水がどれくらい持つのか


分からないことだらけだ


通販で水を買う?


三百人分?


無理無理


一時的にならともかく毎日そんなことをしていたら私のお金が先に干上がるわ


それに突然大量の水を出したところで村人が信用するとも限らない


「まずは状況整理ね」


川を離れ村へ戻る


広場ではまだバルドが商売を続けていた


「バルド」


「ん?」


「ちょっといい?」


「今度はなんだ」


「川の水なんだけど、飲まない方がいいと思う」


バルドの手が止まった


「理由は?」


「私の《鑑定》ではそう出たわ」


「……お前、鑑定持ちだったのか」


「そうみたい」


「そうみたいってなんだ」


「昨日初めて使ったのよ! 私だってまだよく分かってないの!」


「意味分からん」


「私もよ!」


バルドが呆れた顔をする


けれどすぐに表情を戻した


「それで?」


「川の水には複数の微生物……えーっと、目に見えないくらい小さなものが混じってるみたいなの。それが体調不良の原因になる可能性があるって」


「村で腹を壊してる奴らか」


「関係あるかもしれない。でもまだ分からないわ」


「井戸は?」


「中央は今のところ大丈夫。でも水が減ってる。西はもう枯れてて、北もかなり危ない」


バルドが腕を組む


「雨不足だけじゃなさそうか?」


「井戸はたぶん雨不足の影響が大きいと思う。でも川は土砂崩れの影響ね」


「なるほどな」


「だから村長さんと話したいの。あと、この村で水とか病気に詳しい人がいるなら、その人とも」


「分かった」


バルドは近くにいた村人を呼び止めた


「悪いが、村長呼んできてくれ。こいつが水のことで話があるらしい」


「私!?」


「お前以外誰がいる」


「私一人で行くの!?」


「俺は商売中だ」


「ちょっとくらい付き合いなさいよ!」


「水のことを調べたのはお前だろ。俺が話してどうする」


「それはそうだけど!」


「それに村長は別に取って食いやしねぇ」


「そういう問題じゃないのよ! 私、こういう村のことなんて何にも知らないのよ!?」


「だから話を聞くんだろ」


「正論で返すんじゃないわよ!」


村人が苦笑しながら走っていく


私は大きく息を吐いた


スマホがあれば調べ物はできる


必要な物だって買える


《鑑定》を使えば普通なら分からないことまで知ることができる


でも――


それだけじゃどうにもならない


この村にはこの村の生活がある


使える物


使えない物


できること


できないこと


それを知らずに日本の知識だけ持ち込んだところで上手くいくとは限らない


「……まずはお話からね」


こうして私は村長を交えラーニア村の水事情について本格的に話を聞くことになった


通販で何か一つ買えば全部解決――


どうやら異世界はそこまで簡単じゃないらしい


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