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第29話 兄妹


「リナに何した!」


少年はリナと呼んだ少女を庇うように私との間へ入り、鋭い目でこちらを睨みつけた


急いで探し回っていたのか、肩が大きく上下している


私よりずっと年下


まだ子どもと呼んでいいくらいの少年だ


少女と同じように、何度も繕われた服を着ている


顔立ちもどことなく似ている気がする


「大丈夫よ。私は何もしてないわ」


できるだけ刺激しないように、ゆっくり立ち上がる


「道の端で泣きそうな顔して座り込んでたから、具合でも悪いのかと思って声をかけただけよ」


「……本当か?」


「ええ」


少年の後ろから、少女が服の裾を小さく引っ張った


「おにいちゃん……」


あら、お兄ちゃんだったのね


「リナ、大丈夫か?」


リナちゃんっていうのね


「うん」


「何もされてない?」


「うん……だいじょうぶ?って、きいてくれただけ」


それを聞いて、少年の肩から少しだけ力が抜けた


「……そうか」


まだ完全に警戒を解いたわけじゃなさそうね


まあ、それくらいでいいわ


知らない人を簡単に信用するより、よっぽど安心だもの


「……悪かった」


「あら、いいのよ。心配だったんでしょう?」


少年は少し気まずそうに目を逸らしたあと、リナちゃんへ向き直った


「どこ行ってたんだよ。ずっと探してたんだぞ」


「……ごめんなさい」


リナちゃんは俯いたまま、小さな手をぎゅっと握っている


やがて、その口からぽつりと言葉が落ちた


「……おくすり」


「え?」


「おかあさんの、おくすり……」


少年の表情が変わった


「薬屋に行ったのか?」


リナちゃんがこくりと頷く


「おかあさん、ずっとくるしそうだから……」


「だからって一人で行ったら心配するだろ!」


強くなった声に、リナちゃんの肩がびくっと揺れた


「あ……」


少年もすぐに気づいたらしい


「……ごめん」


「……うん」


「お薬、買いに行ったの?」


私が聞くと、リナちゃんが小さく頷いた


「買えなかった?」


「……おかね、たりなかった」


少年が一瞬俯く


それからリナちゃんの前にしゃがみ込んだ


「そうか。兄ちゃんの代わりに薬買いに行ってくれたんだな」


リナちゃんが小さく頷く


「ありがとうな」


少年はそう言って、リナちゃんの頭を優しく撫でた


笑っている


でも、その笑顔が無理に作ったものだということくらい、私にも分かった


「お母さん、ずっと具合が悪いの?」


私が聞くと、少年は少し迷ってから頷いた


「熱が下がらないんだ」


「いつから?」


「……何日も前から」


「薬師には診てもらった?」


「ああ。最初に診てもらって、薬も買った」


「薬を飲んだ後は?」


「少し良くなった。でも、また熱が上がって……」


少年の手がぎゅっと握られる


「薬も、昨日で最後で……」


「他に大人の人は?」


その瞬間


少年の表情が僅かに曇った


「……いない」


「そう……」


それ以上は聞かなかった


今ここで聞くことじゃないわね


「お母さん、今一人なの?」


「……ああ」


「熱はまだあるの?」


「ある」


すると、隣にいたリナちゃんが小さく呟いた


「……いっぱい」


「いっぱい?」


「おかあさん、ずっとねてるの」


正確な日数は分からないけど、昨日今日の話ではなさそうね


それだけ長く熱が続いてるなら、まともに食事もできてないんじゃないかしら


この二人のことも気になるし


話を聞いて、このまま知らないふりをするのも嫌だわ


「あのね」


二人を見る


「私、今この街で露店をやってる駆け出しの商人なの」


「……商人?」


「ええ」


少年が不思議そうな顔をする


「そこで、お湯を注ぐだけで飲めるスープを売ってるのよ」


「スープ……」


「お母さん、あんまりご飯を食べられてないんじゃない?」


少年は黙った


その反応だけで十分だった


「食欲がなくても、温かいスープなら少しは飲めるかもしれないでしょう? それも難しそうなら、もう少し食べやすいものを考えてもいいし」


「でも……」


「お金の心配ならいらないわよ」


「え?」


「売りつけようって話じゃないもの」


少年が目を丸くする


「話を聞いちゃったら心配になっちゃってね。少し食べ物を持っていこうかなって思っただけ」


少年は黙ったまま私を見る


まだ完全には信用してないでしょうね


当然だ


今日初めて会ったばかりなんだから


しばらくして、少年が小さく頷いた


「……分かった」


「じゃあ、案内してもらってもいい?」


「ああ」


少年が歩き出そうとしたところで、私は呼び止める


「あ、ちょっと待って」


「何?」


「そういえば、まだ名前を聞いてなかったわね」


少年は一瞬迷ったあと


「……テオ」


と短く答えた


「テオ君ね」


それからリナちゃんを見る


「それじゃあ、あなたがリナちゃんね?」


「……うん」


「私はマサキよ」


リナちゃんが小さく頷く


「じゃあ、行きましょうか」


「……こっち」


テオ君が歩き出す


その隣をリナちゃんがついていき、私も二人の後を追った


パルナを買いに来ただけだったんだけどねぇ


まあ、仕方ないわ


パルナは逃げないもの


◇


二人の家は、市場からさらに離れた場所にあった


中心部から離れるにつれて建物は小さくなり、道も少しずつ狭くなっていく


その中にある古い家の一つで、テオ君が足を止めた


扉を開ける


「母さん、ただいま」


返事はない


「母さん?」


テオ君が慌てて中へ入っていく


私も少し遅れて、その後に続いた


家の中は狭かった


でも、散らかっているわけではない


古い家具も、少ない食器も、きちんと片付けられている


丁寧に暮らしているのが分かる


部屋の奥には簡素な寝台があり、一人の女性が横になっていた


「母さん」


テオ君がそばへ駆け寄る


女性がゆっくり目を開けた


「……テオ?」


「母さん、大丈夫?」


「……ええ」


大丈夫には見えないけど


女性はぼんやりとテオ君を見たあと、その後ろにいる私に気づいた


「……その人は?」


「あ……」


テオ君がこちらを見る


「リナが外に出てて……この人がリナを心配して声をかけてくれたみたいで」


「リナが?」


女性の顔に心配が浮かぶ


「リナ……どこに行ってたの……?」


「……おくすり」


寝台のそばまで来たリナちゃんが、小さな声で答える


「おかあさんの、おくすり……かいにいったの」


「……一人で?」


「ごめんなさい……」


「もう……勝手に出たら駄目でしょう……」


叱る声にすら力がない


「ごめんなさい……」


「無事なら……いいの」


女性がリナちゃんの頭へ手を伸ばす


けれど、その手にもほとんど力が入っていなかった


思っていたより辛そうね


顔色も良くないし、唇も乾いている


「突然お邪魔してごめんなさい。私、マサキっていうの」


「マサキ……さん?」


「ええ。今、市場で露店をやってるの」


女性が身体を起こそうとする


「ちょっと、無理に起きなくていいわよ」


「でも……」


「そのままで大丈夫よ」


女性は申し訳なさそうにしながら、再び枕へ頭を戻した


「テオ君から少し聞いたんだけど、あんまり食事が取れてないんですって?」


「……ええ」


「私、お湯に溶かすだけで飲めるスープを持ってるの。もしよかったら、少し飲んでみない?」


「そんな……」


「いいのよ。飲めそうなら試してみましょ」


《無限収納》からスープを取り出す


コンソメとコーンなら……


少し甘い方が口にしやすいかしら


コーンスープを一袋取り出した


「テオ君、お湯って沸かせる?」


「ああ」


「じゃあ、お願いしてもいい?」


「……分かった」


テオ君がお湯を用意している間に、器を借りる


粉を入れ


そこへ熱いお湯を注いで混ぜると、甘い香りが部屋に広がった


「いいにおい……」


リナちゃんが小さく呟く


その視線は、湯気の立つ器に釘付けになっている


「二人も飲む?」


「え?」


「まだあるから大丈夫よ」


「でも……」


「遠慮しなくていいの。三人分作りましょ」


もう二袋取り出す


三つの器から湯気が立った


「熱いから気をつけてね」


まずはお母さんへ渡す


テオ君に身体を少し支えてもらいながら、ゆっくり器へ口をつけた


一口


二口


「……甘い」


「飲めそう?」


「ええ……美味しい……」


よかった


少なくとも、これなら口にできそうね


リナちゃんも恐る恐る一口飲む


「……おいしい!」


ぱっと表情が明るくなる


「ふふっ、美味しい?」


「うん。これなに?」


「コーンっていう甘い野菜のスープよ」


「こーん……」


初めて聞く名前を確かめるように繰り返して、もう一口飲む


隣ではテオ君も黙ってスープを口にしていた


「テオ君はどう?」


「……うまい」


「ふふっ、よかった」


お母さんもゆっくりと、もう一口スープを飲む


飲めてはいる


でも、それだけで随分疲れているように見えた


顔色も悪い


何日も熱が続いているという


……少し、状態を見た方がいいかもしれないわね


バルドに言われたことを思い出す


人を勝手に《鑑定》するな


私の《鑑定》は普通より詳しく見える


だから、人に使う時は相手の許可を取るようにしてきた


「ねえ」


女性がゆっくり私を見る


「私、《鑑定》のスキルを持ってるの。少し状態を見てもいい?」


「……鑑定?」


「ええ。何か分かるかもしれないから」


女性は少し驚いたようだったけれど


やがて小さく頷いた


「……お願いします」


「ありがとう」


許可をもらってから、女性を見る


《鑑定》


目の前に文字が浮かび上がった


【状態:発熱・衰弱】


【原因:咽頭部から気道にかけての炎症】


【症状:高熱・咳・喉の腫れ・全身倦怠】


【併発:軽度の脱水・栄養不足】


【悪化要因:水分・栄養摂取不足による体力低下】


……こんなところまで分かるのね


病気そのものに加えて、水分も栄養も足りていない


そのせいで身体が弱って、治るための体力まで落ちているみたい


私は《鑑定》の表示を消した


原因が分かったところで


私には、どの薬をどれだけ飲ませればいいのかなんて分からない


だったら、分かる人に聞くしかないわね


「テオ君」


「何?」


「お母さんの薬を買ってたお店、教えてくれる?」


「市場の近くだ」


「リナちゃんが行ったところ?」


「ああ」


「分かった。私、ちょっと薬師さんに相談してくるわ」


「でも……」


テオ君が言いにくそうに口を閉じる


何を気にしているのかは、もう分かる


「今はお母さんのことを考えましょ」


「……」


「リナちゃん」


「なに?」


「さっき行ったお薬屋さん、案内してくれる?」


「うん」


「俺も行く」


「テオ君はお母さんのそばにいてあげて」


「でも……」


「リナちゃんと行ってくるわ。それに、お母さんを一人にする方が心配でしょう?」


テオ君が寝台を見る


しばらく迷ってから、小さく頷いた


「……分かった」


私はリナちゃんと一緒に扉へ向かう


パルナを買いに出ただけだったんだけどねぇ


まあ、それは後でもいいわ


今はこっちが先ね


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