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第30話 薬師


家を出ると、リナちゃんが私の少し前を歩き始めた


「お薬屋さん、こっち?」


「うん」


小さな足でてくてくと歩いていく


さっき一人でここを歩いていた時は、どんな気持ちだったのかしら


お母さんの薬を買わなきゃって


それだけ考えて、一人で家を出たんでしょうね


「リナちゃん」


「なに?」


「テオ君、すっごく心配してたわよ」


「……おこってた」


「ふふっ、そう見えた?」


「うん」


「あれは怒ってたっていうより、リナちゃんに何かあったんじゃないかって心配してたんだと思うわ」


「……しんぱい」


「そう」


リナちゃんは少し考えて


「……もう、ひとりでいかない」


と小さく呟いた


「うん。それがいいわね」


しばらく歩くと、リナちゃんが一軒の店を指差した


「あそこ」


「ここね」


市場から少し離れた通りにある、小さな店だった


扉の横には薬草らしきものを束ねた看板が掛かっている


中へ入ると、独特の匂いが鼻をくすぐった


乾燥させた葉


木の皮


何かの根


棚には小さな瓶や壺が並び、天井からはいくつもの薬草が吊るされている


こういうところは、向こうの薬局とは全然違うわねぇ


「いらっしゃい」


奥から声がした


出てきたのは、五十代くらいの男性だった


灰色の髪を短く切り、腰には小さな布袋をいくつも下げている


男性は私を見たあと、その隣にいるリナちゃんへ視線を移した


「ああ、お嬢ちゃん」


どうやら覚えているみたいね


「さっきはどうした? 急にいなくなったから気になってたんだぞ」


リナちゃんが私の後ろへ少し隠れる


「……ごめんなさい」


「いや、怒ってるわけじゃない」


男性は困ったように眉を下げた


「薬を買うにはお金が足りないって言ったら、黙って出ていっちまったからな」


なるほど


ここでお金が足りないことを知って、どうしたらいいか分からなくなったのね


「この子のお母さんのことで、少し相談したいんだけどいいかしら?」


「母親の?」


「ええ」


男性の表情が少し真剣になる


「お嬢ちゃんの母親なら知ってる。最初に診たのも俺だし、その後も何度か薬を出してる」


「まだ熱が下がってないの」


「まだ?」


薬師が眉を寄せた


「薬は?」


「昨日でなくなったみたい」


「……そうか」


小さく息を吐く


「本当なら、もう一度診たいところだな」


「それなんだけどね」


「ん?」


少しだけ言葉を選ぶ


さて


どこまで話すか


《鑑定》を持っていることは隠してない


でも、見えたものを全部話す必要はないわね


「私、《鑑定》を持ってるの」


「ほう」


「普通より少し詳しく見えるみたいでね」


薬師の目がこちらへ向く


「《鑑定》では、発熱と衰弱。それと、原因は喉から気道の辺りの炎症みたい」


「……原因まで分かるのか?」


「ある程度は、みたいね」


「ほぉ……それは珍しい《鑑定》を持ってるんだな」


やっぱり、原因まで見えるのは珍しいみたいね


「でも、見えるだけよ」


私は肩を竦める


「どの薬を、どれくらい使えばいいのかまでは分からないもの」


「それでも薬師からすれば羨ましい話だ」


「そういうもの?」


「ああ。普通なら、熱があるとか身体が弱ってるとか、そのくらいだ。原因まで分かれば、薬を選ぶ手掛かりになる」


「なるほどねぇ」


薬師は少し考えてから口を開く


「咳は出てるか?」


「ええ」


「息が苦しそうだったり、胸を痛がったりは?」


思い返す


「私が見てた間は、そこまで苦しそうにはしてなかったわ。ただ、かなり疲れてるみたい」


「食事は?」


「ほとんど取れてないみたい。さっきスープは少し飲めたわ」


「水分は取れてるか?」


「そこまでは確認してないわね」


「そうか」


薬師はしばらく考え込んだあと、頷いた


「それなら、前に出した薬を少し変える」


店の奥へ向かい


棚からいくつかの薬草を取り出して、手早く量を量っていく


乾燥した葉や根のようなものをいくつか合わせていく


「熱と喉の腫れを抑えるものを中心にする。咳にも多少は効くはずだ」


慣れた手つきで薬草を分け、包んでいく


「ただ、薬だけ飲ませればいいって状態でもなさそうだな」


「ええ」


「水は少しずつでもいい。何度かに分けて飲ませてくれ。食事も無理に固いものを食わせる必要はない。喉も腫れてるなら、飲み込みやすいものの方がいい」


「分かったわ」


その辺は私が知ってることと変わらないわね


スープは飲めていた


あとは水分を取らせながら、もう少し食べやすくて栄養のあるものも用意した方がよさそう


お粥みたいなものなら作れるかしら


「汗をかいた服や布も、できるだけ替えてやってくれ」


「ええ」


薬師が包みをまとめる


「薬は湯で煮出して飲ませる。苦いが、できるだけ残さずにな」


「分かったわ」


「飯が食えた時は、その後に飲ませてやってくれ」


「ええ」


「まずは三日分だ」


薬師がこちらを見る


「それでも高い熱が続くようなら、もう一度診る。それより前でも、急に息が苦しくなったり、意識がはっきりしなくなったりしたら、すぐに呼びに来い」


「分かったわ」


薬師が薬をまとめて差し出した


金額を聞いて


リナちゃんが持っていたお金では足りなかった理由が分かった


これを何度か買ってたなら、結構な出費になってたでしょうね


私はそのまま代金を払う


「……え?」


隣から小さな声がした


見ると、リナちゃんが目を丸くしている


「どうしたの?」


「おくすり……」


「うん?」


「かえたの?」


「買えたわよ」


「……ほんと?」


「ほんと」


薬の包みを見せると


リナちゃんの顔がぱっと明るくなった


「おかあさん、おくすりのめる?」


「ええ。帰ったら飲んでもらいましょ」


「うん!」


さっきまでの小さな声が嘘みたいね


「ありがとう」


薬師に礼を言う


「いや。俺も気になってたからな」


「それじゃあ、また何かあったら相談させてもらうわね」


「ああ。母親の様子が変わったら、すぐに来い」


「分かったわ」


店を出る


薬の包みは《無限収納》には入れず、そのまま手に持つ


隣を歩くリナちゃんが、さっきから何度もそれを見ているからだ


「大丈夫よ。ちゃんとお母さんのところまで持って帰るから」


「……うん」


少しして


「リナちゃん」


「なに?」


「お家に食べ物って、何があるか分かる?」


「たべもの?」


「そう」


リナちゃんがしばらく考える


「……パン、ちょっと」


「そっか。じゃあ、帰ったらテオ君に聞いてみましょ」


「うん」


薬は買えた


あとは水分と、食べられるものね


家にあるもので足りなければ、その時に考えましょう


◇


二人の家へ戻ると


扉を開けた音に気づいたのか、テオ君がすぐにこちらを振り返った


「リナ!」


「ただいま……」


「薬は?」


私は持っていた包みを軽く持ち上げる


「ちゃんと買えたわよ」


「……本当に?」


「ええ」


テオ君の顔から、少しだけ力が抜けた


「おにいちゃん」


「ん?」


リナちゃんがテオ君のそばまで歩いていく


「……ごめんなさい」


「え?」


「もう、ひとりでいかない」


テオ君は一瞬目を丸くして


それから小さく息を吐いた


「……分かった」


ぽん、とリナちゃんの頭に手を置く


「もう一人で行くなよ」


「うん」


よしよし


仲直りできたみたいね


私は薬の包みをテオ君へ渡した


「薬師さんに今の状態を話して、前の薬から少し変えてもらったわ」


「……ありがとう」


「お礼はまだ早いわよ。ちゃんと飲んでもらわないと」


「どうやって?」


「お湯で煮出すんですって。何か食べられた時は、その後に飲ませてあげて」


「分かった」


テオ君が大事そうに薬を持つ


「それと、水分も少しずつでいいから取ってもらって」


「ああ」


「で」


私は部屋の中を見る


「今、お家に食べ物って何があるの?」


「食べ物?」


「リナちゃんに聞いたら、パンが少しって言ってたんだけど」


テオ君が少し黙る


「……それくらい」


やっぱり


「他には?」


「……ない」


「そっか」


なら


次はご飯ね


病人相手に腕を振るうことになるとは思ってなかったけど


食べてもらえるもの、考えましょうか


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