第24話 露店の準備
麦穂亭に戻る頃には、すっかりお腹が空いていた
食堂へ降りると、ちょうど夕食の時間だったらしい
厨房から肉と野菜の煮込まれた匂いが漂ってくる
「おかえり、お兄さん。市場、ちゃんと見つかったかい?」
料理を運んでいたマルタが、私に気づいて声をかけてきた
「ええ。教えてもらった通りに行ったら、すぐ分かったわ」
「それなら良かったよ」
「ありがと。おかげで色々見て回れたわ」
空いている席に座る
今日の夕食は肉と豆の煮込みに黒パン
派手な料理じゃないけれど、一日歩き回った後にはこういう温かい料理がありがたい
一口食べて、思わず頬が緩んだ
「……美味しい」
厨房からほとんど出てこないゴードンだけど、料理の腕は確かだ
「何か買う物でも探してたのかい?」
「買うっていうより、何が売ってるのか見てたのよ。どんな人が買ってるのかも気になって」
「おや、お兄さん商人なのかい?」
「まだよ。これからやってみようと思ってるの」
マルタが少しだけ目を丸くする
「へぇ、そうなのかい。そりゃ応援するよ」
「ありがと。まずは露店からやってみるつもり」
そう口にすると、少しだけ実感が湧いた
商品を選んで
値段を決めて
それを自分で客に売る
まずは明日、露店の申し込みをする
なのに肝心の商品は――
まだ決まっていない
食事を終えて部屋へ戻ると、私はベッドに腰掛けてスマホを取り出した
今日一日、市場で見てきたものを思い返す
食べ物
日用品
旅道具
冒険者向けの商品
似たような物がこっちにもあるなら、わざわざ持ってくる必要はない
同じ用途でも、もっと便利な物
こっちにはない物
それから――
「私が旅してて欲しかった物……よねぇ」
通販を開き、まずは旅で使えそうな物から探してみる
折りたたみカップや携帯用の食器
便利そうではあるけれど、普通のカップや食器ならこっちにもある
ロープや布も同じだ
寝袋は旅をしている時に何度か欲しいと思ったけれど、最初の商品にするには少し高い
ランタンも便利だけど――
「電池が切れたら終わりなのよねぇ」
私は買い直せる
でも、売った相手はそうじゃない
「売った後のことも考えないとね」
いくら便利でも、使い続けられなければ困る
そう考えながら見ていくうちに、火起こし用品へ辿り着いた
ライター
マッチ
ファイヤースターター
旅を始めた頃、火打石も現地のマッチも使ってみた
火打石は慣れるまで扱いにくく、現地のマッチは一度でつく物もあれば、何度擦ってもつかない物もある
湿気ている日は特に酷かった
結局、自分で火を起こす時は通販で買ったライターを使うことが増えた
「ライターは楽なんだけど……使い切ったら終わりなのよねぇ」
私ならまた買えるけれど、売った相手にはそれができない
それなら――
「マッチがいいかしら」
昔ながらの紙箱に入った物をいくつか見比べる
柄の入った箱
大きく漢字が書かれた箱
文字は入っているけれど、読めないなら模様みたいなものだろう
箱の側面で擦って使う物だから、別の入れ物へ移す必要もない
一箱に入っている本数も多い
これなら値段も抑えられそうだ
候補に入れて、次はファイヤースターターを見る
使い方を確認する
棒を金属片で擦って火花を飛ばすらしい
使うほど少しずつ削れてはいくけれど、かなりの回数使えるようだ
「こっちは少し高くなりそうだけど、長く使えるのはいいわね」
火打石を使う冒険者なら、火口の扱いにも慣れているはず
ただ、初めて見る道具を説明だけで買えと言われても困るだろう
「実際に使って見せた方が早いわね」
できるなら、興味を持った人にも試してもらいたい
でも、勝手に火を使っていいとは限らない
「そこは明日、ギルドで聞いてからね」
実演するなら火口も必要になる
それに――
「あ、水もいるわね」
火を扱う以上、消火の準備もしておいた方がいい
水を入れる物も用意して、《無限収納》にしまっておけば重さを気にせず持ち運べる
次は食べ物
旅に持っていけそうな物を探してみる
乾パンは保存が利くけれど、小分けにするために開けてしまえばせっかくの保存性が落ちる
カップ麺やレトルト食品は、どうしても容器や包装が目立つ
フリーズドライも便利そうだけど、最初からあれこれ変わった物を並べる必要はない
他に何かないかと探していると、粉末スープが目に入った
コーンスープ
コンソメスープ
どちらもお湯を注いで混ぜるだけ
「これ、いいかも」
旅の間は私が料理をすることも多かった
けれど毎回ゆっくり作れるわけじゃない
移動で遅くなった日
さっさと食べて休みたい時
火の番をしながら簡単に済ませたい時
そんな時に、お湯だけで温かい物が飲めたら便利だったはずだ
「コーンとコンソメ、両方置いてみましょ」
どちらか一種類に決める必要もない
少しずつ仕入れて、どっちが好まれるのか見ればいい
「最初から正解なんて分かるわけないもの」
売ってみて
反応を見る
それで十分だ
次は日用品
色々眺めてみるけれど、ブラシや櫛、裁縫道具なら似た物が市場にもあった
調理器具もいくつか見ていく
その中で目に留まったのがピーラーだった
飾りのない、単純な金属製のもの
包丁でも皮は剥ける
でも、これならもっと簡単だ
使って見せれば便利さも伝わりやすい
「これは置いてみましょ」
さらに画面を滑らせて――石鹸で止まった
「石鹸……」
今日、市場でも石鹸モドキは見た
私も旅の途中で使ったことがある
「アレ、泡立ち悪いし、洗えた感じしないのよねぇ」
使えないわけじゃない
こっちでは普通に使われている物だ
ただ、私にはどうにも物足りなかった
固形石鹸を検索してみる
香りの強い物や美容向けの物まで色々出てきた
「最初からそんな凝ったのはいらないわね」
旅先で使うなら、もっとシンプルな物でいい
いくつか見ていると、緑を基調にした包みにシャボン玉のような絵が描かれた物が目に留まった
「……この緑の、シャボン玉の絵のやつ良さそう」
香料は使われていないらしい
それに――
「全身に使えるのね。髪は洗い終わり、ちょっとキシキシしそうだけど」
それでも旅に持っていくなら、こういう物の方が使いやすそうだ
こっちでは、ちゃんとした石鹸は安い物じゃない
だからといって、初めて見る石鹸をすぐ買ってくれるとも限らない
「これも少しだけ置いてみましょ」
そして――
「椅子」
これは旅をしている時から欲しいと思っていた
休憩する時に地面へ座るくらいなら、まだ我慢できる
問題は火の番だ
夜中に何時間も同じ場所に座っていると――
「おしり痛くなるのよねぇ……」
あの時間だけは、本気で椅子が欲しかった
折りたたみ椅子を検索する
色々ある中から、背もたれのない小さな折りたたみスツールを開いた
軽くて、小さく畳める
耐荷重も十分
値段もそれほど高くない
「これなら旅にも持っていけそうだけど……」
問題は、売れるかどうか
地面に座ることを気にしない人なら、わざわざ椅子にお金を出さないかもしれない
便利だから売れるとは限らない
「……一脚でいいわね」
売れたら、その時に増やせばいい
その代わり、自分用は別だ
「私は背もたれ欲しい」
軽くて
小さく畳めて
背もたれがある
いくつか比べて、その中から気に入ったものを一脚選ぶ
「こっちは私のだからいいの」
誰に言い訳しているのかしら
商品はこれくらいでいいだろう
そこで、実際に露店へ並べたところを想像してみる
布を敷いて
その上に商品を並べて――
「……値段、どうしよう」
一つずつ聞かれるたびに答えていたら面倒だ
何か書いて置いておける物があればいい
そう思って探してみると、小さな黒板が見つかった
木の枠に薄い黒板が嵌め込まれた、持ち運びやすそうな物だ
「これなら商品と値段を書いておけるわね」
チョークで書けば、値段を変えてもすぐ書き直せる
今の商品数なら一枚で十分だろう
これも一枚追加する
売る物は――
マッチ
ファイヤースターター
粉末スープ
ピーラー
石鹸
折りたたみスツール
「……見事なくらいバラバラね」
思わず笑ってしまう
でも、最初なんだからそれでいい
何が売れるのかを見るための露店だ
売れ残っても困らない程度に数を絞って注文していく
ファイヤースターターは、実演用も一本
販売用の椅子は一脚だけ
売れたら増やす
売れなかったら考える
今の私には、それくらいがちょうどいい
注文を終え、届いた商品を《無限収納》から取り出してベッドの上へ並べていく
そこで――
「……あ」
手が止まった
透明な袋
薄いフィルム
細かく印刷された文字
「包装のこと忘れてたわ……」
商品そのものばかり見ていて、そこまで考えていなかった
私には見慣れた物でも、こっちでは明らかに浮く物が混ざっている
とはいえ、何でも隠せばいいわけじゃない
マッチは紙箱だし、そのままでいい
ピーラーやファイヤースターターも包装から出してしまえば問題ない
椅子も商品そのものを渡せばいい
石鹸は一番安い粗い紙を買って包み直せば十分だろう
問題は――
「こっちよねぇ」
粉末スープの袋を摘まむ
このまま売るわけにはいかない
一杯分ずつ別の物に包み直す必要がある
「紙……は高いわね」
一杯ごとに使い捨てるには勿体ない
それに粉だから、湿気にも弱い
《無限収納》に入っている間は問題ないけれど、客に渡した後は普通に時間が流れる
「粉物を保存する物……何かあるでしょ」
薬草だって乾燥させて粉にする
香辛料だってある
なら、それを包むために使っている物もあるはずだ
「明日、市場でもう一度見てみましょ」
露店に必要なのは商品だけじゃない
並べるための物もいるし、売上を入れておく物だって必要だ
「商売って、売る物決めたら終わりじゃないのねぇ……」
当たり前なんだけど
実際にやってみると思った以上に考えることが多い
それでも不思議と嫌ではなかった
むしろ――楽しい
翌朝
朝食を済ませた私は、もう一度商人ギルドへ向かった
受付で明日の一日露店を申し込みたいと伝え、身分証を出す
売る物についても大まかに伝えていく
そこで昨日考えていたことを思い出した
「あ、それと一つ確認したいんだけど」
「はい」
「火起こし用の道具も売る予定なの。実際に使って見せたり、お客さんに試してもらったりしても大丈夫かしら?」
「構いません。ただし、お客様に試してもらう場合も、必ず店主がそばについてください」
「分かったわ」
「それと、周囲に燃え移らない場所で行うことと、消火用の水も必ずご用意ください」
「もちろん。そのつもりよ」
これなら実演もできそうだ
一日分の場所代を払い、申し込みを済ませる
あとは準備だけだ
ギルドを出た私は、そのまま市場へ向かった
まずは地面に敷く丈夫な布と、商品を並べる籠や木箱を揃える
石鹸を包むための安い粗紙と紐
売上を入れておく小さな箱
火の実演に使う火口と、消火用の水を入れる小さな壺も買った
残るは、粉末スープを包む物
紙は高いし、普通の布では湿気が気になる
何かないかと考えながら市場を歩いていると、薬草を扱う店の前で足が止まった
ちょうど先客がいる
客が何かを頼むと、店主は棚から蓋付きの容器を取り出した
中に入っていたのは、細かく挽かれた薬草だ
必要な分だけ量ると、店主は一枚の大きな葉を取り出す
その上に粉薬を載せ
手慣れた様子で折り畳んでいく
あっという間に小さな包みになった
店主がそれを客へ渡すのを見て、思わず足が止まる
――あれ、使えるんじゃない?
客が立ち去るのを待ってから、店主に声をかけた
「お仕事中ごめんなさいね。ちょっと聞いてもいいかしら?」
「ああ、どうした?」
「今、粉薬を包んでた葉っぱって何?」
「ああ、パルナの葉か」
「パルナの葉?」
店主が一枚見せてくれる
「乾かしても割れにくいし、普通の葉より湿気を通しにくいんだ。粉にした薬草なんかを包む時によく使う」
触らせてもらうと、乾燥しているのに思ったより柔らかい
軽く曲げても、ぱりっと割れる様子はなかった
――これ、いいわね
探していた物にかなり近い
「この葉っぱだけって、ここで買える?」
「うちは薬草屋だからね。葉だけ欲しいなら、向こうの包材屋にあるよ」
店主が店の場所を教えてくれる
「助かったわ。お仕事中にありがとう」
「ああ」
店主に礼を言って、教えてもらった店へ向かった
そこには籠や紐、布袋など、物を包んだり運んだりするための品が並んでいた
店先の一角には、束にされたパルナの葉もある
大きさを見比べ、粉末スープ一杯分を包むのに使えそうな物を選ぶ
「これ、少し多めにもらえるかしら」
必要な分より余裕を持って買っておく
一通り買い終えると、麦穂亭へ戻った
買ってきた小さな壺に水を入れ、そのまま《無限収納》へしまう
これなら明日は取り出して置くだけだ
それからは、ひたすら明日の準備
粉末スープを元の袋から出し、一杯分ずつパルナの葉で包んでいく
コーンとコンソメ
それぞれ三つずつ
中身が分からなくならないよう、それぞれ簡単な印をつける
「これで六杯分ね」
売る時はコーンとコンソメを三つずつ渡せばいい
石鹸は現代の包装を外して、買ってきた粗紙で包み直す
ピーラーとファイヤースターターも余計な包装を外した
マッチはそのまま
紙箱だし、わざわざ手を加える必要はない
準備を終えた商品を順番に《無限収納》へ戻していく
次は黒板だ
付属していたチョークを持ち、商品名と値段を書いていく
マッチ
ファイヤースターター
スープ
ピーラー
石鹸
折りたたみ椅子
書き終えて、少し離れたところから眺める
「……うん、これなら見やすいわね」
値段を書き間違えていたところだけ消して、もう一度書き直す
「こんなもんかしら」
黒板も《無限収納》へしまう
そこで、ベッドの横に置いていた自分用の折りたたみ椅子が目に入った
せっかくだし、座り心地くらい確かめておこう
広げて腰を下ろす
背もたれに身体を預ける
「…………」
しばらくそのまま座る
「これ、火の番の時に欲しかったわぁ……」
明日はこれも持っていこう
客が来ない間くらい、座っていたっていいでしょう
あとは明日を待つだけ
そう思うと、なんだか落ち着かない
楽しみなのか
緊張しているのか
たぶん――両方だ
「……ちゃんと売れるといいんだけど」
椅子の背もたれに身体を預けながら
明日の露店を思い浮かべた




