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第2話 初めての異世界の村


「お尻が痛い……」


 馬車に揺られること数時間


 マサキは早くも異世界の洗礼を受けていた


「なんなのよこの乗り心地!」


「馬車なんざこんなもんだ」


「絶対嘘よ!」


「何がだ」


「もっとこう……あるでしょ!」


「何があるんだよ」


「クッションとか!」


「敷いてるだろ」


「これをクッションって呼ばないで!」


 マサキが指差した先には申し訳程度に敷かれた布がある


 ないよりはマシ


 本当にその程度だった


「お前注文多いな」


「お尻は大事なのよ!」


「知らん」


「もう……」


 文句を言いながら座り直す


 日本なら車で数時間移動したところでこんなことにはならない


 道路は舗装されているし座席は柔らかい


 冷暖房までついている


「日本の車って偉大だったのねぇ……」


「にほん?」


「私の故郷よ」


「聞いたことねぇな」


「でしょうね」


 マサキは遠い目をする


 もはやどれだけ離れているのかすら分からない故郷だ


「遠いのか?」


「多分ものすっごく遠いわ」


「そうか」


 それ以上バルドが何か聞いてくることはなかった


 代わりに前方を顎で示す


「ほら」


「何?」


「見えてきたぞ」


「え?」


 マサキが荷台から身を乗り出す


 森が途切れた先


 広がる畑の向こうに家々が見えた


「あれがラーニアだ」


「おお……!」


 思わず声が漏れる


 初めて見る異世界の村


 派手さはない


 石と木で造られた家が並び、その周囲には畑が広がっている


 遠くには家畜らしき動物も見えた


 畑で働く人

 荷物を運ぶ人

 走り回る子供たち


 本当に人が暮らしている


「異世界の村……」


「だからさっきから何なんだ、そのいせかいってのは」


「気にしないで♡」


「気になるわ」


 馬車が村へ近づいていく


 入口に門らしい門はない


 簡単な柵と見張り台がある程度だ


 そこで槍を持った男がこちらに気づいた


「おーい!」


「おう」


 バルドが片手を上げる


「バルドじゃねぇか!」


「久しぶりだな」


 男は笑いながら近づいてきた


「今回は遅かったな」


「途中で車輪がイカれてな」


「またか?」


「またとはなんだ」


「前も壊してただろ」


「あれは二年前だ」


「十分まただろ」


「うるせぇ」


 どうやら顔馴染みらしい


 マサキは二人のやり取りを眺める


「で、そっちの兄ちゃんは?」


 当然のように話題がこちらへ飛んできた


「マサキよ。よろしく♡」


「お、おう」


 男が一瞬固まる


「……随分変わった喋り方する兄ちゃんだな」


「よく言われるわ」


「今会ったばっかりだろ」


 バルドが横から突っ込む


「これから言われる予定なのよ」


「予定に入れるな」


 男が吹き出した


「面白ぇ兄ちゃんだな」


「でしょ?」


「褒めてねぇと思うぞ」


「バルドは黙ってて」


「はいはい」


 そんなやり取りをしながら馬車は村へ入っていく


 マサキはきょろきょろと周囲を見回した


「へぇ……」


 家は木造が多い


 土台や一部の壁に石を使っている家もある


 道は当然舗装されていない


 店らしい建物もほとんど見当たらなかった


 家の前で野菜を干している女性


 薪を割る男性


 桶を抱えて歩く子供


 洗濯物


 鶏らしき鳥


 どこを見ても自分が知っている日本とはまるで違う


「本当に生活してるのねぇ」


「あ?」


「なんでもない」


 頭では異世界だと理解していた


 それでも実際に人々が暮らしている姿を見ると実感が違う


 ここは観光地でもテーマパークでもない


 この人たちにとってはここが普通なのだ


「バルド!」


「来たぞ!」


「母ちゃん! バルドのおっちゃん来た!」


「塩ある!?」


「針持ってきたかー!」


 馬車に気づいた村人たちが次々と声を上げる


「ちょっと」


 マサキが目を丸くする


「人気者じゃない」


「商品がな」


「そこは自分って言っときなさいよ」


「売り物がなきゃ誰も寄ってこねぇよ」


「夢がないわねぇ」


「商売だからな」


「またそれ」


 馬車は村の中央付近にある少し広い場所で止まった


 バルドが御者台から降りる


「さて」


 荷台を開けると村人たちが自然と集まり始めた


「今回は何がある?」


「塩は?」


「針!」


「頼んでた鎌の刃は来てるか?」


「順番に来い! 逃げねぇよ!」


 バルドが声を張る


 先ほどまでの気のいいおじさんとは少し雰囲気が違った


 荷物を取り出しながら次々と村人の注文に応えていく


「塩はいつものだ。一袋で――」


「高くなった?」


「少しな。仕入れが上がった」


「またかぁ」


「嫌なら次まで待ってもいいぞ。無理に買えとは言わん」


「いや買うよ。もうほとんど残ってねぇ」


「ならこっちにしとけ。少し粗いが安い」


「そっちもあるのか」


「持ってきた」


 別の村人が割り込んでくる


「バルド! 頼んでた針!」


「待て待て」


 木箱を開ける


「太いのと細いの両方持ってきたぞ」


「細い方見せて!」


「ほら」


「……前のよりちょっと高くない?」


「こっちの方が折れにくい」


「ほんと?」


「嘘ついてどうすんだ。気に入らなきゃ買わなくていい」


「じゃあ二本!」


「毎度」


 次


 その次


 また次


 バルドは客の顔を見ただけで何を買う人なのかある程度分かっているようだった


「じいさん、前に買った鎌どうだ」


「よく切れるぞ」


「なら刃研ぎはまだいらんな」


「売らなくていいのか?」


「必要ねぇもん売ってどうする」


「相変わらずだなぁ」


「必要になったら次に買え」


 マサキは少し離れたところからその様子を眺めていた


「……へぇ」


 昨日まで会社員だった自分に商売の専門知識なんてない


 それでも分かる


 バルドはただ商品を並べて売っているわけではない


 誰が何を買ったのか覚えている


 頼まれていた物も覚えている


 必要がなければ売らない


 高い物だけではなく安い物も用意している


 そして何より


 村人たちがバルドを信用している


「なるほどねぇ……」


「マサキ!」


「なぁに?」


「暇ならそこの箱取ってくれ!」


「人使い荒いわね!」


「乗せてきてやっただろ!」


「それとこれとは別じゃない!?」


「嫌ならいいぞ」


「やるわよ!」


 文句を言いながら荷台へ向かう


「どれ?」


「右の小せぇやつ」


「これね」


 持ち上げる


「重っ!」


「落とすなよ」


「持つ前に言いなさいよ!」


「見りゃ分かるだろ」


「分かんないわよ!」


 村人たちが笑う


 結局マサキもそのまま手伝うことになった


 箱を運び

 商品を渡し

 バルドに言われた場所から品物を探す


「赤い紐で縛ってある袋!」


「これ?」


「それ」


「次は?」


「細長い木箱」


「これね」


「違う。その下」


「最初から下って言いなさい!」


「見りゃ分かる」


「さっきからそればっかり!」


 最初はどこに何があるのか全く分からなかった


 だがしばらく手伝っていると少しずつ配置が見えてくる


「だから綺麗に積んでたのね」


「あ?」


「商品よ。取り出しやすいようにしてるんでしょ?」


「客を待たせて荷台ひっくり返してたら日が暮れるからな」


「なるほどねぇ」


「ほら、分かったなら次そこの箱取れ」


「結局また私が働くの!?」


「口動かしてる暇があるなら手ぇ動かせ」


「横暴!」


「早くしろ」


「はいはい!」


 また村人たちから笑いが起こる


 不思議なものだった


 ほんの数時間前まで一人で森をさまよっていたのに


 今は知らない村で知らない人たちに囲まれている


 悪くない


 むしろ――


「結構楽しいじゃない」


「あ?」


「なんでもないわよ」


 やがて客足が少し落ち着いた


「ふぅ……」


 マサキは腰に手を当てて伸びをする


「疲れたぁ」


「大して働いてねぇだろ」


「働いたわよ!」


「箱運んだだけじゃねぇか」


「箱を運ぶのも立派な労働よ!」


「はいはい」


「その言い方腹立つわね!」


 言い返しながらふと周囲を見る


 さっきから少し気になることがあった


 村人が何人も桶を持って同じ方向へ向かっている


「ねぇバルド」


「今度はなんだ」


「あの人たち何してるの?」


「あ?」


 バルドもそちらを見る


「ああ。水汲みだろ」


「水汲み?」


「井戸だ」


「井戸……」


 マサキは視線を追う


 少し離れたところに石で囲まれた井戸がある


 その前には列ができていた


「結構並んでるのね」


「…………」


 バルドが井戸を見る


「どうしたの?」


「前はあんなに並んでなかったと思ってな」


「そうなの?」


「ああ」


 マサキも改めて見る


 大人だけではない


 子供まで桶を抱えて待っている


 一人が水を汲む


 次の人が桶を下ろす


 それを何度も繰り返していた


「井戸ってあれ一つだけ?」


「いや」


 バルドが村の別方向を指す


「あっちにもあったはずだ」


「じゃあなんでみんなここに?」


「さあな」


 ちょうど商品を買い終えた女性が近くを通る


「なぁ」


 バルドが声をかけた


「西の井戸はどうした?」


「ああ……」


 女性の顔が少し曇る


「枯れちまったよ」


「枯れた?」


「うん。北の井戸もほとんど水が出ない」


「二つともか」


「今年は雨が少なかったからねぇ」


 バルドが井戸を見る


「川は?」


「それが……」


 女性は困ったように眉を下げる


「少し前に上流で崖が崩れたらしくてね」


「崖?」


「ああ。それからずっと水が濁ってるんだ」


 マサキも話を聞く


「じゃあ今使える水って……」


「ほとんどあの井戸だけだよ」


「三百人で?」


「そういうことになるねぇ」


「それは大変じゃない」


「まあね」


 女性は苦笑する


「でも水が出るだけありがたいよ」


 そう言って桶を抱え直した


「じゃあバルド。また後でね」


「おう」


 女性が去っていく


 マサキは井戸を見る


 三百人ほどが暮らす村


 使える井戸は一つ


 川は濁っている


「……大丈夫なの?」


「大丈夫じゃねぇからああなってんだろ」


「そうよね」


 その時


 井戸の列から一人の女性が離れた


 幼い男の子の手を引いている


「お母さん……お腹痛い……」


「もう少しだからね。家に戻ろう」


 マサキの視線が止まる


 子供は腹を押さえていた


 顔色もあまり良くない


「…………」


「どうした?」


「今の子」


「腹でも壊したんだろ」


「そうみたいね」


 それだけなら珍しいことではない


 だが少しして別の家の前でも腹を押さえて座っている老人が目に入った


 さらに別の場所では女性同士が話している


「昨日からうちの人もお腹を壊しててねぇ」


「うちの子もよ」


「何か変なもんでも食べたのかね」


 聞くつもりはなかった


 だが耳に入ってしまった


「…………」


 マサキは再び井戸を見る


 そして濁っているという川がある方向へ視線を向ける


 井戸が二つ使えなくなった


 残った井戸に人が集中している


 川は上流の崩落以来濁っている


 腹を壊している人が何人かいる


「ねぇバルド」


「なんだ?」


「最近この村に来たのっていつ?」


「一月くらい前だな」


「その時もこんな感じだった?」


「いや」


 バルドは村を見回す


「井戸も普通に使えてたし川も濁っちゃいなかった」


「……そう」


 偶然かもしれない


 腹痛なんて原因はいくらでもある


 今の情報だけで勝手に決めつけるべきではない


 マサキはポケットからスマホを取り出した


「何する気だ?」


「まだ何もしないわよ」


 画面を開く


「ちょっと気になっただけ」


 まずは話を聞く


 それから自分の目で確かめる


 《鑑定》もある


 ネットだって使える


 分からないなら調べればいい


 それから考える


「……とりあえず」


 マサキは井戸を見る


「もう少し詳しく聞いてみようかしら」


 異世界へ来て初めて訪れた村


 ラーニア村


 そこで起きている異変に


 マサキは少しずつ気づき始めていた――




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