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第32話 返せるもの


テオ君のお母さんは

薬を飲んだあと、静かに眠っている


まだ熱はあるだろうけど

さっきより少しだけ表情が穏やかに見えた


もちろん

薬を飲んだからってすぐに元気になるわけじゃない


ずっと熱が続いていたんだもの

身体だって随分弱っているはず


それでも

ご飯を少し食べられたのはよかったわ


薬を買うお金も足りなくなって

テオ君は仕事を探して

リナちゃんまで一人で薬を買いに行こうとしていた


きっと、この家の三人とも

随分無理をしてきたのよね


……まあ


だからといって

私が全部解決できるわけじゃないけど


今夜くらいは

安心して眠ってほしいものだわ


「……母さん、大丈夫かな」


寝台のそばに座っていたテオ君が

小さな声で呟いた


「すぐに元気になるとは言えないけど、今はちゃんと眠れてるでしょう?」


「……うん」


「薬もあるし、ご飯も少し食べられたもの。あとはお水を飲んで、ゆっくり休んでもらいましょ」


「……分かった」


そう答えながらも

テオ君は寝台から目を離さない


まあ、心配よねぇ


ずっと熱が下がらなかったんだもの


その時だった


「ふぁ……」


小さなあくびが聞こえた


見ると

リナちゃんが目をこすっている


あらあら


お腹もいっぱいになったし

少し安心したのかしら


「リナ、もう寝ろよ」


「……ん」


リナちゃんは小さく頷いて

もう一度あくびをした


テオ君が寝る場所を整えてあげると

素直に横になる


しばらくすると

小さな寝息が聞こえてきた


ふふっ


よっぽど疲れてたのね


「……寝たな」


「そうね。今日は色々あったもの」


テオ君はリナちゃんに布を掛け直すと

ようやく少しだけ肩の力を抜いた


さて


私もそろそろ帰りましょうか


「じゃあ、私もお暇しようかしら」


「……もう帰るのか?」


「ええ。あとはゆっくり休んでもらうのが一番よ」


卓の上を片づけながら

薬の飲み方をもう一度確認する


「お薬はさっき教えた通りにね。お水も飲める時に少しずつ飲んでもらって」


「うん」


「もし息が苦しそうになったり、呼びかけても反応がおかしかったりしたら、すぐに薬師さんに相談してちょうだい」


「……分かった」


テオ君は真剣な顔で頷いた


「それじゃあ――」


「……なあ」


帰ろうとしたところで

テオ君に呼び止められた


「ん?」


「……本当に、いいのか?」


「何が?」


「薬の金とか、飯とか……」


ああ


そっちね


「前にも言ったでしょう? 今すぐ返さなくていい貸しだって」


「でも……」


テオ君は俯いて

ぎゅっと手を握った


「俺たち、あんたに返せるもんなんて何もない」


「そんなこと、今から考えなくていいのよ」


「でも!」


「シー」


人差し指を口元に当てる


テオ君は慌てて寝台を見た


幸い、二人とも起きていない


「……ごめん」


「ふふっ。大丈夫よ」


「……でもさ」


今度はぐっと声を落として

テオ君が続ける


「薬も買ってもらって、飯まで作ってもらって……いつ返せるかも分かんないのに」


困ったわねぇ


こういうところ

本当に真面目なのよね


別に、この子に何かさせようと思って

貸しにしたわけじゃない


でも、何もしなくていいと言ったところで

この様子じゃ納得しそうにないわね


……ん?


そういえば


私にも一つ

猫の手も借りたいくらい困ってることがあったわね


「……そうね。じゃあ、一つだけお願いしてもいいかしら」


「……何を?」


「さっき飲んだコーンスープ、覚えてる?」


「うん」


「あれ、実は私が露店で売ってる商品なのよ」


「……そうだったのか」


「ええ。お湯を入れるだけで飲めるように、一回分ずつ包んで売ってるの」


私は《無限収納》から

パルナの葉を何枚か取り出した


「その包む作業を手伝ってほしいのよ」


「……包む?」


「ええ」


「そんなことでいいのか?」


「あら、そんなことじゃないわよ。結構大変なの、これ」


本当にね


昨日なんて

十二セット分を包むだけで随分時間がかかったもの


しかも、ありがたいことに

スープは思っていた以上に売れている


商品自体は通販ですぐに用意できるのに

包むのが追いつかないんじゃ意味がない


「やってみる?」


「……うん」


「じゃあ、ちょっと試してみましょ」


◇


小さな卓の上に

パルナの葉を広げる


粉のスープは

元の袋から取り出して、小さな器に移してある


一回分の量は私が量って

テオ君には包むところをお願いすることにした


もちろん

元の袋は見せないようにしてある


「まず、こうやって粉を置いて……」


葉の両端を内側に折り込み

粉が逃げないように包みを返す


「最後にここをしっかり押さえれば完成よ」


「……それだけ?」


「言うのは簡単だけど、緩いと中身がこぼれちゃうから気をつけてね」


「分かった」


テオ君がパルナを一枚取る


真剣な顔で粉を置き

私の真似をしながら折っていった


「……できた」


「見せて」


手に取ってみると

少しだけ端が浮いている


「惜しい。そこ、少し緩いわね」


「ここ?」


「そう。もう少ししっかり折ってみて」


「……こうか?」


「うん、いい感じ」


もう一度折り直した包みは

最初よりずっと綺麗に仕上がっていた


「上手じゃない」


「……そうか?」


「ええ。飲み込みが早いわねぇ」


「これくらいなら、荷運びより楽だな」


「荷運びもやってるの?」


「うん。冒険者ギルドの仕事で、たまに」


「そうなのね」


「重い荷物だと、何度も往復することになるからさ」


あらあら


まだ小さいのに

随分頑張ってるのねぇ


そういえば

Eランクには街の中でできる仕事もあるんだったわね


それから何個か包んでもらったけど

思っていた以上に覚えるのが早い


最初は少し手間取っていたものの

すぐに折り方が安定してきた


これなら十分お願いできそうね


……ただ、一つ問題がある


今は私が粉を量っているけど

これじゃ私がいないと作業できないわ


粉をまとめて入れておく容器と

一回分を量れる匙があれば……


そうね


味ごとに瓶を分けて

専用の木匙を用意すればいい


それならテオ君一人でも包めるもの


あとは粉を間違えないように

容器に印をつけておけばいいかしら


うん


これならいけそう


「……なあ」


「ん?」


「これ、もっと包めばいいのか?」


テオ君が出来上がった包みを見ながら言った


「今日はお試しだから、もう十分よ」


「でも、まだできるぞ」


「ふふっ。ありがと。でも、もう遅くなるしね」


「……そうか」


なんだか少し残念そうね


「そんなに気に入った?」


「別に……」


そう言いながら

テオ君は自分が包んだものをもう一度見た


「……これなら、俺にもできるから」


あら


そういうことね


重いものを運ぶ必要もないし

危ない道具を使うわけでもない


家の中でできるから

テオ君のお母さんやリナちゃんのそばにもいられる


冒険者ギルドで仕事が見つからない日も

家でできる仕事があれば

少しは安心できるかもしれない


それに、私にとってもありがたい


毎晩あの数を包むのは

正直、もう勘弁してほしいもの


……だったら


ちゃんとお仕事にしてもいいんじゃない?


「テオ君」


「ん?」


「今日包んだ分は、私が持って帰るわね」


「うん」


「それと、またお願いしたいことがあるかもしれないけど、詳しい話は改めてさせてね」


「……分かった」


テオ君は小さく頷いた


今はそれでいいわ


ただ


継続してお願いするなら

一つ確認しておきたいことがある


成人前の子を雇う時って

何か決まりがあるのかしら?


冒険者ギルドには

成人前の子が受けられるEランクの仕事があったわよね


だから働くこと自体は禁止されていないはずだけど……


商人ギルドの方はどうなのかしら


これは一度

聞いておいた方がよさそうね


◇


テオ君たちの家を出た私は

そのまま商人ギルドへ向かった


パルナの買い足しに来ただけのはずが

随分と長い一日になったわねぇ


でも

もう少しだけ頑張りましょ


ギルドに入ると

受付にはまだ何人か商人らしい人たちが並んでいた


順番を待って

空いた窓口へ向かう


「すみません、少しお聞きしたいことがあるんですけど」


「はい。どのようなことでしょうか?」


「成人前の子に、お仕事をお願いすることってできます?」


受付の女性が

少し考えるように首を傾げた


「雇用についてのご相談ですね」


「ええ。継続してお願いできたらと思ってるんです」


「成人前でも働くことはできます。ただし、仕事内容には制限があります」


「やっぱりそうですよね」


「危険な場所への同行や、本人に過度な負担がかかる仕事は認められません。また、長時間の拘束も避けていただく必要があります」


「なるほど」


「それと、保護者がいる場合は、その方の了承も必要です。もちろん、働く本人の意思も確認します」


「分かりました」


「差し支えなければ、どのようなお仕事を予定されていますか?」


「商品の粉類を、一回分ずつ量って葉で包んでもらおうと思ってるんです」


「商品の小分けと包装ですね」


「ええ。本人の家でできる仕事です。危ない道具も使いませんし、できる時に、できる数だけお願いするつもりです」


「お聞きした内容でしたら、雇用できると思います。正式な判断は契約の際になりますが」


「それならよかったわ」


「それで、お給料なんですけど」


「はい」


「一つ包むごとにお金を払う形でも大丈夫ですか?」


「出来高での契約ですね。数量と単価を明確にしていただければ可能です」


「ちなみに、こういう包装のお仕事って、一ついくらくらいが普通なんです?」


「品物にもよりますが、簡単な包装でしたら一つ二〜三ゴール程度が目安ですね」


「へぇ……それくらいなんですね」


数をこなせる仕事とはいえ

思っていたより随分安いのねぇ


でも、私が昨日包んだのは七十二個


あれを毎回やってもらえるなら

相当助かるのよね


「ちなみに、いくらでお考えですか?」


「一包二十ゴールで考えてるんですけど」


「……二十ゴール?」


受付の女性が目を丸くした


「一包、ですか?」


「ええ。何か問題でも?」


「い、いえ。一般的な包装の七倍以上になりますので……」


あら


そんなに違うのね


「例えば百包お願いした場合、二千ゴールになりますよ?」


「ええ。その計算で合ってます」


「……本当によろしいのですか?」


ふふっ


随分驚かれちゃったわね


でも


六包で一セット

それを四百ゴールで売ってるんだから


一包二十ゴールなら

一セット分で百二十ゴール


売上の三割が包装代になる計算ね


もちろん、葉の代金や商品の仕入れだってある


だけど


私が夜に何時間もかけていた作業を

代わりにやってくれるのよ?


その時間で別のことができるし

売る数だって増やせるかもしれない


それなら十分よ


「その金額でお願いします」


「承知しました。ご本人が納得されているのでしたら、問題ありません」


受付の女性は

手元の紙に相談内容を簡単に書き留めた


「出来高の場合は、完成品の数と単価、それから品質の確認方法を決めておくとよろしいですね」


「確かにそうですね」


数を包めばいいってものでもないし

中身がこぼれたら商品にならないものね


ただ、慣れないうちは失敗することだってある


その辺りは私がちゃんと教えてあげましょ


「ちなみに、仕事内容って商品ごとに決める必要があります?」


「いいえ。作業の範囲を決めていただければ大丈夫ですよ」


「それなら、商品の小分けや計量、包装などの軽作業でお願いしたいわ」


「特定の商品には限定しない、ということですね」


「ええ。今は粉類を包んでもらうつもりですけど、今後ほかの商品もお願いするかもしれませんから」


「承知しました。その場合は、作業ごとの報酬を本人と合意のうえで決める形になります」


「もちろん、それでお願いします」


スープ以外にも

包み直したい商品が出てくるかもしれないものね


そのたびに契約を結び直すのも面倒だし


もちろん、仕事の内容が変わるなら

お給料だって相談して決めるつもりよ


何でも一律二十ゴールというわけにはいかないでしょうしね


「あと、もう一つよろしいですか?」


「はい」


「こういう雇用の契約って、ギルドで記録してもらえるんでしょうか?」


「はい。ギルドを通して正式な契約を結べますよ」


「それなら安心ですね」


「ええ。それに、ギルドを通した契約には、雇い主と働き手、双方を守る保証もあります」


「双方を?」


「雇い主のギルド預金から少しずつ保証金を積み立てて、万が一商売が続けられなくなった場合には、働き手への補助に充てる仕組みです」


「へぇ……そんな仕組みがあるのね」


「はい。特に、商売を始めたばかりの方は、まだ信用が十分ではありませんから」


ああ


確かにそうよね


大きな商会や

長く続いているお店ならともかく


昨日今日商売を始めた人が

いきなり働き手を募集したって


相手からすれば

本当にお給料を払ってくれるのか分からないもの


「じゃあ、雇う側には?」


「雇った者が商品やお金を盗んで逃げた場合などですね。調査のうえで被害が認められれば、契約の範囲内でギルドが損害を補償する制度もあります」


「えっ、ギルドが払ってくれるんですか?」


「はい。ただし、届け出だけで補償が決まるわけではありません。双方から事情を聞き、慎重に調査します」


「そりゃそうよねぇ」


雇った相手が信用できるか分からないのと同じで

雇い主だって

必ずしも正直な人ばかりとは限らないものね


「それと、必要であれば《商秘の誓約》を追加することもできますよ」


「商秘の誓約?」


「商品の製法や材料、仕入れ先など、商売上の秘密を外部に漏らさないための取り決めです」


「あら、そんなものまであるのねぇ」


「詳しい内容や保証の条件については、実際に契約される際にご説明します」


「分かりました」


なるほどねぇ


雇う側も

雇われる側も


最初から相手のことを

全部知っているわけじゃない


だからこそ

ギルドが間に入ってくれるってわけね


私みたいな新米商人には

ありがたい制度だわ


「ちなみに、ギルドを通した契約を結ぶには、何か条件があるんです?」


「雇い主の方には、正式な商人登録をしていただく必要があります」


「あら」


「すでに登録されていますか?」


「……まだなんです」


そうだった


私、身分証は作ったけど

正式な商人登録はまだしてなかったわ


今までの露店は

一日単位の出店申請だけでよかったものね


「それでしたら、先に商人登録をしていただくことになります。初めての登録はDランクからですね」


「なるほど」


商人ギルドでは

Dランクが一番下だったわね


「登録って、すぐにできます?」


「必要な確認が済めば、こちらで手続きできますよ」


「じゃあ、正式に雇うなら商人登録が必要なのね」


「はい。それから、保証金の積み立てにはギルド預金を利用しますので、そちらもご案内します」


「……ギルド預金?」


「はい。ギルドにお金を預けておける仕組みです。商人登録をされると、取引や契約の支払いにも利用できます」


……ん?


お金を預けられるの?


「商人ギルドって、お金も預かってくれるんですか?」


「はい。大きな金額を持ち歩かずに済みますから」


あらまあ


それって

ほとんど銀行じゃない!


「それ、商人登録しないと使えないんです?」


「一般の身分登録をされている方でも、基本的な預金は利用できますよ。ただし、商人登録をされると使える機能が増えますね」


「……そうだったのね」


全然知らなかったわ


身分証を作った時には

そんな話、聞かなかったもの


まあ、あの時は身分登録が目的だったし

こちらから聞いてもいなかったけど


異世界にも

便利な仕組みがあるものねぇ


「今日は必要なものだけ教えていただけます?」


「かしこまりました」


受付の女性から

登録に必要なものと手続きの流れを教えてもらう


雇用契約については

保護者の了承と本人の同意を確認したうえで

仕事内容や報酬を決めることになるらしい


それなら

先にテオ君のお母さんと話しておかなくちゃね


「ありがとうございます。近いうちに、また来ますね」


「はい。お待ちしております」


受付を離れて

ギルドの外に出る


空はもう夕暮れに染まっていた


「……ふぅ」


今日は本当に色々あったわねぇ


薬を買って

ご飯を作って

スープまで包んで


まさか今日一日で

人を雇う話まで考えることになるなんてねぇ


でも


悪くない話だと思うのよ


テオ君は家族のそばで働ける


私は商品の準備を手伝ってもらえる


ちゃんと働いた分だけ

お給料も払える


どちらかが一方的に得をするんじゃなくて

お互いに必要なものが手に入る


そういうのって

商売としても素敵じゃない?


……まあ


まだテオ君には

お給料を払うつもりだって言ってないんだけど


あの子のことだから

借りを返すためだって言い張りそうねぇ


ふふっ


さて、どう説得しようかしら


とりあえず明日は

テオ君のお母さんの様子を見に行って


まずはお仕事のことを相談して

そのあと本人にも、ちゃんと話しましょ


今日の様子を見る限り

きっと興味は持ってくれるはず


「……まずは、瓶と木匙ね」


粉を入れる容器も必要だし

一回分をきちんと量れるようにしなくちゃ


それから包み方も

もう少し教えてあげたいわね


やることが増えた気もするけど


これがうまくいけば

毎晩パルナと睨めっこしなくて済むんだもの


そう考えたら

なんだか楽しみになってきたわ


それにしても


まさか初めて人を雇うきっかけが

スープの包み直しになるなんてねぇ


異世界で商人を始めて

まだ何日も経っていないのに


随分と賑やかになってきたものだわ


さて


今日こそ宿に戻って

ゆっくり休みましょ


……その前に


明日の露店の分も

少しは包まないといけないのよね


「……ああ、もう!」


早くこの包装地獄から

抜け出したいわぁ!

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