第31話 食べられるもの
「病人のご飯を作ることになるとは思ってなかったけど、食べてもらえるもの考えましょうか」
そう言うと
テオ君が少し驚いたように私を見た
「……作るのか?」
「そのつもりよ」
「でも、薬まで買ってもらったのに」
「あら。だからって何も食べずに薬だけ飲ませるわけにもいかないでしょう?」
「それは……」
「それに私、お料理は嫌いじゃないの」
むしろ好きな方よ
さて
問題は何を作るかね
テオ君のお母さんは喉が腫れていて、かなり弱ってる
さっきのコーンスープは飲めていたから
柔らかくて、喉を通りやすいものがいい
お粥みたいなものが一番なんだけど
この世界で普段食べてる穀物が何なのか、まだ全部把握してるわけじゃないのよねぇ
「テオ君、お家に本当にパンしかないの?」
「……ああ」
「調味料は?」
「塩ならある」
「普段は何を食べてるの?」
「パンとか、母さんが作ったスープとか」
「寝込んでからは?」
「……パン」
少し間を置いて
「たまに屋台で何か買う」
と付け足した
「テオ君は料理しないの?」
「……あんまりできない」
でしょうねぇ
十二歳だもの
簡単なものくらいは作れても
家族の食事を毎日用意するとなれば話は別よね
「分かったわ。ちょっと買い物してくる」
「え?」
「食べるものがないんでしょう?」
「でも、薬だけでも十分だ。これ以上は――」
「テオ君」
「……なんだよ」
「リナちゃん、お腹空いてる?」
「え?」
急に話を振られたリナちゃんが目を丸くする
それからテオ君をちらりと見て
こくん
と頷いた
ほらね
「リナ!」
「だって……」
「テオ君、リナちゃんに当たらないの」
「当たってない!」
「その声がもう怖いのよ」
「……」
テオ君が黙る
「別に豪華なものを食べさせようって言ってるんじゃないわよ。テオ君のお母さんが食べられそうなものを作るついでに、二人の分も作るだけ」
「でも、金が……」
「私が出すわ」
「駄目だ!」
即答だった
あら
そこは譲らないのね
テオ君は服の内側から小さな革袋を取り出した
「俺が払う」
「それ、薬や生活に使うお金じゃないの?」
「……そうだけど」
「だったら、しまっておきなさい」
「でも」
「そのお金、どうやって稼いだの?」
「冒険者ギルドの仕事」
冒険者ギルド
十二歳のテオ君ならEランクね
成人前でも受けられる、街中の安全な仕事が中心だったはず
「普段はどんな仕事をしてるの?」
「荷物運びとか、街の掃除。あとは店の手伝い」
「毎日あるの?」
「……いや。仕事がある時だけ」
やっぱり安定して稼げるわけじゃないのね
「母さんが働けないから、俺がやらないと」
「テオ……」
寝台から弱い声がした
振り返ると
テオ君のお母さんがこちらを見ていた
「起きなくていいのよ」
「……すみません」
「謝らなくていいってば」
本当に律儀な人ねぇ
「テオに……無理をさせてしまって」
「母さん」
「この子……毎日、仕事を探して……」
「いいって!」
テオ君が遮る
「俺が勝手にやってるだけだから」
「でも……」
「母さんは寝てろよ」
ぶっきらぼうだけど
心配してるのが丸分かりね
私はテオ君のお母さんを見る
「最近、ちゃんと食べてた?」
「……食べています」
少し間があった
「……無理してない?」
「……」
「お母さん、パンくれた」
リナちゃんが口を開く
「リナ……」
「きのうも」
「……」
なるほど
「自分の分を二人にあげてたの?」
「……少しだけです」
少しだけねぇ
この家に残ってる食べ物を見る限り
あんまり信用できないわね
だから《鑑定》で栄養不足なんて出てたのか
病気で食べられないだけじゃなかったのね
「テオ君。そのお金はしまって」
「じゃあ、どうするんだよ」
「貸しにしておきましょ」
「……え?」
「今すぐ返さなくていい貸し。細かいことは、テオ君のお母さんが元気になってから考えればいいのよ」
本当は返してもらうつもりなんてないけど
今のテオ君には、その方が受け取りやすそうね
しばらく私を見ていたテオ君が
ようやく革袋をしまった
「……分かった」
「よし。じゃあ決まり」
◇
市場へ戻る
そういえば元々はパルナを買い足すために外へ出たのよね
随分と寄り道したものだわ
せっかく来たので、まずはパルナを必要な分だけ買っておく
これで今夜の包み直しには困らない
そのまま食料を扱う店を見て回った
欲しいのは
柔らかく煮られる穀物
野菜
それと少しのお肉
いくつか見て回っていると
粒の小さな麦が目に入った
これなら良さそうね
「ねえ、これってスープに入れて煮ても大丈夫?」
「ああ。よく使うよ。しっかり煮れば柔らかくなる」
「それならちょうどいいわ」
テオ君のお母さんには柔らかく煮て
テオ君とリナちゃんには具を多めにすれば、同じ鍋で作れる
麦を一袋
玉ねぎとにんじん
それから煮込みに使えそうな葉物を少し
最後に肉屋へ寄る
並んでいる肉を見れば、鶏肉は比較的安い
これならたっぷりとはいかなくても
四人分のスープに入れるくらいなら十分ね
脂の少なそうなところを選んで買う
これで材料は揃った
……と言いたいところだけど
味付けが塩だけなのよねぇ
もちろん、それでも食べられる
でも
ただでさえ食欲が落ちてる病人に出すんだもの
少しでも美味しい方がいいわよね
私は人の少ないところへ移動してスマホを取り出した
通販を開く
探すのは顆粒だし
こういう時、本当に便利ねぇ
使うのはほんの少し
料理全部を向こうの物で作るわけじゃない
現地の食材に
ちょっとだけお手伝いしてもらいましょう
注文を済ませ
届いた顆粒だしを《無限収納》へ入れる
さて
帰りましょうか
◇
家へ戻ると
テオ君がすぐに出迎えた
「遅かったな」
「市場を見て回ってたのよ。ちゃんと買ってきたわ」
買ってきたものを取り出していく
麦に玉ねぎ、にんじんと葉物
それから鶏肉
「麦?」
テオ君が袋を覗き込む
「そうよ。これで美味しいもの作るからね」
「これで?」
「あら、信用してない?」
「いや……そういうわけじゃないけど」
「ふふっ。じゃあ楽しみにしてなさい」
リナちゃんも横から覗き込んでくる
「おにく」
「あら、そっちに気づいた?」
「おにく……!」
分かりやすく目が輝いたわね
最近まともに食べてなかったなら仕方ないか
「ちゃんとリナちゃんの分もあるから安心して」
「ほんと?」
「ほんとよ」
「やった!」
ふふ
それじゃあ
美味しいもの作りましょうか
台所を借りる
大きくはないけど
鍋と包丁くらいはちゃんとある
まずは麦を水で洗う
鍋にたっぷりの水と麦を入れて火にかけた
その間に鶏肉を小さく切る
テオ君のお母さんでも食べやすいように
いつもより細かめに
玉ねぎとにんじんも小さく刻んで
葉物も食べやすい大きさにする
「手伝う」
いつの間にかテオ君が隣に立っていた
「あら。じゃあ、これお願いできる?」
切った野菜を入れた器を渡す
「そっちに置いておいて。あと、お水も少しお願い」
「分かった」
テオ君が器を置いて
水を汲みに行く
こういうところを見ると
やっぱりしっかりしてるのよねぇ
しばらく煮て
麦が柔らかくなってきたところで
鶏肉と野菜を鍋へ入れる
ことこと煮ていくうちに
鶏肉と野菜の匂いが部屋に広がり始めた
「……いいにおい」
振り返ると
いつの間にかリナちゃんまで来ていた
「もうちょっと待ってね」
「うん」
二人揃って鍋を見てるわねぇ
そんなに見つめても早く煮えないわよ
野菜が柔らかくなったところで
少しだけ塩を入れる
そして
二人から見えないように《無限収納》から顆粒だしを取り出した
入れるのはほんの少し
味を見ながら溶かしていく
「……うん」
これくらいね
濃すぎない
でも鶏肉と野菜だけより、ちゃんと旨味がある
麦もかなり柔らかくなっている
テオ君のお母さんには、もう少し柔らかい方がいいわね
私は鍋の一部を小さな鍋へ移して
水を少し足した
「なんで分けるんだ?」
「テオ君のお母さんの分よ」
「同じじゃ駄目なのか?」
「駄目じゃないわ。でも、今は喉も腫れてるでしょう?」
小さな鍋の方だけ、さらに火にかける
麦がもっと柔らかくなって
野菜も簡単に潰せるくらいまで
「今はこっちの方が食べやすいと思うわ」
「へぇ……」
テオ君が感心したように鍋を見る
「味も少し薄めにしてあるの」
「味まで?」
「弱ってる時は、こっちの方が食べやすいでしょうからね」
柔らかく煮えた麦と
小さく切った鶏肉と野菜を器へよそう
見た目は
お粥とスープの間みたいね
「できたわよ」
寝台まで持っていく
「少し食べられそう?」
「……こんなにしていただいて」
「それはもういいの」
「でも……」
「お礼は元気になってから聞くわ。今は食べることだけ考えて」
身体を起こすのを手伝って
器を渡す
テオ君のお母さんが匙ですくい
少しだけ口へ運んだ
ゆっくり噛んで
飲み込む
「どう?」
「……美味しい」
よかった
「喉は?」
「大丈夫です。これなら……食べられそうです」
「なら、無理しない程度にね」
もう一口
また一口
量は少ないけど
ちゃんと食べている
これなら薬も飲めそうね
「私たちも食べていい?」
リナちゃんが聞いてくる
「あら」
振り返ると
テオ君と並んで待っている
「もちろんよ」
二人の器には麦と具を多めによそう
「熱いから気をつけてね」
「うん!」
リナちゃんがふうふうと息を吹きかけて
一口
「……おいしい!」
ふふ
いい反応ね
テオ君も一口食べる
「……うまい」
「でしょう?」
「なんか、いつものスープと味が違う」
「ふふっ。ちょっと工夫したのよ」
まあ
その工夫の半分は通販なんだけどね
私も自分の分をよそって食べる
うん
悪くない
麦だから日本のお粥とは全然違うけど
これはこれで美味しいわね
しばらくすると
テオ君のお母さんの器も半分ほど空になっていた
全部食べろとは言わない
今はこれだけ食べられれば十分でしょう
「もう大丈夫?」
「……はい。少し休めば、もう少し食べられそうです」
「じゃあ残しておきましょう」
私は器を受け取る
さて
次は薬ね
薬師から買った包みを見る
飯が食えた時は、その後に飲ませるように言われていた
なら
今のうちに煮出しておきましょうか
教えてもらった通りに薬を煮出して
少し冷ます
独特の匂いがするわねぇ
美味しくはなさそう
「これ、飲めそう?」
器を渡すと
テオ君のお母さんは少しずつ口にする
一口飲んだところで
ほんの少し眉が寄った
「……苦いですね」
「薬だもの。そこは我慢してちょうだい」
「ふふ……そうですね」
時間をかけながらも
ちゃんと飲んでくれた
そのあと水も飲んでもらって
再び寝台へ横になってもらう
食事もした
薬も飲んだ
水分も取った
あとはゆっくり休んでもらうだけね
料理を作って
薬を煮て
水を飲ませて
なんだか今日は商人というより看病人ねぇ
まあ
こんな日があってもいいでしょう




