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第26話 露店二日目


翌朝


昨日と同じように朝食を済ませた私は、商人ギルドへ向かった


昨日のうちに申請しておいた露店の場所を確認するためだ


掲示されている抽選結果から自分の区画を探す


「えーっと……ここね」


場所を覚えて市場へ向かう


指定された区画を見つけてみると、昨日より少し大通りから離れた場所だった


「大通りから離れてるし、人の流れは少ないかもね」


そう思いながら周囲を見回す


けれど予想に反して、通りを行き交う人の姿はそれなりにあった


「思ったより人いるわね」


市場に来たのだって昨日が初めてだ


どの辺にどれくらい人が集まるのか


まだまだ分からないことがたくさんある


こういうのも少しずつ覚えていけばいいでしょう


昨日売れた分を中心に、商品も少し補充してきた


と言っても、まだ二日目だしね


マッチを少し


粉のスープを少し


それ以外は昨日売れなかった物をそのまま持ってきている


いきなり大量に仕入れて売れ残るのも嫌だし、しばらくは様子を見ながら増やしていけばいい


指定された場所に敷物を広げ


木箱や籠を置いて商品を並べる


最後に小さな黒板を立てる


両隣にも軽く挨拶を済ませれば準備は終わり


「さて」


今日も頑張りましょうか


大通りから離れている割には、思ったより人が通る


もちろん素通りする人の方が多いけれど、時々こちらを覗き込んでいく人もいる


しばらく店番をしていると、一人の男が足を止めた


「ん?」


並べてある商品と私の顔を交互に見る


「昨日も露店出してなかったか?」


「あら、見てたの?」


「通りがかっただけだけどな。変わった物ばっかり置いてたから覚えてた」


「場所が変わったのによく分かったわね」


男が私の横へ視線を向ける


「その変な板も目立つしな」


「これ?」


小さな黒板を指差す


「そう、それ。文字が書いてあるやつ」


「へぇ……」


商品だけじゃなく、こっちまで覚えられていたらしい


男は少し商品を眺めたあと、マッチを指した


「これ、昨日も気になってたんだけど、何なんだ?」


「マッチよ。火をつける道具」


「これが?」


興味を持ったようなので、使い方を説明して一度火をつけて見せる


シュッ


「おお……」


「箱の横で擦れば、こんな感じで火がつくわ」


「火打石はいらないのか」


「いらないわよ」


「へぇ……」


男はしばらくマッチと値段を見比べていた


「欲しいけど……今ちょっと懐が厳しくてな」


「あら、それなら無理しちゃ駄目よ」


「次見かけた時にまだ売ってたら買うよ」


「ええ。その時はよろしくね」


男は名残惜しそうにマッチをもう一度見てから去っていった


売れなかったのは残念だけど


まあ、そういうこともあるわよね


私だって向こうにいた頃、欲しい物を見つけても給料日まで我慢したことくらいある


気を取り直して、また店番を続ける


昼を少し過ぎた頃


三人の女性が店の前で足を止めた


全員、冒険者らしい格好をしている


その中でも一番若そうな子が、見本として包まずに置いてある石鹸をじっと見つめた


「……これが石鹸?」


「そうよ」


「白い……」


顔を近づけ


横から見て


今度は上から覗き込む


「それに、すごく綺麗」


やっぱり見た目だけでも随分違うみたいね


「触ってみてもいい?」


「見本だからいいわよ」


手渡すと、今度は匂いを確かめる


「……臭くない」


「あら」


「いつもの石鹸みたいな獣くさい匂いがしない」


隣にいた女性も少し顔を近づける


「本当ね。むしろいい匂いじゃない?」


強い香りをつけてあるわけじゃない


でも、獣脂の匂いが残るこっちの石鹸と比べれば、石鹸そのもののほのかな匂いでもそう感じるのかもしれない


「これも普通の石鹸と同じで、洗濯に使うの?」


「これは身体を洗うための石鹸よ。髪にも使えるわ」


「髪にも?」


今度は三人とも石鹸を見る


「ええ。ただ、髪質にもよるけど、これだけで洗うと乾いた後に少しパサつくかもしれないわね」


「えっ、パサつくの?」


若い子の表情が露骨に曇った


「あら、そこは気になるのね」


「そりゃ気になるよ。女だもん」


「まあ、それもそうね」


隣の女性が値段を見る


「でも髪まで洗える石鹸って高いでしょう?」


「そうなんだよねぇ……」


若い子が石鹸を見る


値段を見る


自分の髪を少し触る


「……パサつくんだよね?」


「髪質にもよるけど、私はちょっと気になるかしら」


「うーん……」


随分悩むわねぇ


「でも旅先で身体と髪を一つで洗えるのは便利じゃない?」


もう一人の女性が言う


「そうなんだよぉ……」


冒険者なら荷物が一つで済むというのも大事なのかもしれない


「ポナの実もいらない?」


「これがあれば洗えるわよ」


「うーん……」


また悩み始めた


「今日はやめとく。でも、ちょっと欲しい……」


「ゆっくり考えたらいいわよ」


「うん……」


そう答えながらも、なかなか石鹸から離れない


やがて見本を戻すと、三人は名残惜しそうに他の商品を眺め始めた


そのうちの一人が、火起こし用に置いてある道具の前で止まる


「これは?」


「ファイヤースターターよ」


「ふぁいやー……?」


「あー……火を起こすための道具ね」


「これで?」


「ええ。こっちは何度も使えるの」


「何度も?」


女性の目が少し変わった


「使ってみてもいい?」


「もちろん。試す時は私がそばについてる決まりだから、一緒にやりましょう」


私は実演用のファイヤースターターと火口を用意する


「この棒を、こっちで強く擦るの」


「こう?」


「もう少し角度をつけて――そうそう」


勢いよく擦る


バチッ


火花が飛んだ


「おお」


もう一度


バチッ


今度は火口に火花が入り、小さく火がついた


「ついた!」


女性は手元の道具と火口を交互に見る


「これ、火打石より楽じゃない?」


「最初はちょっとコツがいるけど、慣れれば火打石より簡単に火をつけられると思うわよ」


「へぇ……」


「それに棒が削れて短くなるまでは何度も使えるわ」


女性はもう一度ファイヤースターターを見る


「……これ、いくら?」


値段を伝える


女性はすぐには答えず、しばらく手の中の道具を眺めていた


それなりに考える値段よね


それでももう一度、自分で火花を飛ばしてから


「買う」


「あら」


「予備にする。これだけ小さいなら荷物にもならないし、何度も使えるんでしょう?」


「ええ。慣れておけば、いざって時にも使いやすいでしょうしね」


代金を受け取り、商品を渡す


「ありがとう」


「こっちこそ」


女性は嬉しそうに道具をしまった


「ミーナだけ買った」


若い子が言う


「欲しかったから」


「私も石鹸……」


また石鹸を見る


「さっき今日はやめるって言ってなかった?」


「そうなんだけどぉ……」


どうやら相当気になっているらしい


結局その日は買わなかったものの、何度も振り返りながら三人は店を離れていった


私はその背中を見送り


「……売れたわね」


昨日は見てもらうだけだったファイヤースターターが売れた


ちょっと嬉しい


それから少しして


一人の若い冒険者を先頭に、何人かの男たちがこちらへ歩いてきた


何かを探すように露店を見ながら歩いていた若い冒険者が、私を見るなり声を上げる


「あっ! いた!」


「……私?」


「そう! 朝マッチ売ってくれた人!」


ああ


そういえば店を開いて間もない頃、この子がマッチを一箱買っていった


「ちゃんと火ついた?」


「めちゃくちゃついた!」


それは良かった


「知り合いにも見せたら欲しいって言うからさ」


後ろにいた男の一人が前へ出る


「俺にも一箱くれ」


「俺も買っとくかな」


もう一人が値段を確認して


「……百五十Gだったよな? 俺も」


「はいはい。順番にね」


マッチを取り出し、一人ずつ代金を受け取って渡していく


「本当にこれだけで火がつくんだよな?」


「箱の横で擦ればね」


「リックが使ってるの見た」


「火打石なしで一発だったぞ」


リックっていうのね


「一発かどうかは擦り方にもよるからね?」


そこはちゃんと言っておく


毎回絶対一回でつくと思われても困る


「それと濡らさないように気をつけて。湿気ると火がつきにくくなるから」


「袋に入れときゃいいか」


「その方が安心ね」


買ったマッチをそれぞれ荷物へしまっていく


その後ろから、体格のいい男が店を覗き込んだ


「本当にいたか」


「だから言っただろ!」


「お前『変わった喋り方する兄ちゃん』くらいしか言ってなかったじゃねぇか」


「ちょっと」


思わず口を挟む


「誰が変わった喋り方する兄ちゃんよ」


「あ」


リックが固まった


後ろで誰かが吹き出す


「本人の前で言うなよ」


「す、すみません」


「まったく」


まあ、怒ってはいないけど


そこで体格のいい男の視線が、折り畳み椅子で止まった


「これが言ってた椅子か?」


「あら、椅子も聞いたの?」


「畳めるって聞いた」


「そうよ」


折り畳んだ状態から開いて見せる


「座ってみる?」


「俺が座っても大丈夫か?」


「大丈夫よ」


男は念のためというように椅子を確認してから腰を下ろした


ぎしりとも言わない


「……結構しっかりしてるな」


「見た目より丈夫よ」


男は立ち上がると、自分でも一度畳んでみる


「軽いし、これなら荷物にも括りつけられるな」


「ロイ、買うのか?」


知り合いの一人が聞く


「値段次第だな」


値段を確認する


「五千五百Gか」


ロイと呼ばれた男は、もう一度椅子を見る


やっぱり少し考える値段よね


「折り畳めば場所も取らないし、見た目より丈夫よ。ちゃんと使えば長く使えると思うわ」


「なるほどな」


ロイはもう一度椅子を開いて腰を下ろす


「慣れたとはいえ、座りっぱなしだとケツが痛くなるしな」


座ったまま何度か身体を動かし、座り心地を確かめる


「地面が濡れてる時なんてもっと最悪だ」


「あー……それは嫌よねぇ」


雨上がりの野営なんて想像するだけで嫌だ


おしりは濡れるし、冷たいし


だからこそ私も椅子が欲しかったわけだけど


ロイはもう一度椅子を畳み


重さを確かめるように片手で持ち上げた


「……買う」


「あら、本当?」


「何だよ」


「昨日は誰も買わなかったから、嬉しくって」


「店主が一番驚いてどうする」


笑いながら代金を渡される


椅子を畳んで渡すと、ロイは早速自分の荷物に括りつけた


「いいな、それ」


「座らせてやらんぞ」


「まだ何も言ってねぇよ」


「顔に書いてある」


周りから笑い声が上がる


マッチが数箱


ファイヤースターターが一つ


折り畳み椅子が一つ


昨日は売れなかった物まで売れた


それに、朝マッチを買った子が、実際に使って知り合いを連れてきてくれた


「こういうの、なんか嬉しいわね」


少しだけ気分が良くなった


午後になると、粉のスープも少しずつ売れていった


お湯だけで作れること


持ち運びが簡単なこと


一包で一杯分になること


その辺りを説明すると、興味を持つ人はいた


「野営で使えるな」


「朝とか楽そうだ」


そんな理由で一つ


また一つ


多めにしたと言っても、昨日より少し増やしただけだ


昨日は一組しか売れなかったんだもの


いきなり大量に用意する勇気なんてない


それでも気づけば、残りは最後の一組になっていた


そして――


「これください」


「はい。ありがとう」


代金を受け取る


最後の包みを渡して


籠の中を見る


空っぽ


「……売り切れた」


まさか二日目で売り切れるとは思っていなかった


もっと持ってくれば良かったかしら


でも昨日は一組しか売れなかったし……


「これは読めないわねぇ」


明日はもう少し多めに持ってきてもいいかもしれない


そう考えながら黒板のスープの横に、売り切れと書き足した


日が傾き始める


そろそろ片付けを考えようかしら


そう思っていると


三人の冒険者がこちらへ歩いてきた


そのうちの一人を見て、すぐに思い出す


灰色の尖った耳


昨日、スープを買っていった三人組だ


「いらっしゃい」


三人は店の前で止まった


灰色の耳の彼が商品を見回す


何かを探しているみたい


「昨日のスープ、まだあるか?」


やっぱり


「ごめんなさい。今日はもう売り切れなの」


「…………」


ぴくり


灰色の耳が動いた


そして少しだけ下がる


「……そうか」


あら


もしかして、そんなに気に入ってくれたのかしら


「明日はもう少し多めに持ってくるつもりよ」


その瞬間


耳が少し上がった


「……そうか」


「お前、分かりやす――」


「うるせぇ」


隣の男が何か言いかけて、睨まれている


何なのかしら


「じゃあ明日また来るか?」


「別に」


「じゃあ来ない?」


「来る」


「どっちだよ」


二人が笑う


灰色の耳の彼は不機嫌そうな顔をしているけれど


耳だけは立ったままだった


「じゃあ、明日も買いに来てくれるのね」


「……ああ」


「それなら売り切れる前に来てちょうだいね」


「分かった」


三人を見送る


昨日は肉のスープが気になっているように見えたけれど


よほど気に入ったのね


その後、少しだけ店を開けてから片付けを始めた


売れ残った商品をまとめ


黒板をしまい


敷物を畳む


昨日より荷物が少ない


それだけで少し気分がいい


麦穂亭へ戻り


夕食を済ませてから部屋へ戻る


今日の売上を机の上へ並べた


「昨日より増えたわねぇ」


マッチ


スープ


ファイヤースターター


それに折り畳み椅子


初日には売れなかった物まで動いた


もちろん、まだ二日だけ


たまたま今日だけ売れた可能性だってある


それでも


朝、マッチを買った人が


実際に使って


知り合いを連れて店を探して来てくれた


昨日スープを買った人も、また買いに来てくれた


まあ、スープは売り切れてしまってたけど


「……こういうの、嬉しいわね」


売れたことも嬉しい


でも


一度来た人が、また私の店を探して来てくれたことの方が少しだけ嬉しかった


明日はマッチをもう少し


スープは今日より多めにしておいた方がいいわね


ファイヤースターターも補充しておこうかしら


石鹸は――まだ様子見ね


ピーラーもまだ売れていない


全部が一気に売れるわけじゃない


それでいい


「さて……明日はどうなるかしらね」


机の上の硬貨を片付けながら


私は明日の露店に並べる商品を考え始めた


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