第27話 噂のスープ
露店を始めて三日目
朝食を済ませ、商人ギルドで今日の区画を確認してから市場へ向かう
今日の場所は昨日より少し大通りに近い
両隣にも軽く挨拶を済ませ、商品を並べていく
昨日はマッチを買っていく人が多かったので、今日は少し増やしてみた
それから、昨日初めて売れた折り畳み椅子
一脚しか用意していなかったので、通販でもう二脚追加しておいた
そして粉のスープは八セット
昨日は三セット全部売れたから、一気に増やしてみたんだけど――
「……ちょっと増やしすぎたかしら」
コンソメとコーンを三包ずつ入れたものが八セット
これだけあれば、さすがに今日は余るかもしれない
それに
通販で買うところまでは簡単なんだけど
そのまま売るわけにはいかないから、一つずつパルナの葉に詰め替えないといけない
八セットで四十八包
昨夜は思っていたより時間がかかった
開いて
入れて
包んで
また開いて――
途中からはひたすらその繰り返しだった
「まあ、余ったら明日売ればいいわよね」
石鹸
ピーラー
ファイヤースターターも並べ
最後に黒板を立てる
「よし」
三日目の露店、開店よ
店を開いてしばらくした頃
見覚えのある三人組がこちらへ歩いてきた
昨日、石鹸を随分気にしていた女の子たちだ
一番若い子が私の露店を見つけると、そのままこちらへやってくる
「石鹸ありますか?」
「あら、昨日の。あるわよ」
紙に包んである石鹸を一つ取り出す
「買うの?」
「うん。やっぱり気になって」
後ろにいた二人が笑う
「宿に戻ってからも気にしてたもんね」
「だって気になったんだもん」
女の子は少し迷うように石鹸を見てから
「……やっぱり一つください」
「千Gね」
代金を受け取り、石鹸を渡す
女の子は包みを受け取ると、嬉しそうに鞄へしまった
「ありがと」
「こちらこそ。使った感想、聞かせてね」
「分かった!」
「フィア、今日使うの?」
「使えるなら使いたい」
フィアっていうのね
三人は他の商品も少し眺めてから、市場の中へ歩いていった
昨日あれだけ迷っていた物を
わざわざ次の日に買いに来てくれた
「ふふっ」
朝からちょっと嬉しいわね
それから少しして
人混みの向こうに灰色の尖った耳が見えた
昨日、売り切れた後に来た彼だ
今日は一人らしい
私の露店を見つけると、まっすぐこちらへ歩いてくる
「いらっしゃい」
「……スープ」
挨拶より先にそれなのね
「ちゃんとあるわよ」
籠を指差す
並んだスープを見て、灰色の耳がぴくりと動いた
「前に買ったのと同じのでいい?」
「ああ」
「いくつ?」
少し考えてから
「二つ」
「二セットね」
最初の日に買って
昨日も買いに来て
今日は二セット
「ふふっ、気に入ってくれたみたいで嬉しいわ」
「……まあ」
耳が小さく動く
相変わらず表情より耳の方が分かりやすい
代金を受け取り、二セット分を渡す
「はい、どうぞ」
「ありがと」
包みを鞄へしまった彼が、籠へ視線を向ける
「今日は多いな」
「昨日売り切れちゃったから増やしてみたの」
「そうか」
今日はかなり増やしたんだもの
さすがに売り切れることはないでしょう
彼はもう一度籠を見てから、人混みの中へ消えていった
午前中は思っていたより穏やかだった
増やしておいたマッチが何箱か売れ
ファイヤースターターを手に取って値段を聞いた人が、少し考えてから元の場所へ戻す
石鹸を珍しそうに眺めていく人もいた
スープも時々売れるけど
まだ籠の中には残っている
「やっぱり八セットは多かったかしら」
そう思い始めた頃
一人の冒険者らしい男が店の前で足を止めた
「ここか?」
「いらっしゃい?」
男は並べてある商品を見回し、スープを見つける
「これか。湯を入れるだけで飲めるスープって」
「ええ、そうよ」
「本当に粉なんだな」
「そうだけど……」
男は包みをじっと眺める
「これ、本当に高級料理店みたいな味なのか?」
「……高級料理店?」
「そう聞いたんだが」
「高級料理店はちょっと言いすぎじゃない?」
一体どんな伝わり方してるのよ
男は少し笑って
「まあ、飲んでみりゃ分かるか。一つくれ」
「あら、ありがとう」
代金を受け取り、一セット渡す
男は包みを鞄へ入れると、そのまま市場の中へ歩いていった
高級料理店ねぇ……
昨日も知り合いから聞いたと言って来た人がいたし
誰かが誰かに話しているのは分かっていたけど
もうそんな話になってるの?
それからしばらくして
今度は仲の良さそうな若い女の子が二人、並んでこちらへ歩いてきた
冒険者という感じではない
買い物の途中なのか、それぞれ籠を持っている
「あ、ここじゃない?」
「多分そう!」
二人は私の露店の前で止まると、商品を覗き込んだ
「すみません。甘いスープってありますか?」
「甘いスープなら、コーンスープのことかしら」
私は一セット取り出して見せる
女の子の一人が首を傾げた
「コーン?」
「ああ、この辺では馴染みがないのね。甘みのある野菜を使ったスープよ」
「野菜なの?」
「ええ」
もう一人の女の子が、隣に入っている包みを指す
「じゃあ、こっちの三つは?」
「そっちはコンソメ。肉や野菜の旨みがあるスープね」
「二種類入ってるんだ」
「コンソメとコーンが三つずつ。全部で六杯分よ」
「へぇー」
二人で顔を見合わせる
「どっちも飲んでみたいね」
「うん」
そこで一人が思い出したように私を見る
「コーンの方って、砂糖みたいに甘いって本当ですか?」
「そんなに甘くないわよ?」
思わず即答した
「やっぱり違うんだ」
「甘みはあるけど、お菓子みたいな甘さじゃないわ」
「そうなんだぁ」
……やっぱり噂になってるのね
「じゃあ私、一つ買ってみる」
「私も」
「はい。二人とも一セットずつね」
代金を受け取り、それぞれにスープを渡す
二人は包みを籠へしまうと、楽しそうに話しながら市場の中へ消えていった
その後も
スープの場所を聞いてくる人がぽつぽつと現れた
中には黒板を見るより先に
「スープはまだあるか?」
と聞いてくる人までいる
「湯だけで作れるって聞いたんだけど」
「ええ。器に粉を入れて、お湯を注いで混ぜるだけよ」
「じゃあ一つ」
また別の人は
「甘いスープがあるって聞いたんだけど」
とやってきた
「コーンスープね。砂糖みたいに甘いわけじゃないわよ」
「俺、まだそこまで聞いてないぞ」
「あら。その質問、今日だけでもう何回も聞いたのよ」
客は笑いながら一セット買っていった
「……ちょっと待って」
噂が回るの早くない!?
昨日だって、知り合いから聞いたって人は来ていた
噂が広がること自体は分かる
分かるけど――
早くない!?
売り始めたの一昨日よ?
それなのに今日は
普通に買い物へ来た街の人までスープを探してやってくる
しかも
高級料理店だの
砂糖みたいに甘いだの
微妙に話まで盛られている
とはいえ
噂を聞いて来る人が一気に押し寄せてくるわけではなかった
一人来て
しばらくして、また一人
その合間にはマッチを買う人がいたり
他の商品を眺めていく人もいる
そんな調子で時間が過ぎていった
そして午後も随分過ぎた頃
一人の男が店の前で足を止めた
「まだスープあるか?」
「あ、ありますよ。残り――」
籠を見る
最後の一セット
「これで最後ね」
「お、間に合ったか」
男が嬉しそうに代金を出す
それを受け取り
最後の一セットを渡した
籠の中は空っぽ
「…………」
八セット
四十八包
昨夜あれだけ時間をかけて詰め替えたスープが
全部なくなった
空を見上げれば
太陽も随分傾き始めている
まだ店を閉めるには早いけど
昼時なんてとっくに過ぎていた
「……八セットでも売れたのね」
黒板のスープの横に
今日も売り切れと書き足す
その後も
ぽつぽつとスープを探してくる人はいた
「スープある?」
「ごめんなさい。今日はもう売り切れなの」
「もうないのか」
「ええ」
「明日は?」
「持ってくるつもりよ」
「じゃあ明日また来る」
そう言って帰っていく人を見送りながら
空になった籠を見る
昨日は三セット
今日は八セット
かなり増やしたつもりだったのに
結局全部売れた
「明日はもう少し増やした方が良さそうねぇ……」
そう呟いて
昨夜のことを思い出す
八セットで四十八包
一つずつパルナの葉を広げて
粉を移して
包んで
あれだけでも結構時間がかかった
通販なら数分で買えるのに
こっちで売るには一つずつ包み直さなきゃいけない
「便利なのに、変なところで手間がかかるわねぇ」
でも
今日みたいに買いに来てくれた人へ
何度も売り切れだと言うのも申し訳ない
「……十二セットくらい、用意してみようかしら」
八セットで四十八包
十二セットなら――
「…………七十二」
一瞬
やめようかと思った
「……まあ、一日くらいなら頑張れるでしょ」
毎日は嫌だけど
明日だけ
そう自分に言い聞かせながら
私は残った商品へ視線を戻した




